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『神の支配の模索』(サムエル記上 8:1~22)

2017.11.26(19:51) 360

『神の支配の模索』
(2017/11/26)
サムエル記 上 8章 1~22節

サムエルという存在
 サムエルは、なかなか子どもが生まれなかった母の子として誕生し、乳離れする年、3歳ぐらいに聖所に預けて、サムエルは聖所で成長しました。サムエルという名は、「その名は神」という意味で、「自分の願いを叶えてくれた神の名を忘れないように」付けられたものでしょう。そして祭司としてサムエルは育てられていきます。そして、立派に成長して、育ての親ともいえる祭司エリの跡継ぎとなっていきます。ということは、サムエルは祭司なのか、という問いが出てきます。しかし、今日の箇所で、子どもに変わる王を立てて欲しい、というような願い事をされる、ということは、サムエル記の前に収められている士師(裁き司)であったと捉えられます。また、サムエルは、イスラエルの初代の王サウル、と2代目の王ダビデに油を注いだ存在です。ユダヤ教においても、キリスト教においても、油注ぎを行うのは、預言者である、というとらえ方があります。ですから、サムエルは、最後の士師であり、最初の預言者といえる存在なのです。
 そのサムエルは、師であるエリの後を継いで、祭儀を司る代表者となります。サムエル記上3章11節から14節。(P.433)
「主はサムエルに言われた。「見よ、わたしは、イスラエルに一つのことを行う。それを聞く者は皆、両耳が鳴るだろう。その日わたしは、エリの家に告げたことをすべて、初めから終わりまでエリに対して行う。わたしはエリに告げ知らせた。息子たちが神を汚す行為をしていると知っていながら、とがめなかった罪のために、エリの家をとこしえに裁く、と。わたしはエリの家について誓った。エリの家の罪は、いけにえによっても献げ物によってもとこしえに贖われることはない。」」
 サムエルにとっては先生であるエリとその息子たちの裁きの言葉でした。祭司であるエリには、ホフニとピネハスという2人の息子がおり、聖所において3人で祭司として活動していました。この2人の息子たちは、祭司という立場でありながら、神に献げられた献げ物を私物化し(2:13-17)、また神殿娼婦と呼ばれる神殿近くにいた女性たちと関係を持ち(2:22)、父であるエリによる注意を無視していました。

神の支配の模索
 エリの2人の息子は、サムエル記上4章において十戒が刻まれた石版をおさめた神の箱がペリシテ人に奪われた時、殺されてしまいました。そして父親であるエリも、その報告を聞いたショックによって椅子から落ち、首の骨をおって亡くなりました。その後、サムエルは、エリの後を継いで、立派な祭司としてイスラエルの民を導くようになります。
 そして、今日の箇所において、彼自身も年をとり、その後を彼自身の息子たち、サムエルの息子たちに継がせようとします。しかし、このサムエルの息子たちも祭司として相応しくない、という訴えを民より受け、民はサムエルの息子とは別に王を立ててくれ、と求めます。興味深いことですが、立派な親の子は必ずしも立派ではない、ということが現れている、と言えます。しかし王制度にしても、祭司制度にしても、親から子へとその地位は受け継がれていく。また、どのような人であろうと、年を重ねれば、判断力が鈍ってしまう、という導きかもしれません。
 そうしたことは現代では行われていますが、聖書においては、そうしたことは一貫して否定されているように読めます。立派な王にしても預言者にしても、その子が必ず立派になるわけではない。その逆もある。そして、ユダヤ人は、その長い歴史を通じて、どのようなリーダー、神の代理人を立てれば良いのか、ということ、どのような神の支配のあり方が理想的なのか、ということを、その歴史的歩みを通じて探し続けている、と言えます。そして、それはキリスト教においても、考えなければならない、課題ではないか、と考えています。

イスラエルの民(ユダヤ人)の歴史から
 アブラハム、イサク、ヤコブという族長という人々は、主なる神と人格的な繋がりを持った最初の人々という点が特徴的です。しかし、この時点、族長とは家族の延長としての部族のリーダーでしかありません。
 次の段階として、上げられるのはモーセとヨシュアであります。エジプトの地で、族長の系譜を継ぐ民は、イスラエルの民、ユダヤ人という一つの民族へと成長しました。そして、その民を苦しみから救い出すため、またパレスチナの地へと導くためのリーダーとして、モーセとヨシュアというリーダーが見いだされ、役割を終えたら、その役割を自らの子に継がせることなく、消えていきました。
 そして、士師の時代に変わります。士師という言葉は、もともとは中国語であり、民族間における争い事を収める役割、裁判官、相談役のような役割を持つ存在であったと思われます。ある翻訳では、「裁き司(つかさ)」といった翻訳もなされています。民族のリーダーから、12部族のリーダーとなり、今日の箇所におけるサムエルのような地位へとなっていたように想像することが出来ます。
 預言者。預言者は、メシアなる者、王となる者に、油注ぐ存在として知られています。ただ、その歴史の中で、王に対抗する政治的な預言者、神殿や王に仕える預言者、在野の預言者といった立場の違いがあり、ずいぶんと役割も違っていたと考えられます。
 祭司はどうでしょうか。おそらく、祭司とは、それぞれの地方にある聖所に仕える存在としての祭司が最初ではなかったかと思います。その後、エルサレムに神殿ができ、神殿中心のヒエラルヒーが形成される中で、大祭司という存在ができ、イスラエル民族の様々な政治的な変遷の中で、その役割を強めていったのではないか、と考えられます。
 そして、王。最初の王であったサウルは、カリスマ的な力、英雄的な存在として、立てられた王と考えられます。そして、どちらかと言えば、後の北イスラエル王国となるユダ部族以外の部族の長としての側面が強かったと考えられます。また、ダビデは政治的に有能な王であり、策略もしくは政略に優れた王と想像しています。そして、ソロモンは、神殿建設を果たした王として知られていますが、「栄華を誇った」と言われてはいますが、ソロモンの死後、イスラエル王国は分裂してしまいます。これは、ソロモンの政治における民衆に対する重い負担が関係していたと考えられます。
 その後、バビロニア帝国の支配における捕囚があり、ペルシャ帝国に支配における祭司がユダヤ人の長となった時代を経て、ローマ帝国の支配に下ることとなります。事実上、イエスの誕生時に王であったヘロデ大王がイスラエル民族の最後の王となり、ユダヤ戦争によって国が滅ぼされた後は、ラビ(教師)がイスラエル民族の指導者となります。
 ラビは、福音書に登場するイエスの敵対者、ファリサイ派の流れを受け継ぐ存在です。国がなくなった後、ユダヤ人たちは、より強く「律法(トーラー)」旧約聖書におけるモーセ五書に対する意識を強めます。そんなトーラーを読み解く責任者として、ラビが立てられて、現代にまで続いていると言えます。
 その後、イスラエル民族は、国を持たない民(流浪の民)としての歴史を刻み、20世紀における第二次世界大戦に最中、ホロコースト(ショアー)という悲惨な歴史を刻み、イスラエル共和国建設へと至ります。しかし、それもパレスチナ民族の犠牲の上に成り立った建国であり、壁を築いて、その存在を消し去ろうとする皮肉な状況に陥っています。

イエスという存在—神の国は近づいた—
 イエスの話に入っていきたい、と思います。イエスは宣教の初めにこのように宣言しております。マルコ福音書1章15節。(P.61)
「1:14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、 1:15 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。」
 ここで、「神の国」と訳されているギリシャ語は、「神の支配」とも訳せる言葉です。イエスは、ラビか、預言者か、またメシア(王)ではないか、と問われたこともあります。イエス自身、誰でもない、と答えています。「神の子」であるという答えもあるかもしれません。しかし、神であるのであれば、十字架への道を歩むこともなく、十字架上の死を遂げることもなかったということもできます。
 イエスはどのような存在でしょうか。よく、メシアのギリシャ語翻訳がキリストである、という説明がされます。しかし、わたしは違うのではないか、と思っています。というのは、メシアは、救い主という意味もありますがユダヤ人の王のことを指すからです。少なくとも、イエスはユダヤ人の王になろうとは思っていなかった。それは、あくまで周囲の人々や弟子たちの望んでいたことでしかありませんでした。またキリストという言葉はどのような存在を指しているか、という考え方は間違っており、福音書や教会の伝統を通じてイエスがどのような存在であったかという課題を考えることによってこそ、真実のイエスの姿に近づくことができるのではないでしょうか。
 イエスはどのような存在であったか。別に、彼は政治家であったわけではないので、当てはまる存在はいません。しかし、どのような人であったかといえば、まず社会的弱者(マイノリティ)の立場に立って行動しようとした人であったといえるでしょう。当時の弱者というのは、「罪人」と呼ばれる人でした。また、彼はローマ帝国とユダヤ人の権力者たち(ヘロデ王朝、祭司)に逮捕され、処刑されてしまいました。なぜ、邪魔であったかといえば、そうした「罪人」の立場に立とうとしていたからと言えるでしょう。いつの時代においても、立場が低い存在が引き上げられるとなれば、自らの地位が危うくなることにつながると想像して、そうした存在を追い落とそうとすることはあったでしょう。そしてイエスもそうした結果、処刑されたと言うことができます。そして、そうした意味で、使徒信条にある「私たちの罪を背負って十字架上の死を遂げた」が実現したということもできます。もっとも小さき存在を引き上げようとした、それがイエスの神の支配の実現の形であったと言えるでしょう。そして、イエスが目指した先にこそ、族長でも、モーセでも、士師でも、王でも、預言者でも、祭司でもない神の支配の形、キリスト教会が求めるべき、世界の姿、神の支配、神の国があるのではないでしょうか。


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