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『同じ釜の飯を食う』(ガラテヤの信徒への手紙 2:11~14)

2018.07.22(16:12) 375

『同じ釜の飯を食う』
(2018/7/22)
ガラテヤの信徒への手紙 2章 11~14節

スキャンダラスな記事
 今日、選ばせていただきました聖書の箇所は、新約聖書において「スキャンダラスな記事」とも呼ばれる箇所であります。なぜならば、キリスト教会、イエス・キリストの二大使徒が言い争い、ケンカをするという教会史的には非常に都合の悪い記事であるからです。しかし、両者の言い分、背景からはどちらにも使徒としての立派な考えの根拠があり、新約聖書の中において、とても興味深い記事の一つであります。「スキャンダラスな記事」という表現をしましたが、二人とも使徒ですから、その二人が言い争うというのは、「不祥事」とも言えることかもしれません。しかし、そこに彼らの信仰、教会に対する思いがあるからであります。特にパウロの人となりは、彼が残した手紙に記されていますが、ペトロについては、福音書と使徒言行録、そして今日の記事など数限られたものしかありません。しかし、出来る限りの範囲でパウロとペトロの歩みと思いについて探ってみたい、と思います。

パウロの歩み
 パウロの道から辿ってみたいと思います。パウロはおそらくイエスと同年代もしくは若干若い位の年代でしょう。ペトロも似たような世代であったと思われます。パウロは最初、ファリサイ派の優秀な教師と言っても良いような存在でした。そんなファリサイ派の青年が、回心して、イエスをキリスト(救い主)として宣べ伝える宣教者となりました。最初の彼の活動地はアンティオキアであり、彼は宣教生活の前半、使徒としての生活の大半を、そこで過ごしました。そしてペトロとの言い争いが起こったのも、この地でありました。またその都市は、歴史的に言って、初めて「キリスト者」という言葉が生まれた場所であります。(使徒11:26)
 またパウロの活動の最初期にはバルナバという同労者がいました。おそらく最初はパウロの指導者であったバルナバも、このアンティオキアで働いておりました。しかし、ペトロとの言い争いの結果、パウロはこのバルナバとの考え方が違う、ということを、思い知らされ、それからは行動を別にしたようです。
そしてこのことをきっかけにしてか、パウロは、アンティオキア教会を離れて、小アジア(現在のトルコ)、バルカン半島(現在のギリシャ)へと宣教の旅を進めるようになり、結果的に、多くの教会を生み出すこと、また、わたしたちの目に触れている新約聖書に収められた多くの文書を残すことになりました。ですから、この箇所に記されているペトロとの言い争いは、結果的には、新しいキリスト者や教会を生み出す要因になったとも言えるのです。

ペトロの歩み
 そして一方のペトロのことについて触れてみたいと思います。ペトロはイエスの一番弟子でガリラヤ出身の漁師でした。そして、イエスに従って、エルサレムへと登る道を共に歩みました。最後には、イエスを裏切り、逃げ出してしまいましたが、イエスの十字架刑と復活の後に生まれたエルサレム教会のリーダーとして活躍しました。しかし、何年か後、ペトロはエルサレム教会を離れて、ユダヤ人の住む地域のみならず、異邦人の教会をも訪ね歩きました。
 実はペトロという人は、イエスの一番弟子という立場のわりに、実際の人柄が見えにくい人であります。また使徒言行録には、彼が鮮やかに、はればれしく活躍する姿が描かれております。さらに、ペトロがローマにおいて、皇帝ネロの手によって、逆さ十字にかけられ殉教した、とされていますが、どれも。彼の死後、何十年(40~50年)も経ってから、記されたものであり、誇張や美化もあると考えられます。そしてローマ・カトリック教会において、初代教皇はペトロとされております。そして、その殉教の地としてのローマに、ペトロの名を冠した「サン・ピエトロ寺院」が建てられました。が、実際に、ローマの寺院に行ってみますと、ペトロとパウロの両者が同等に扱われているような石像などの飾られ方がされております。
 今日の箇所に登場するペトロは、すでにエルサレム教会のリーダーではなくなっており、イエスの兄弟(弟)であったヤコブという人がリーダーとなっていました。何故、ペトロからヤコブへリーダーが変わったのでしょうか。ここにはエルサレム教会が抱えていた特有の問題が背景にあります。当時のエルサレムは、ユダヤ人のローマに対する不満、またユダヤ人同士の不信感にあふれておりました。エルサレム教会の人々はユダヤ人ではありましたが、ほとんどがイエスに従ってきたガリラヤ出身の人々だった、と思われます。

エルサレム教会の状況
 エルサレム、そしてエルサレム教会がどのような状況であったのか、触れてみます。当時のエルサレムは、厳しいローマの圧政によりユダヤ人の側では、反ローマ感情が高まっていました。そうした感情を基盤にして、ユダヤ教への狂信的なこだわりが広がり、同時に反ローマ感情と合いさった異邦人嫌悪が広がっておりました。そして、そうした意識が、エルサレムの住民とガリラヤの人々、そして異邦人たちが共存していたエルサレム教会にもおよんでいました。
 使徒言行録には、7章にステファノの殉教と、それに伴う異邦人キリスト者たちがエルサレムから去っていった記事があります。この記事は、そうした雰囲気の表れとして読むことが出来ます。イエスの弟ヤコブはどのような人であったか知ることはできません。しかしガリラヤ出身であったペトロがエルサレム教会を去ったことには、こうした背景が少なからず影響していたでしょうし、その代わりにリーダーとなったからには、それなりに教会外のユダヤ人からは納得の出来る人選であったでしょう。そして同時に、ヤコブとしては、エルサレム教会が守るため、エルサレム教会をつぶさないためには、ユダヤ人的な価値観を重んじる形で率いていかなければならない、とても強く考えていたでしょう。
 そして、そうした雰囲気は、パウロの手紙の中にも現れています。ローマ書15章26〜32節。
『15:26 マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。15:27 彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。15:28 それで、わたしはこのことを済ませてから、つまり、募金の成果を確実に手渡した後、あなたがたのところを経てイスパニアに行きます。15:29 そのときには、キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。 15:30 兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストによって、また、“霊”が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、15:31 わたしがユダヤにいる不信の者たちから守られ、エルサレムに対するわたしの奉仕が聖なる者たちに歓迎されるように、15:32 こうして、神の御心によって喜びのうちにそちらへ行き、あなたがたのもとで憩うことができるように。』
 エルサレム教会に献金を受け取ってもらえるかどうか、また更につかまってしまうのではないか、逮捕されるのではないか、という危険を心配しています。エルサレム教会としては、パウロの献金を受け取ること、またパウロの訪問を受けることは、異邦人の仲間だと見られることになり、教会全体の危機をもたらす可能性があることでした。また一方のパウロの側としても、逮捕される恐れのある行動であり、エルサレムへの訪問したパウロは、このエルサレム訪問により、異教を伝道する治安を乱す存在として逮捕され、ローマへ護送され、最終的には、処刑されてしまいます。

ペトロとパウロの衝突
 今日の箇所の話に戻ります。ペトロはアンティオキア教会にパウロと共にいたとき、エルサレムを離れて、ペトロは妻を連れ(1K9:5)、方々の教会を訪ねたようです。そしてアンティオキア教会で食事を囲んでいたことに起こった出来事について記されております。そして、事柄の重大性からアンティオキア事件という言い方をしたりもします。
 ガラテヤ書2章12~13節をお読みします。(P.344)
『2:12 なぜなら、ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです。 2:13 そして、ほかのユダヤ人も、ケファと一緒にこのような心にもないことを行い、バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。』
 「ヤコブのもとからある人々」と記されておりますが、エルサレム教会のリーダーであるヤコブの信奉者、補助者みたいな人たちでしょう。ペトロは、異邦人とも一緒にアンティオキア教会の中で、食事をしていたのに、その彼らが来ると席を立ってしまったのでしょう。おそらくペトロとしてユダヤ人教会では、ユダヤ人と食事をし、また異邦人教会では異邦人と食事をしていたのでしょう。ある意味でその場所にいる人々と食事をするのは当たり前のことですから、不思議なことではありません。
 しかし、エルサレム教会において、律法のタブーを破ることは教会全体を危険に陥れさせるような行為であり、とても受け入れられるものではありません。エルサレム教会のことが当然頭をよぎり、「エルサレム教会を危機に陥れるのか」と批判されるかもしれない、と、ペトロは身を引いてしまったのでしょう。
そして、アンティオキア教会においては、おそらくそれ以後、別々に食事をすることになってしまったのでしょう。なぜなら、パウロが激怒するほどの出来事であり、パウロが離れる原因にもなったこと。さらに、第一の使徒ペトロの行いです。その影響はかなり大きかったのではないでしょうか。

パウロの思い
 14節の言葉をお読みします。
『2:14 しかし、わたしは、彼らが福音の真理にのっとってまっすぐ歩いていないのを見たとき、皆の前でケファに向かってこう言いました。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか。」』
 とても強い否定の言葉です。パウロはペトロが食事の席から身を引いたことを「ユダヤ人らしい生き方」こと、「ユダヤ人のように生活すること」として怒っています。パウロにとってイエス・キリストが示して下さった「福音」とは人種によって人と人が差別されるもの、分けられるものではありません。ガラテヤの信徒への手紙3章28節をお読みします。(P.347)
「ユダヤ人であろうと異邦人であろうと、自由人でも奴隷でも、女でも男でもなく、キリスト・イエスにおいて一つである」
 キリスト教会の中において、キリスト者は「一つ」でなければならないもの、「キリストの体」であり、「いろいろな違いがあっても」「一つ」の存在です。ですから、その教会の「一致」を乱すようなペトロの行為は、とても許せなかったのでしょう。

同じ釜の飯を食う
 今日の箇所は教会の一致、共同性と特殊性、そして聖餐式におけるテーマの一つとして考えることが出来ます。パウロの手紙の一つ、第一コリント書は、式文として引用されている箇所が多いものです。その中にこのような箇所があります。1コリント書11章27節から29節。(P.315)
「従って、ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです。主の体のことをわきまえずに飲み食いする者は、自分自身に対する裁きを飲み食いしているのです。」
 「ふさわしくないままで」とありますが、洗礼を受けているか受けていないか、という形で聖餐式式文では引用されています。しかし、聖書テキストの文脈によれば、パウロの思いに基づけば、同じ教会の中で、身分的差別があること、お腹を空かせている人がいたり、満腹している人がいたりするのは間違っているという思いなのです。今日の箇所におけるパウロの思いも根底的には通じる思いでしょう。
 教会の中において、今日のパウロやペトロのような立場の違いがあったときにどうするでしょうか?このことは、聖餐式にとどまらず、多くのことに当てはまるのではないでしょうか。教会にはいろいろな人がおり、誰もが同じ考えを持っているわけがありません。そうしたときにどうするか?何を目指していくか?ということを今日の箇所から考えることが出来る、と思います。民族にしろ、性別にしろ、文化にしろ、考え方にしろ、様々な違いがあるとき、すべてが別れてしまっていたとしたら、それは教会と言えるだろうか。これはパウロの思いです。比較対照的にいって理想主義的な福音主義と言えます。
 また、教会にとって、共に食卓を守ることはイエスも大切にしていたことだけれども、何か違う要因があって、それがその人たちの存在を脅かすことであったら、いたしかたないのではないか。これがペトロの思いです。柔軟な現実的な福音主義と言えます。

その後のペトロとパウロ
 どちらも批判できるようなことではないでしょう。不幸なことながら、ペトロとパウロは、この出来事によって、袂を分かちましたが、先に触れましたように、このことによってパウロは広く異邦人伝道への道をより積極的に歩むようになりました。ペトロのその後の歩みを知ることは出来ませんが、同じような歩みを歩んだのではないか、と考えられます。結果的に、ローマ帝国内の多くの都市に異邦人教会の種を蒔きました。そして両者ともローマで処刑されたと伝えられています。また、紀元後66年に勃発したユダヤ戦争によって、エルサレムは崩壊し、エルサレム教会も同じ運命を歩んだでしょう。
 使徒言行録には、そのような政治状況における個々の教会の歩みへの影響を積極的なものとして描こうとしていますが、当時のキリスト者の人々は、危機と混乱の中で、教会の歴史を紡いでいったのでしょう。考えてみたら、本当に不思議な形でキリスト教の歴史は繋がっているのだな、と感じます。ペトロとパウロの思い、私たちはどちらに立つのでしょうか。なかなか選ぶことはできないと思います。実はそうした葛藤自体、結論が出ないようなことを考え続けること、が大切なことではないか。結論を急がずに課題に向き合い続けることが、パウロやペトロが歴史を紡いだ教会がなすべきことでは無いか、と思います。

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