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『エルサレムへの道の捉え方』(マルコ福音書10:32〜34)

2018.06.24(19:58) 372

『エルサレムへの道の捉え方』
(2018/6/24)
マルコ福音書10章32~34節

受難予告と弟子たち
 受難予告は、マルコ福音書において、三カ所あり、今日の箇所が最後の箇所であります。そして、イエスと弟子たちの思いの違いを明確に表しております。弟子たちは、イエスがエルサレムへ向かうということは、新しいメシアになるものである、という理解でその言葉を聞いています。また、受難などあり得ない。メシア、つまり弟子たちにとっては、ユダヤ人の王となる存在が死んでしまう予告は、とても受け入れられないことでありました。
 例えば、ペトロは最初に、一度目にイエスが自らがエルサレムにおいて、死ぬことを予告した時、強く反発し、イエスにとても強く叱られております。マルコ福音書8章31節から33節。(P.77)
「それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。しかも、そのことをはっきりとお話しになった。すると、ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめ始めた。イエスは振り返って、弟子たちを見ながら、ペトロを叱って言われた。「サタン、引き下がれ。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている。」」
 かなり強い言葉です。サタンと言われていますが、文脈から神の意志ではなく、人の意志、自分の意志を押し通そうとしている、と言われるわけです。ご存じの通り、イエスはこの後、惨たらしい十字架刑に処せされてしまいます。

一度目と二度目の受難予告の特徴
 また、最初の受難予告においては、「十字架を背負う」ことをキーワード、鍵語として、「自分の命を救いたいと思う者は…失う」また、「福音のために命を失う者は、それを救う」といった、逆説的な言葉が述べられています。
 また、これが二度目の受難予告になりますと、弟子たちの様子が変わります。マルコ福音書9章30節から32節。(P.79)
「一行はそこを去って、ガリラヤを通って行った。しかし、イエスは人に気づかれるのを好まれなかった。それは弟子たちに、「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」と言っておられたからである。弟子たちはこの言葉が分からなかったが、怖くて尋ねられなかった。」
 2度目の予告において、弟子たちは「この言葉が分からなかったが、怖くて尋ねられなかった」とあります。第一の預言にはなかった、「恐れ」という要素が加わっています。1度目において、ペトロが厳しく叱責されていました。預言に対して、反論したからでした。二度目においては、反論する余地もなく、ただイエスが死んでしまう、ということに恐怖した、というだけではなく、それがどのような形で、何時起こるのか?ということがわからず恐怖したと受け取ることが出来るでしょう。そして、今日の箇所の三度目の予告になります。

メシアとエルサレム入城
 もう一度、今日の箇所に視点を戻します。1度目と2度目の受難予告と三度目の受難予告で、まず大きく異なるのは、エルサレムとの関連で受難が述べられているという点であります。エルサレムへの登ることは、弟子たち、そしてイエスをメシアと信じる人々には、とても大きな事であります。なぜなら、メシアというのは、当時のメシア信仰に基づけば、ローマ帝国に支配されていたユダヤ人国家の独立、ユダヤ教の革新に関わることで、ユダヤの王そして神殿があるエルサレムと大きく関わるからです。そして、何らかの「革命」や「変化」を期待してのことであり、同時に革命といえば、少なからず、危険が伴うもの、そうした気持ちの中において、弟子たちはどのように受けとったでしょうか。一度目は否定しようとしたイエスの死という意味での受難予告、二度目は恐怖として聞いた受難予告。
三度目には、エルサレムとの関連で、メシア信仰との関連で、イエスが死に、また復活するという受難予告を、どのように聞いたのでしょうか。
 おそらくは、不安を抱えながらも、期待も半分持ちながら、聞いたのでは無いでしょうか。「何か、とんでもないことが起こるかもしれない。しかし、革命なんだから、少々大変なことはしょうが無い。ま、とにかく、イエスさまが特別な存在になることは確かだろう。だから、俺たちもきっと…」といった心持ちだったのではないでしょうか。だからこそ、栄光の時には、私を(玉座の)右か左かに座らせて下さい、と言ったことも聞けたのでしょう。(マルコ10:35〜45)

受難予告の機能
 ここで、一つ考えてみたいテーマがあります。それは、この受難予告は、福音書の中において、どのような働きをしているか、機能を持っているか、ということであります。よく言われていることですが、最初の福音書として記されたこのマルコ福音書は、一言で言えば、長い前置きがある受難物語、イエス・キリストの悲劇と表現することがあります。そして、その場合、弟子たちが如何にイエスのことを理解していなかったか、というところ、その無理解さが強刈れば強いほど、イエスの考え、計画と弟子たちの思いの落差が深ければ深いほど、その悲劇性が強まるという構造があります。
 そして今日の箇所のような受難予告というのは、そうした弟子たちとイエスの関係を準備しています。また、全体の流れ、イエスと弟子たちの活動がガリラヤからエルサレムへの流れを作り出しているのです。たとえば、イエスの公生涯、神の国運動、メシアとしての信仰を集めた彼の活動は、どのくらいの期間、年数であったでしょうか。マルコ福音書、またマルコを元にしているマタイにしろ、ルカにしろ、1年間以内のことと想定されます。もう一つのヨハネ福音書は、福音書中に3度、過越祭があり、三年程度と想定されます。
 おそらく、実際の活動期間は、三年ほどと思われます。それを、マルコ福音書の記者は、1年の物語として、ガリラヤからエルサレムへの物語として編んだのでしょう。そして、その上で言えることは、今日の箇所のような言葉が、物語の方向性を決める重要な役割を果たしている、ということです。
 そのように、考えてみますと、この福音書を紡いだマルコという編集者は、イエスと弟子たちのズレ、弟子たちの無理解、そしてイエスの孤独、という要素、そしてその二つの要素から深まる、イエスの受難物語の悲劇性をどうしても読み手、後の世代を生きるキリスト者に伝えたい、と願ってこの福音書を記したのだ、という意志が見えてきます。

受難と救い
 なぜ、マルコの著者は、そのようなことを伝えようとしたのでしょうか。おそらく、それは、イエスの死と復活からはじまった教会の歩みの中において、イエスの受難と十字架上の死という悲劇があまりに美化されていく状況に関して、また使徒たちの存在があまりに高められていく状況に関して危機感を持っていたのではないか、と想像することができます。そして、使徒を美化するとは、同時に、キリスト者、クリスチャン、イエスを救い主として、信じる人々が、あまりにこの世的なことから離れて、救いばかりを強調する楽観主義、享楽主義に陥ってしまったからではないか、と考えられます。
 パウロは、そうした人々に向けた言葉としてこのような言葉を残しております。第一コリント2章2節。(P.301)
「2:2 なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。」
また、第二コリント12章9節10節。(P.339)
「12:9 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 12:10 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」
 また、このような箇所もあります。ローマの信徒への手紙5章3節から5節。(P.279)
「5:3 そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、5:4 忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。 5:5 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。」
 パウロが批判していた教会の有り様に共通しているのは、楽観主義的な信仰観、狂乱主義的な信仰観と言えます。そして、それに対応するイエスの死と復活とは、罪の購いの強調、「私たちの罪の贖いのための死」の強調であり、赦しの強調と言えます。それはそれで良い、と思います。しかし、パウロが言いたかったこと、またマルコ福音書の編集者が強調したかったのは、イエスの死と受難を思うとき、罪の贖いとしてだけではなく、犠牲を生んだという悲しみに寄り添いなさい、ということ。また、わたしたち「のため」の犠牲、贖いという事柄には思いを寄せ、感謝しているけれども、同じようにイエスの痛みに思いを寄せているか、私たちが本質的に持っている罪、至らなさに思いを寄せているかという問いをもっていたのではないでしょか。

最後に
 昨日は、6月23日、沖縄慰霊の日でありました。また、夏になり8月15日になりますと、過去の戦争の犠牲を思い、祈りを捧げることが多くなります。「犠牲の上に、現在の平和がある」という言葉はよく語らえます。しかし同時に、戦争が過ちであったこと、国家として間違った戦争を起こしてしまったが故の犠牲であった、とはなりません。また、戦争の犠牲が様々な形で美化されてしまうことがあります。イエスの受難に関しても、同じではないでしょうか。弟子たちの無理解、イエスの思いのズレに重なるのではないでしょうか。
 平和のことを考えてみますと、戦争の犠牲を何度も繰り返すような平和、誰かの犠牲を何度も繰り返すような平和ではダメなのではないでしょうか。それと同じように、イエスの犠牲に始まり、誰かの犠牲の上に立つ教会のあり方ではダメなのではないでしょうか。また、キリスト教信仰というあり方ではいけないのではないでしょうか。マルコ福音書には、三度も受難予告が記されています。それは弟子たちの至らなさを示すためのものであります。が、同時に、キリスト教そして教会が、イエスの犠牲の上に立っていることを示すためであったと捉えることができると思います。イエスの受難は、わたしたちに神の愛を知らしめました。マルコ福音書の編集者、そしてパウロは、そうした愛によって始まった教会の歩みの中で、犠牲を生み出し続けることを善としないあり方、楽観主義になり、イエスの痛み、また隣人の痛みに気付かない信仰に陥って欲しくない、という思いを持って、筆を進めたのではないか、と感じます。


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