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「シン・ゴジラ」見てきました。

2016.09.07(20:09) 320

シン・ゴジラ、見てきました。

ナショナリズム喚起。自衛隊賛美。
憲法改正による緊急時の法整備を謳っている、など。
いろいろ言われています。

そして、おそらく見る人が何に興味を持っているか、によって
いろいろと評価も感想も分かれる映画ではないだろうか。

私の感想を一言で言えば、
「エヴァンゲリオン」と「(初代)ゴジラ」のオマージュ作品。
ところどころに、知っている人ならば、
クスッと笑ってしまうような場面や音楽がちりばめられている、と
いうのが感想です。

音楽は、初代ゴジラとエヴァンゲリオンのものを
使っているなあ、と思うことが何カ所もありました。

全体の構成に言えることですが、エヴァンゲリオンの
「ヤシマ作戦」、また、エヴァンゲリオンにおける
作戦本部とエヴァとシトの戦いの関係をモデルとしているようで、
また、あらゆる場面で、場所や戦闘機や戦艦の名前が
明朝体で示されていたが、これもエヴァンゲリオンの真似っこ。

そして、これはエンディングに関わることですが、
人間の原子力(核)に対する無力さを示していると思いました。

庵野さん、東日本大震災の後、映画ヱヴァンゲリヲンの第3作を
作っていますが、震災が起こったことによって、
予定とはまったく違う内容となった、と言っています。

ゴジラに無力な国家と人類。
そうした姿は今も継続しているフクシマの有り様を
示しているように思いました。
そうした意味では、この「シン・ゴジラ」は、
「初代ゴジラ」が提示した課題を受け継いでいると思う。

庵野さんはエンターテイメント作品として、
この映画を作ろうとしたどこかで聞いたが、
本当にその通りだと思う。

エンターテイメント作品とは、
そこに登場するキャラクターや人物に対する憧れを生む。
そうした意味で言えば、強い国家や強い自衛隊を
求める気持ちを喚起することは確かだろう。
だが、意図しているのかは別にして、それだけでも無いように思う。

ポスターには、「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)。」とコピーがある。
技術の発展によって、映像には現実かと紛おうばかりのリアルさがある。
そして映画のストーリー自体もリアリティに富んだものと
言えるかもしれない。しかし、本当にそうだろうか、と感じる。

この映画、現実は逆である、という事実。
フクシマ原発事故という「現実(ゴジラ)」と
それに対してまったく解決策を持たない「虚構(ニッポン)」と
図らずも示したのではなかろうか。

現実に存在する原発の問題、また未知の課題に
上っ面では解決しているようにさせながらも、
まったく解決できずにいる日本。

ただ問題の先送りだけを繰り返している日本の姿を
逆に映し出したのかもしれない、と感じる。

最後に、映画は、あくまで虚構でしかない。

この「シン・ゴジラ」、あくまで「(初代)ゴジラ」と「エヴァンゲリオン」の
オマージュ(尊敬を込めて真似ること?)である。
映画のオマージュはどこまで行っても映画であり、
いつまでも現実であるはずがない。

ただ、現実のような映画こそ、すばらしい映画ということになろう。
そういった意味で、この「シン・ゴジラ」はどう評価されるだろうか。
ゴジラの存在は、あくまで虚構である。
だが、ゴジラによって映し出される「人」の姿は、
現実としか思えない、と感じることがある。

この映画の中で、ゴジラという存在に、
右往左往するだけの「人」は紛れもない現実の人であった。
ただ、後半になるにつれ、ゴジラに対応できるよう
変化していく「人」は、現実の人と言えるだろうか。

そこまでいうと褒めすぎか、な。

何しろ、様々な感想の一つとして。


(※ 最後を少し追加しました)

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