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『キリストによる分裂と和解』 (ガラテヤの信徒への手紙 3:26~29)

2017.05.21(15:25) 347

『キリストによる分裂と和解』
(2017/5/21)
ガラテヤの信徒への手紙 3章26~29節

アンティオキア事件
パウロはこの手紙を、パウロがいなくなってから、ガラテヤの教会にやってきた人々、おそらくはユダヤ地方からやってきたユダヤ教的なキリスト教を伝道する者たちへの反論として記しました。パウロは、律法から自由な形のキリスト教を宣べ伝えました。しかしパウロが去った後のガラテヤの教会に、キリスト教を信じるには、律法を守ること、モーセを通して与えられた律法、わたしたちが持っている聖書の旧約聖書のモーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)を守ることが不可欠なのだ、と考える人々が来て、徐々に、そうした考え方、価値観が拡がっていたのです。
 パウロは、今日の箇所ガラテヤ書3章28節でこのように記しております。
「ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男と女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。」
 パウロにとって、信仰を持って洗礼を受け教会の一員となることは、ここに記されているように、人種や社会的立場や性差も超えて、イエス・キリストによって結ばれて一つになる、ということでありました。ですから、ユダヤ教的な価値観によって、キリスト教会の中で、人と人が人種によって分けられてしまう、ということが許せませんでした。そして、パウロのこのような思いは、第一の使徒として知られているペトロとの衝突にも、つながりました。
 そのことを如実にしめすエピソードがありますので、その箇所をお読みしたい、と思います。ガラテヤの信徒への手紙2章11節から14節です。(P.344)
「2:11 さて、ケファがアンティオキアに来たとき、非難すべきところがあったので、わたしは面と向かって反対しました。2:12 なぜなら、ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです。2:13 そして、ほかのユダヤ人も、ケファと一緒にこのような心にもないことを行い、バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。2:14 しかし、わたしは、彼らが福音の真理にのっとってまっすぐ歩いていないのを見たとき、皆の前でケファに向かってこう言いました。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか。」」
 この出来事は、パウロの使徒としての活動最初期、49年頃、パウロが宣教旅行という形の伝道を始める以前、アンティオキアの教会で起こったことでした。概要としてはこのような流れです。ケファ(アラム語における『岩』)と記されているのは、第一の使徒ペトロであります。そして、ペトロはエルサレムの教会からパウロがリーダーとなっていたアンティオキア教会にやってきて、異邦人たちと一緒に食事をしていました。ユダヤ人の律法に従えば、それは赦されることではありませんでした。しかし、ペトロは言うなれば、中間派というのでしょうか、「郷に入っては郷に従え」で、アンティオキア教会では異邦人と共に食事を取っていたのでしょう。しかし、ある客人がやってくることによって、困った事態が起こってしまいます。
 2章12節に「ヤコブのもとからある人々が来るまでは」とありますが、ここに出てくるヤコブとは、イエスさまの弟で、ユダヤ人ばかりの教会であったエルサレム教会の当時のリーダーとなっていた人でした。ペトロさんとしては、エルサレム教会からやってきたユダヤ人たちに恐れを持っていました。エルサレムといえば、ユダヤ人ばかりの町ですから、教会の中といえども、異邦人と食事するといった律法違反を、教会がやっているという話が拡がってしまうと自分たちが迫害されてしまうかも知れない。そんな状況がエルサレムにはありました。だから非常に食事の取り方、ユダヤ人と異邦人が一緒に食事を取ることなど、考えられない、という立場であったと想像することができます。
 そのようなエルサレム教会の人々が、アンティオキア教会にやってきて、運の悪いことに食事の時間にぶつかったのでしょう。そして、ペトロはその食事の席を立ってしまった。おそらくエルサレム教会の人々の怒り、またヤコブの怒りを買うことを恐れての行為でしょう。しかし、それは予想外に大きな影響をもたらすことになります。

ペトロとパウロ、それぞれの思い
 ペトロはなんと言っても、イエスさまの一番弟子、第一の使徒です。ペトロとしては、ちょっとした気持ちだったかも知れません。しかし、このことはアンティオキア教会におけるパウロの立場を著しく悪くすることになりました。バルナバという人が出てきますが、パウロの一番の理解者でありましたが、このことをきっかけにして、仲たがいをするようになります。また、パウロは、このアンティオキア教会を離れて、伝道するようになりますが、おそらくここで第一の使徒であるペトロとパウロの考えが違うということが明らかになり、信用されなくなってしまった、という事情があったのではないか、と考えられるのです。
 また、パウロとしては、どうでしたでしょうか。パウロにとって、キリスト教会において、人種や様々な立場を超えて、共に守る食事は、単なる食事ではなく、教会に集う人の一致の徴として大切にしていたと思われます。そして、たとえ律法的には、避けなければならないユダヤ人であっても、キリスト教においては、守られるものである、という立場であったでしょう。そして、そうした解放性こそがキリスト教である、と考えていたでしょう。
 またパウロとしては、もう一つの意識があったと考えられます。パウロはアンティオキア教会とかコリント教会とか、エルサレム教会といった一つ一つの教会だけではなく、そうした各地域に立つ教会の枠を超えて教会がキリストの身体として一致すること、一緒になることを目指していました。そんな思いがあったからこそ、パウロは様々な地域の教会において、食事の問題では敵対しているエルサレム教会に対して、献金を集めていました。そして、その献金を集めてエルサレム教会に届けようとして、エルサレムに向かいます。そしてユダヤ人でありながらも、異邦人の伝統を守る者として誤解され、逮捕されてしまい、ローマに護送されて処刑されてしまいます。おそらくパウロ自身、エルサレムへ行くことはかなりの危険性を伴うことは分かっていたはずです。しかし、そうした危険を冒してでも、献金を届けて、教会の一致を示したかったのでしょう。

ペトロとパウロ、それぞれの理想
 もう一方のペトロはどのような思いであったでしょうか。ペトロは、場所によって、教会における食事のあり方は自由で良い、と考えていたのではないか、と考えられます。エルサレム教会においては、ほとんどがユダヤ人の教会のあり方、そしてローマとユダヤ人との対立、緊張が高まる中において、律法違反となる異邦人との食事は、教会自体を滅ぼしてしまう可能性もある行為でした。そうしてみますと、こんなことが言えるのでは無いでしょうか。ペトロは、基本的には、キリスト教において、ユダヤ人と異邦人の違いは無い、と考えていたと思います。しかし、それがエルサレム教会の状況を考えた時、教会の理想的な姿だとして、ユダヤ人と異邦人が一緒に食事を取ることを良しとするだろうか、おそらくしなかったのでは無いでしょうか。
 しかし、他の教会においては、理想的なことだから、してください、といった立場だったのでは無いでしょうか。しかし、そのアンティオキア教会にエルサレム教会の人々がやってきてしまった。こう言われたかもしれません。「エルサレム教会でのやり方と違うじゃないか?!そんなことがエルサレムのユダヤ人たちにばれたら、エルサレム教会はつぶされてしまう」と。
 パウロはどのような思いであったでしょうか。パウロは、ガラテヤの教会の人々に向けて、アンティオキア教会で起こってしまったペトロとの衝突を例に、人種や社会的立場や性別の違いにも寄らない信仰にあり方、キリスト者としてのあり方を示そうとしています。そんな中、もう一つの信仰における課題、キリスト者としての課題についてのべようとしています。今日の箇所の最後となるガラテヤの信徒への手紙3章29節をお読みします。
「3:29 あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です。」
 「アブラハムの子孫」そして「約束の相続人」というのは、ユダヤ教なキリスト教、律法的なキリスト教を重んじる人々が用いていた言葉であります。
パウロは、自分とは違う立場の人の言葉をあえて用いて、自分の考えを述べたのであります。旧約聖書に記されている、イスラエルの民と主なる神の歴史、イスラエルの民の側の父祖としてアブラハムがいます。アブラハムは主なる神に身を捨てて従ったからこそ祝福を受けることができた。だから、キリスト教徒であろうとも、アブラハムと同じように、神の意志に従うべき、律法に従うべきである。そして、従えないのであれば、「アブラハムの子孫」でも「約束の相続人」でもない、という主張なのです。

あなたはパウロですか?ペトロですか?
 パウロの立場を言葉化すれば、絶対平等主義的キリスト者(使徒)、ということが言えます。そしてペトロの立場を言葉化すれば、現実平等主義的キリスト者(使徒)と言うことが出来るでしょう。また、この問題はペトロとパウロの間だけの問題ではなく(使徒言行録15章に基づいて)、広く初代教会の課題であったようです。キリスト教徒であるユダヤ人と異邦人が一緒に食事を取ることは認められるかどうか、どのような場所で、食事規定は、どのような肉であったら、洗礼を受けたかどうか、など。議論にも事欠かなかったと思われます。
 どうでしょうか?一緒に食事を取ることを優先するでしょうか?それとも、民族性や文化を優先するでしょうか?また、そのことによって、自分たちの教会ではない、ある教会が危険にさらされる可能性があったとしたら、どのような選択をするでしょうか?おそらく多くの人が、どこかの教会の危機に繋がるような行為であったら、するべきではない、と考えるのでは無いでしょうか。しかし、そのような情報が無かったらどうでしょうか?パウロもおそらくそうだったのではないか、と考えられます。
 また、ペトロは基本的にユダヤ人キリスト者の伝道者(使徒)としての働き、パウロは異邦人キリスト者の伝道者(使徒)として働きを担っていました。それぞれの立場、考え方に基づいた発想もするのも当然のことであったでしょう。

キリストによる分裂と和解
 今日の箇所、ガラテヤの信徒への手紙3章26節から28節を、もう一度、お読みします。
「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。」
 この言葉の背景には、これまでに触れたようなパウロの経験と思いが込められています。パウロとペトロの対立は、パウロが自らの思いとして、この言葉を実現させようとして起こったことでした。そして、これは現代にも通じることでは無いか、と思うのです。私たちは様々な違い、民族性や文化、性別、その他の差別の問題に出会うとき、その違いから時に、ぶつかり合いや意見の違いから分裂が起こったりします。しかし、それは悪いことでは無いのではないか、と思うのです。なぜなら、パウロやペトロも行っていたからです。
 私たちは、それぞれ限界をもっており、自分とは違う立場の人のことを理解することは、その人以上にはどんなに努力をしたとしても、絶対にできません。そのような時、みずからの不完全さを認めることによってこそ、新しい可能性や新しい和解の道が開けるのでは無いでしょうか。そして、そこにこそ、キリスト教のすばらしさがあるのではないでしょうか。様々なことに、生きて、呼吸をして、思い悩み、時に争ったり、ケンカをしたり、分裂したり、しながら。自分の弱さをたずさえて、イエス・キリストが示して下さった福音を、イエスの後を追いかけようとする思いや葛藤。その葛藤こそが、キリスト教であり、教会の真実のあり方ではないでしょうか。私たちは一致することにこそ、教会やキリスト教の理想があると思いがちです。しかし、そうではなく、パウロやペトロの争いにあるような葛藤の積み重ねこそがキリスト教では無いか、と感じています。


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