FC2ブログ

タイトル画像

『イエスの弟子たちと家族たち』(ルカによる福音書 8:1〜3/19~21)

2017.09.05(20:35) 356

『イエスの弟子たちと家族たち』

ルカによる福音書 8章 1〜3/19~21節

男の弟子たち(十二弟子たち)
 今日、選ばせて頂いた聖書の箇所は、2カ所、8章1節から3節の女性の弟子に関する記述、そして後半19節から21節のイエスの家族たちが登場する場面です。イエスの弟子たち、そして家族たちに関する福音書の記載は、十二弟子のリストは、使徒言行録の最初の記事があります。しかし、中心的な弟子に対しては、間違いが起こらないだろうにしても、十二人でさえも、ズレがあるというある意味で曖昧なリストになります。そして、家族に関する記事も同じことが言えます。イエスの父はヨセフ、母はマリア、そして弟に初代教会の責任者であったヤコブがいたということは知られています。しかし、それ以外にも兄弟、そして姉妹がいたはずですが、兄弟の名前ぐらいしか知ることはできないのです。これもイエスの偉大さに比べて、あまりにも曖昧なことと言えるでしょう。
 しかし、とにかく、ペトロ、その弟アンデレ、ヨハネなど、中心的な弟子たちは後の教会の歴史をつなげ、後代においても、よく知られています。しかし当然、イエスの周囲にいたであろう女性の弟子たちは、どのような存在であったのかはあまり知られていません。

イエスの女性の弟子たち
 今日の箇所、ルカ福音書8章1節から3節に戻ります。
 2節に「マグダラの女と呼ばれるマリア」が登場します。マグダラが何を意味するのか、はよくわかっていません。しかし、このマリアは、復活したイエスに最初に出会った人とされており、教会の歴史的には、とても重要な人と言えます。そのこともあって、東方教会(オーソドクス)では、亜使徒という称号が与えらおり、墓に油を持って行って、イエスの亡骸に塗ろうとしたことから、油の壺を携えた姿で描かされるそうです。
 しかし、一方のカトリック教会においては、マグダラのマリアは、7章36節から50節に登場する「罪深い女」と同一視されており、あまり重要視されていませんでした(P.116)。また、こうした解釈自体、マグダラのマリアの権威を陥れるという意図、キリスト教会の中における女性の存在を陥れる意図があったのではないか、と言えます。ペトロにしても、十二使徒は男性であり、カトリック教会においては、現代でも司祭は男性に限られております。初期カトリック教会が形成されていく過程において、急速に男性中心主義が強まっていきました。そうした風潮が、読み方によっては、第一の弟子、使徒とも言えるマグダラのマリアを貶める動きにもつながったのでしょう。
 そして、「ヘロデの家令クザの妻ヨハナ」(ルカ24:10)にしても、「スサンナ」にしても、この箇所もしくは、ルカ福音書のみにしか出てこず、詳しい活動について、個性については知ることができません。女性の弟子たちがどのような活動をしていたのかは、ただ3節の後半の記述に頼るしかありません。
「彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた。」
 神学校の頃、この記述に基づいて、朗読劇を作ったことがありました。なぜ、イエスは十二弟子に男性たちを選んだのか、っという話です。いろいろな要素が出てきました。たとえば、マルコ福音書のシリア・フェニキアの女の話で、このような対話をしています。7章27節から29節。
「7:27 イエスは言われた。「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない。」7:28 ところが、女は答えて言った。「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます。」 7:29 そこで、イエスは言われた。「それほど言うなら、よろしい。家に帰りなさい。悪霊はあなたの娘からもう出てしまった。」」(P.75)
 また、マルタとマリアのお話などを用いました。
 そして、結論から言えば、イエスに言い訳ばかりさせている劇になってしまいました。なぜならば、イエスは男女の違いがあろうとも同等に捉えている、という前提で劇にしたのですが、やっぱり問題となったのは、なぜ十二弟子は男性ばかりで、女性は弟子たちの生活の面倒、食事とか、裏方の仕事とも言える立場なのか、ということをどう説明するか、でした。
 やっぱりイエスも男性中心主義だったのだ、いやいや女性に旅をさせるのは危険なこと、いやいや同じ神の国を宣べ伝えるのだったら女性が話すよりは男性が話した方が受け入れられるだろ、また女性自身、そういうことを選ばなかったのでは?などなど。いろいろな意見がでました。しかし、本当のところ、どうだったのかは、わかりません。

長男としてのイエス
 そして、後半部は、イエスの家族の話になります。
 参考のため、マルコによる福音書6章1節から3節をお読みします(P.71)。
「イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。 6:2 安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。」
 短い箇所ですが、いくつかのことを知ることが出来る箇所です。イエスには弟や妹がいたこと、さらに兄弟は4人、妹たちも複数形なので、2人以上いたことがわかります。イエスを長男として、7人以上の兄弟であったということです。そして、イエスが大工であったということ、ヨセフが大工であったことは知られていますが、イエスも一人前の大工であったことを知ることが出来ます。もう一つ重要なことがあります。それは6章3節冒頭、イエスが「マリアの息子」と呼ばれていることです。
 このことから、新約学者の佐藤研さんはこのようなことを記しています。
「ところで、このイエスは「大工」であった(マコ6:3)。この職業は、当時いわば木材(あるいは石材)を使った加工業一般とでも言うべきものであり、家屋の柱、椅子や机、寝床、農具その他がその製作対象で、労働形態としては短期契約か日雇い労働的だったはずである。事実マタイは、イエスを「大工の子」(13:55)としている。また当時の父親は、息子が数歳になると、「職業訓練」を開始するのが常であった。それは息子が「成人」する頃まで続く。古代ユダヤでは、男の子は13歳「バル・ミツヴァ」つまり「成人」となる。つまり、イエスが父親と同じ「大工」の職業にまともに就いていたとすると、その一応の職業訓練が終結する「13歳」までは、父親が生きていてイエスを訓練した可能性が高いということである。ということは、イエスが活動を始める「33から34歳」頃から約20年ぐらい時を遡った時点までは、父親ヨセフは生きていたであろうと推定される。」(「イエスの父はいつ死んだか」/P.51)
 また、イエスの下に兄弟が少なくとも6人いたことは、イエスが10歳ぐらいになるまでは生きていたことの根拠になるでしょう。そして、「マリアの子」と呼ばれていたことは、ヨセフが亡くなってからかなりの時間が経っているということの根拠となります。これらのことから、おそらくヨセフは、イエスが13歳から15歳といった10代前半で、亡くなっていただろうと確認できます。

イエスの父ヨセフ
 イエスは10代半ばで父ヨセフを失ったと考えられることが出来ます。家族としては、母親と幼い子どもたちがいるわけです。長男としては、ユダヤ人における成人である13歳を超えて、まだまだ経験は少ないかもしれませんが大工ではある。一心不乱に働いて、家族を支えたのでは無いか、と思うのです。母親のマリアは幼い妹や弟たちの面倒で一杯一杯だったでしょう。
 今日の箇所、ルカ8章19節から21節をお読みします。
「さて、イエスのところに母と兄弟たちが来たが、群衆のために近づくことができなかった。そこでイエスに、「母上と御兄弟たちが、お会いしたいと外に立っておられます」との知らせがあった。するとイエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」とお答えになった。」
 とても、穏やかであり、イエスの周囲にいる人も家族に対しても、学校の先生が生徒に接するようなイエスの姿です。しかしマルコの並行箇所では、そうではありません。マルコ3章33節。
「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」(P.66)
 後にマルコを資料にして書かれているルカでは削られていますが、とても厳しい言葉です。さらに読み進めます。マルコ3章34節後半と35節。
「周りに座っている人々を見回して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。3:35 神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」」
 とても厳しい言葉です。家族への拒絶と信仰者における家族的な共同体像こそ理想的である、という方向性も込められています。ルカは、信仰生活またエクレシア(教会・共同体)にある種の密接な繋がり、社会と対立するかもしれない要素を削るという特徴を持っており、そうした編集の結果と言えます。また、家族としては先ほど振り返りましたように、イエスは家族としては大黒柱とも言える存在です。どのような高尚な使命があったとしても、神の子としての役割があったとしても、連れ戻そうとするのは当然の行為と言えるでしょう。

イエスにおける父と家族
 また、イエスの言葉には、父親が現れてこないのです。イエスさまは神の子なのだから、神さまを「父」と呼ぶのは当たり前だ、という人もいるでしょう。神は教会の上の立つ存在だから、教会の中に、神である父がいないのは当たり前というとらえ方もできます。そして、さらに深めて、こんなとらえ方もできるのではないでしょうか。それは、ユダヤ教、イスラエルの民において家族における父親は、家の長として絶対の存在であります。キリスト教会、エクレシアとは、その父がいない共同体ではなく、主なる神以外には、絶対の存在を認めない、ということ。主なる神のみが絶対であり、それ以外の人は、どこまで行っても平等である、ということではないでしょうか。言葉化すれば、神絶対中心的絶対平等主義とも言える考え方をイエスは持っていたのではないでしょうか。
 神を絶対にする、ということは、そこに入った家族における父親という存在も妻や子どもたちと平等になってしまうということです。更に、教会には長く男性中心主義的な空気が流れていますが、そうしたあり方も相対化されてしまう、または間違いだということになるでしょう。さらにイエスが自分自身のことを特別な存在ではないと語っていることにもつながります。「人の子」という言葉がありますが、「カエルの子はカエル」という言葉のように、イエスをメシア(キリスト)といった特別な視点さえも否定する考え方にもつながるかもしれません。

運命共同体における役割
 イエスの弟子たちに対する姿勢にしても、家族にしても、平等主義的な姿勢が一つの特徴ではないか、と考えられます。たしかにマタイ福音書には、ペトロに「天国の鍵」を渡す記事があり、使徒中心的、ペトロ中心的な姿勢が現れていると言えますが、歴史的な教会の実情は異なり、ペトロは早いうちに、エルサレム教会を離れて、ローマ帝国各地の教会を訪ねるようになっていますが、これは積極的な伝道の意味よりは、エルサレム教会のリーダーとしてふさわしくないというところが本当だったのではないでしょうか。
 また、弟子たちの扱いにしても、それぞれの弟子の自主性に任せていたら、こういう形になっていったというのが実際ではないか、と思われます。イエスの家族たち、原始教会においてイエスの弟ヤコブが、ペトロに代わってエルサレム教会のリーダーを担うようになりました。当然、母マリアや他の兄弟たちもエルサレム教会との関係を深めていったでしょう。イエスは、あまり具体的に教会の有り様とか組織のあり方については、考えていなかったのではないか、と思われます。そして、後の人々がイエスの語った言葉に基づいて、組織が形付けられていったのではないか、と思われます。
 教会には、様々なルールがあります。それぞれは、キリスト教そして教会の歴史の歩み、聖書の言葉によって形づけられています。そして、時の流れの中で、イエスの言葉、聖書の言葉によって、また新しく変えられていくのではないか、と感じています。今という時代の中において、私たちの置かれている状況の中で、どのような教会のあり方、信仰のあり方を目指していくのか、イエスの福音に基づいて、求め続けている必要があると思っています。


1709031.png 1709032.png


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スポンサーサイト


周縁自体


<<『赦されることと許し合うこと』(マタイ福音書18:21〜35) | ホームへ | 『弟子たちの自分ルール』(マルコによる福音書9:33~41)>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nantaro3.blog119.fc2.com/tb.php/356-3aa2e3c9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)