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『使徒と弟子と民衆と共に』(ルカによる福音書6:12〜19)

2016.10.16(17:30) 325

『使徒と弟子と民衆と共に』
(16/10/16)
ルカによる福音書 6:12~19

弟子とは?
 十二人の弟子の召命の記事は、マルコ、マタイ、ルカに存在します。イエスは最初に、魚を捕る漁師四人を弟子にして、その後、徴税人だった人を弟子としました。合わせて五人の弟子については、どのような出会いをしたのか、またどのように弟子にしたのか、おぼろげですが知ることが出来ます。しかし、十二人のうちの残り七名はどのように弟子になったのかは知ることが出来ません。ただ、イエスが十二名を特別に選んで、寝食を共にし、エルサレムまでの道を共に歩んだ、ということは知られています。
ただ、今日の記述や他の箇所から、イエスには、十二弟子(十二使徒)以外にも弟子と呼ばれる人がいました。そして、十二弟子以外にも、彼の活動を支えている人々がいました。そうした人々は、イエスとどのような関係だったのか、また、どのような違いがあり、どのような特徴があったのか、イエスはどのように考えていたのか?今日はそうしたことを共に考えてみたい、と思います。
 また、たった12人なのに、マタイ、マルコ、ルカにおけるリストの名前が違っていることも、いろいろな想像を呼び起こす原因となっています。漁師であったペトロとアンデレ、ヤコブとヨハネの兄弟の名前には間違いがありません。しかし、徴税人であった弟子、マタイにおいては、マタイとなっていますが(Mt9:9-13)、ルカとマルコにおいては、レビという名前であり(Mk2:13-17)、十二弟子の中には含まれていないことになってしまいます。そうしたことから、名前が違う誰かと誰かが同一人物なのだ、とか、名前が2つあったとか、様々な捉え方がなされます。そうした捉え方自体、十二使徒の権威というか、存在を重んじようという視点から生まれる考え方と言えます。しかし実際には、様々な逸話は知られていたのですが、名前についてはあまり正確に伝えられなかった、誰が12使徒であったのかは、後の教会の歴史には受け継がれなかった、というのが、実際のところではないでしょうか。

イエスの活動における使徒
 イエスはともかく十字架の道に至るまで、何人かの弟子たちを身近に起きました。
そして、様々な記述から、ある程度の序列、弟子たちの側からのイエスに対する近さ、イエスの側からの弟子たちの近さを想定することが出来る箇所があります。一カ所は、マルコによる福音書10章35節から37節(P.82)。
「10:35 ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスに言った。「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが。」10:36 イエスが、「何をしてほしいのか」と言われると、10:37 二人は言った。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」」
 この2人は、最初に弟子となった漁師たちに含まれています。自分たちがイエスに近いという意識があったと思われます。また、一番弟子と見なされながらも、頑なであったペトロ、様々なことをからイエスに怒られることが多かったペトロに対するライバル意識があったかもしれません。
 また、もう一カ所は、イエス側からの意識が現れていると思われる箇所です。マルコ福音書14章32節から34節(P.92)。
「14:32 一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。 14:33 そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、14:34 彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」」
 イエスが逮捕される直前のゲツセマネの祈りの場面です。イエス自身、逮捕され、裁判を受け、処刑されるという運命に知っていました。そして主なる神に対して、出来ることなら「この杯を取り除いて欲しい」と祈る場面です。そのとき、3人の弟子たちのみを、近くに呼んでいました。その場合やはり近い関係の弟子、より信頼できる弟子を選ぶものでしょう。

原始教会における使徒
 また、初代教会において、使徒とはどのような存在であったのか、を考えてみたい、と思います。使徒言行録1章21節から26節(P.214)。
「1:21-22そこで、主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。」
1:23 そこで人々は、バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフと、マティアの二人を立てて、1:24 次のように祈った。「すべての人の心をご存じである主よ、この二人のうちのどちらをお選びになったかを、お示しください。 1:25 ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。」 1:26 二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。」
 この記事の最後に「十一人の使徒の仲間に加えられる」とありますが、12人へのこだわりがあったことを知ることが出来ます。また、6章には、12人の弟子の他に、異邦人の弟子たちの代表者として7人を選ぶ、という記事があります(P.223)。7章で殉教するステファノもこの中に含まれていました。初代教会において、ユダヤ人だけではなく、異邦人が増えていく中で、使徒たちは、イエスの言葉や行いを伝えるという役割だけをしていれば良いわけにはいかなくなりました。異邦人の弟子たちが増えていく中で、ユダヤ人と異邦人の間で、イエス理解、福音理解、教会のあり方についての考え方の違い、齟齬が出てきた。そうした意見のまとめ役、調整役という役回りを果たすようになっていったのです。

女性の弟子たちの存在
 また、使徒や一般の弟子そして民衆とは、別にして特に女性の弟子について、記されている箇所があります。ルカ福音書8章1節から3節です(P.117)。
「「8:1 すぐその後、イエスは神の国を宣べ伝え、その福音を告げ知らせながら、町や村を巡って旅を続けられた。十二人も一緒だった。 8:2 悪霊を追い出して病気をいやしていただいた何人かの婦人たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア、8:3 ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、それにスサンナ、そのほか多くの婦人たちも一緒であった。彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた。」」
 12使徒の中には、男性しかいませんでした。しかし女性たちがイエスに従っていなかったとは考えれません。この箇所に出てくるマグダラのマリアそして、カファルナウムにおいて宣教の基地となっていたペトロの家、そこで生活における様々な支援をしていたペトロのしゅうとめも、イエスの活動を支える存在であり、イエスの弟子であったと言えるでしょう。このように女性であっても、弟子は存在していました。そして使徒に肩を並べるような働き、役割を果たしていた、と言えるのでしょう(Mk1:29-31/3:20/31/9:33)。

一般の弟子たちと民衆
 今日の箇所に戻ります。様々な角度で、イエスの弟子たちについて触れましたが、今日の箇所は12人の選びの記事と、小見出しには「おびただしい病人をいやす」とつけられていますが、イエスの周囲に多くの人が集まってきていたことを記す箇所です。12節において、イエスは祈るために「山に行き」、神に祈って夜を明かして、朝になって、12人の弟子を選んだとあります。17節には、「彼らと一緒に山から下りて」とあるので、12弟子は山の上で選ばれたことになります。特別な場所として山の上において、12人の特別な弟子として選ばれた、ということになります。
 そして、17節には、その12人の弟子とは、違う弟子たちと民衆が集まってきていた、とあります。弟子たちとは、12弟子とは違う存在でありながら、さきほど触れました女性の弟子たちのようにイエスの活動を支えた人たちと捉えることが出来るでしょう。それに対して、「民衆」というのは、12弟子や弟子たちのように、イエスの活動を支えることは
しないけれども、イエスの教えを求めていた人たち、癒やしを求めていた人たちということになるでしょう。

使徒とは? −ペトロの歩みから−
 ここで、使徒という存在をペトロという人を通じて考えてみたい、と思います。イエスの第一の弟子として、またイエスがこの世を去った後、しばらくの間は第一の使徒として歩み、ローマ・カトリック教会においては、最初の法王、教皇とされ、天国の鍵を持つ存在とされています。しかし、このペトロ、イエスの弟子としては、様々な間違いをして、イエスに叱られてばかりの人でありました。イエスに対して「メシア(救い主)である」と告白しては、誰にも言ってはいけない、を怒られています。最後の晩餐においては、他の誰もがあなたを裏切ったとしても、私は裏切らないと誓いを立てました。が、イエスの予告通り、大祭司の屋敷において、イエスを見捨てて、鶏の鳴き声をきっかけにして、そのことを思い出し泣き崩れてしまっています。
 彼はイエスが天に帰っていった後の弟子の群れを率いて、行きました。しばらくしてイエスの弟のヤコブにリーダーとしての地位を譲り、エルサレムを離れていきましたが、パウロの手紙からも解るように、第一の弟子として様々な尊敬を受けていました。そうした中で、興味深いと思うのは、ペトロについて知られている逸話の多くが情けないペトロの姿ばかりである、ということです。しかし福音書に記されていること、そしてそうした逸話はイエスの神の子としての姿、また救い主、私たちの罪の購い主としての姿を現すモノであり、福音の宣教、イエスの人としての姿を示すモノとしては、不可欠であったでしょう。
 また、ペトロという名前自体、今日の箇所のような使徒のリストにおいて、最初からつけられているような印象を受けますが、イエスがペトロと共に過ごす中でつけられた名前と考えることが自然です。「岩」という名前。「頑固」「頑なさ」というのは、誇ること、尊いこと、長所であるかもしれません。しかし一方で、その逆にも捉えられることです。言葉で容易く誓いながらも、その内実はどうだろうか、柔軟であるべきなのに受け入れられないことなど、短所になることもあるでしょう。
 イエスは、ペトロに対して、様々な触れ合いの中で、「岩」という名前、アラム語で「ケファ」ギリシャ語で「ペトロ」という名前をつけたのでしょう。ペトロの頑なさはただ単に、誇るべき名前ではなく、ペトロと呼ばれたシモン自身、自らの頑なさを示す徴として受け止めていたかもしれません。
 しかし、福音書の中において、弟子たちがイエスを離れて、派遣される場面においては、そうしたペトロを含めた弟子たちの情けなさとは違う一面が記されています。ルカ9章1節(P.121)。「9:1 イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。」
 プロテスタント教会においては、イエスの弟子たち、使徒たちが奇跡を起こす、というのは伝統的に馴染まないことと思われますが、使徒と一面としてイエスと同じような働きを持っていた、ということが言えるのかもしれません。

使徒とは? −イエスと共に歩んだ経験−
 最後に、使徒とは?どのような存在であるか、を私なりの考えを紹介して終わります。一言でいうと、使徒たちは何か立派な存在であったといった存在ではなく、ただ、イエスと共に歩んだ経験のみがあった。それが使徒としての資格であったと言えるのではないでしょうか。キリスト教徒は、イエスが神の子である、とか、ダビデの継承者、預言者たちが預言したメシア(救い主)である、十字架刑による死に打ち勝ち復活した、といった理由で、キリスト教を信じているのでしょうか。そういう要素もあると思います。
 しかし、12弟子たちにとって、イエスをキリストである、救い主である、というのは、イエスがどのような歩みを歩み、どのような教えをのべ、どのような最後を遂げたのか、ということによるのではないでしょうか。言うなれば、誕生から約束された「神の子である」ということと、この世における歩みにおいて「キリスト(救い主)になる」ということ、この二つの要素は、まったく違うことなのです。そして、12弟子たちというのは、そうしたイエスのこの世における歩みの証明者である、と言えます。
 イエスの歩みを示すこととは、さきほどペトロの例を挙げましたが、ひたすらイエスの前における自らの情けなさを示すことになったでしょう。そうした意味で言えば、イエスを伝えるというのは、弟子たちにとって、自分の情けなさを伝えることでもあったはずです。でも同時に、イエスと共に歩んだ喜びを伝えたのではないか、と思うのです。イエスはよく神の国を、食卓に例えました。イエスと12弟子たちは共に食卓を何度も囲んだでしょう。そして、イエスはその食卓を神の国の前触れとして語り、共にその時間を楽しみました。
 そうした楽しみは、福音書においても、使徒言行録においても、パウロの手紙や他の書簡においても、行間から感じることしか出来ません。なぜならば、それらのことは教会で受け継がれていたことで、言葉に記す必要が無かったから、と考えることが出来るのです。そしてイエスと弟子たちの食卓の記憶は、教会の伝統の中においては、聖餐や愛餐として受け継がれることとなりました。イエスは、ここに記されている12弟子以外の弟子たち、民衆たち、と共に食卓を囲みました。その食卓には、神の国が現れていました。そしてその食卓には誰もが招かれているのではないでしょうか。

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