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『放浪宣教の手引き』(ルカ福音書9:1〜6)

2018.05.14(20:00) 369

『放浪宣教の手引き』
(2018/5/13)
ルカによる福音書 9章 1~6節

弟子の派遣について
イエスは弟子たちを宣教に派遣するにあたって、まず弟子たちにある力を授けています。9章1節。
「イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。」
 どのような力か、分かりません。しかし、そうした力によって弟子たちは、自らの存在の確かさ、神の使者としての正統性を示したのでしょう。そして、9章2節にあるように、そうした確かな存在である者が語る神の国を受け入れること、そして病人の癒やし手として認めさせるという信頼を得ていったのでしょう。ここで興味深いのは、「病人の癒やし」が「神の国を宣べ伝えること(神の国宣教)」と同等に目的として記されていることです。それだけ癒やしを重んじていたと言うこととも言えますが、癒やされることには信頼関係が重要であるということが示されていると言えます。
 そして、3節になりますと、旅に関しての注意事項とも言える内容になります。9章3節。
「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。」
 聖書に文句を付けてはいけないかもしれませんが、わかりにくい表現と言えます。
「何も持っていってはならない」とありますが、さらに杖や袋やパンもダメ、下着も「二枚」はダメ、という表現。これには、もともと何らかの考え方があって、それを否定するために回りくどい言い方になっていると想像することが出来るでしょう。
(遠足のバナナ、300円に消費税が入るのか…)

内容の比較
上から見ていきます。
今日の箇所のルカが、一番右側で、9章1節。力、権能の授与について。内容についてあまり違いはありません。しかし、マルコのみ、「二人ずつ組にして」とあります。で、マタイとルカにはない。なぜか?いろいろ理由を考えるんですねえ。マタイとルカは、一人だったのか、とか、人数にこだわりがなかったのか。さらに他の要素から想像してみます。パウロの例をあげてみます。バルナバと最初、旅をしていました。他にも旅の時は、二人だったように思います。パウロの手紙によれば、ペトロは妻と旅をしていたようです。また、エマオ途上の二人の弟子たち。このように考えてみますと、二人で旅をすること、宣教旅行をするというのは、ある意味常識になっていたのではないか。だから、マタイとルカは記さなかったと想像することが出来ます。
 そして、9章3節に当たる部分。持ち物です。まず、杖についての記述に違いがあります。
「杖を一本」これは旅のお供の杖という意味と動物などに襲われたときに身を守るための意味を持っています。ルカでは持っていってはいけないことになっています。これはマタイも同様です。しかし、マルコだけ、杖だけは許可されている。お金も許可されていません。
 またマタイとマルコを比較したとき、履き物についての扱いが違います。マタイでは、「履き物も持っていってはならない」もののリストに記されています。しかし、マルコでは、「履き物は履くように」とわざわざしるされています。これには、当時の教会の中において、意見の違いがあった現れと想像することが出来ます。そして、ルカにおける9章4節の要素、5節の要素については、大きな違いはありません。
 これらの違いをまとめてみますと、だいたい二つの可能性について想像をすることができます。一つ目、より厳しいマタイ福音書の記事の方が元々の形であって、マルコ福音書の方は、ある程度の経験を踏む中で書き換えられた、という想像です。「杖を持たずに」動物や強盗に襲われたり、「履き物を履かず」に足を痛めたり、「二枚ではなく一枚の下着で」苦労する中で、緩やかに変わったという考え方。そして、もう一つは、これらの手引きは理念である、という考え方から、マルコの方が古くて、後から出来たマタイやルカは理念として(実際にこのようにはしない)、厳しくなったというとらえ方ができるでしょう。

パウロやディダケーより
 こうした原始教会のキリスト教宣教の経験に基づいた記事は、パウロの手紙の中にも見いだされます。パウロの苦労の吐露の記事ですが、第2コリント11章26節27節です。(P.338)
「11:26 しばしば旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上の難、偽の兄弟たちからの難に遭い、 11:27 苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました。」
 また様々な放浪する伝道者がいる中でちょっとこの人はどうなんだろう?ということもあったことも見られます。『十二使徒の教訓(ディダケー)』という紀元後90~150年頃に書かれたキリスト教文書の一部です。紹介します。お配りしましたプリントの裏面に印刷してあります。十二使徒の教訓11章3~4節。
「使徒と預言者とについては、福音書の教義に則って、次のように行いなさい
あなたがたのところに来る使徒はすべて、主のようにうけ入れなさい。
しかし彼は一日しか(あなたがたのところに)とどまるべきではない。
必要ならば、もう一日(とどまることができる)。もし三日とどまるなら、
その人は偽預言者である。使徒(たるもの)は、出発に際して、
(次の)宿泊まで(に必要な)パン以外は何も受けとるべきではない。
もし金銭を要求するなら、その人は偽預言者である。」
 この時代の背景を読み取ることが出来ると思います。町から町へと放浪し、キリスト教宣教者としていろいろな家を訪ね歩いた人が数多くいたのでしょう。しかし、一日たち三日たっても出て行かない、何もしない。ずっと滞在してご飯ばかり食べて何もしていない、さらにパン以外にチーズやぶどう酒まで要求してくる。そして挙げ句の果てには「お金をくれ」とまで行ってくる。「なんだこいつは~」と言ったところでしょう。そうしたことからこの文書は生まれたのでしょう。それにしても耳が痛い、というか、かなり突き刺さる、言葉でもあります。
 この十二使徒の教訓では一日が基本となっておりますが、ルカではある程度の期間、特定の町に滞在することを前提として、「一つの家にとどまりなさい」となっています。これも時代背景の違いでありましょう。ルカの記事が前提としているのは、まだここの町の教会が教会として小さい規模の時を指しているのだと思われます。そうしたところではそれぞれの宣教者がある程度じっくりと腰を据えて、宣教を行っていたのでしょう。そして『十二使徒の教訓』の方では、個々の教会がかなりの規模になっており、宣教者を何人も受け入れることが出来た、だからこそ、放浪宣教者として暮らしても十分に食べていくことが出来たのでしょう。だから、それに頼る人々が出てきて、問題となったのでしょう。

宣教とは?牧師とは?
 最後に聖書のテキストから離れて、宣教者とはどのような存在であるか?ということを、二つの歌から考えてみたいと思います。これらは学校という場所におけるイメージの歌で、違うと思う方もおられるかもしれませんが、やはり「教会」というだけあり、離れられない思いますので、紹介します。一つは、「めだかの学校」という歌です。
めだかの学校(昭和25年)
「めだかの学校は 川のなか / そっとのぞいて みてごらん
そっとのぞいて みてごらん / みんなで おゆうぎ しているよ
めだかの学校の めだかたち / だれが生徒か 先生か
だれが生徒か 先生か / みんなで げんきに あそんでる」

そして、もう一つは、「すずめの学校」という歌です。
すずめの学校(大正10年)
「チイチイパッパ チイパッパ / 雀(すずめ)の学校の 先生は
むちを振(ふ)り振り チイパッパ / 生徒の雀は 輪(わ)になって
お口をそろえて チイパッパ / まだまだいけない チイパッパ
も一度(いちど)一緒(いっしょ)に チイパッパ / チイチイパッパ チイパッパ」

 何が大きく違うでしょうか?先生の姿であります。「すずめの学校」の先生は、ムチを振るうような先生で、誰から見ても先生だとわかる存在でした。しかし「めだかの学校」の先生は、「だれが生徒か先生か」と歌われていますように、見分けが、つかないのです。ちなみに『すずめの学校』は1921年(大正10年)、『メダカの学校』は1950年(昭和25年)に出来た曲であり、それぞれの戦前の教育と教師像、戦後が目指していた教育像と教師像が、それぞれの歌の歌詞に現れている、と言えるでしょう。

宣教者と信徒の距離感
 また、一般的な教会における教師像というのは、昔ながらの古き良きアメリカにおける長老派やメソジスト派の教会における牧師像に近いかな、と感じています。また、仏教における小乗仏教と大乗仏教におけるお坊さんの立場の違いのように、牧師をあがめることによって、自分も神の国に入れる、というように考える信徒の方もおられるでしょう。
 いろいろ紹介してきましたが、最後に致します。初期の教会においては、イエスのようにカリスマ性をもった存在として、宣教者が捉えられていたでしょう。しかし徐々に、教会が増えていく中において、現代の教会において求められる宣教者の姿が異なるように、時代が変わる中で求められる宣教者の姿も変わっていったでしょう。今という時代の中で、また地域性や教会としての立ち位置によっても変わっていくものです。そのような中で、柔軟であるべきでしょう。そのような中においても、やっぱり聖書に基づいて、人々の希望に基づいて、形づけられている者であろうと感じています。

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        愛知牧場                     瀬戸にて

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