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『分裂が和解に、終わりが始まりに』(使徒言行録2:1-11)

2016.05.17(07:45) 312

『分裂が和解に、終わりが始まりに』
(2016/5/15)
使徒言行録 2章 1~11節

教会の時のはじまり
 今日は、教会の誕生日、ペンテコステであります。使徒言行録には、旧約聖書を「イエス・キリスト以前」、福音書を「イエス・キリストの時」、そして、イエス以後の時を、「教会の時」として、描きました。そして、今日の箇所、イエスの復活に続く出来事、復活以後40日目に起こったとされるイエスの昇天(Act1:6-11)、そしてそれから10日後、復活からは50日目に起こった、聖霊が弟子たちに授けられたことが記されている箇所であります。使徒言行録は、福音書の一つ、ルカ福音書と同じ著者、同じ教会によって生み出されたものであり、おそらく紀元後90年頃に成立したものです。そして目的としては、自分たちの日常の教会の現実と、イエス・キリストと弟子たちの歩み、そして十字架と復活を繋げる役割を持たせた、といえるのではないか、と考えることが出来ます。そして、ペンテコステとは、イエスの時の終わり、教会の時の始まり、が凝縮した一点と言えるでしょう。
 ところで、教会は何をするところでしょうか。使徒言行録2章42節には、原始教会の姿が描かれております。(P.217)
「2:42 彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。」
現在でも続く教会において行われる業が記されています。使徒の教え(聖書に記されている神の教えに聞くこと)、相互の交わり(助け合うこと、交流すること)、パンを裂くこと(聖餐を守ること、食卓を共にすること)、祈ること(文字どおり、祈ること)。これらの事柄は、その意味内容には変化があると言わざるを得ませんが、イエスが弟子たちとともに歩んでいたときから始まっていた業であり、弟子たちに受け継がれ、そして教会に受け継がれたこととして言うことが出来ます。

ペンテコステの出来事
 今日の箇所、使徒言行録2章1節から4節をお読みします。(P.214)
「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」
 いつ、そのことが起こったのか?「五旬祭」とありますが、これはユダヤ教のお祭りである「過越祭」から50日目に祝われていた祭り(収穫祭)のことを指します。また、ペンテコステとは、50を指す言葉が語源ですが、聖霊降臨日(ペンテコステ)は、この50に基づいています。そして、どこでその出来事が起こったのか?あえて書かれてはいませんが、エルサレムであることが5節以下の記述から知ることが出来ます。エルサレムはユダヤ人にとっての精神的支柱であり、そこには多くのユダヤ人が滞在していたこということが9節以下に記されています。そして、どのようなことが起こったのか?4節をお読みします。
「すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」
 「ほかの国々の言葉」とありますが、直訳では、「異なる言葉で」となります。また、「話し出した」とありますが、どんな言葉で、どんな内容のことを話していたのでしょうか。8節には、そこで話されていた言葉のリストがあり、11節によれば、「神の偉大な業」が語られていたとあります。
 他の箇所との関連でその意味内容を探ってみたいと思います。実は、旧約聖書の中に、それまでは同じ言葉をしゃべっていた人々が、突然、違う言葉をそこに集っていた人々がしゃべり出した、という有名な出来事が一つあります。それは、創世記11章のバベルの塔の物語です。少し、お読みします。創世記11章6節から9節。(P.14)
「言われた。「彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。我々は降って行って、直ちに彼らの言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう。」主は彼らをそこから全地に散らされたので、彼らはこの町の建設をやめた。こういうわけで、この町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を混乱(バラル)させ、また、主がそこから彼らを全地に散らされたからである。」
 内容としては、同じことが起こったと言えます。どちらもそこに集っていた人々が、突然、違う言葉を話し出した、そして何かが広がっていきました。バベルの塔においては、大きな混乱(バラル)が起こった。言葉が通じ合わなくなり、意志が通じ合わなくなった。しかしそれをきっかけにして、人々が全地に、様々な地域に広がっていったということ。言葉が通じなくなることが、不幸なこととして人々が分裂する原因として描かれています。しかし、使徒言行録においては、同じ事なのですが、それが幸いなこととして描かれている。神の業によって、福音(神のメッセージ)がユダヤ人のみならず、イエスや弟子たち、ユダヤ人たちが話していたアラム語だけではなく、様々な言葉で語られるようになり、様々な地域に広がっていくようになった、と。

分裂と和解
 また、この出来事の意義として、キリスト教が様々な言語で、伝えられること、語られることを認めた物語として読むことが出来ます。使徒言行録11章には、ペトロが天から大きな布が降りてくる、という幻を見るという記事があります。その布の中には、「地上の様々な獣、野獣、這うもの、空の鳥など」(Act11:1-7)が入っており、神はペトロに対して、それらを屠って食べなさいと命令します。このことによって、ユダヤ教の厳しい食物規定が破棄された、キリスト教において食物規定は存在しないことにされました。
 ペンテコステの出来事は、ユダヤ教がヘブライ語を聖なる言語としたのに対して、キリスト教はそうした言語、この言葉でなければならない、という考え方を否定したお話と言えます。キリスト教の歴史においては、カトリック教会にて、ラテン語の聖書のみが聖典とされたこと、聖書の朗読や聖書の物語が一握りの知識ある人々に支配されてきた歴史も批判されるべきかもしれません。また、教会の様々なあり方、信仰の有り様においても、多様なあり方を認める姿勢と捉えられないでしょうか。
 さらに様々な国家において、国民統一を目的として、国語教育、国語推進といったこと。文化の画一化が行われますが、そうしたことへの批判とも捉えられるでしょう。バベルの塔において、描かれていることは、神ならぬ人が神のようになることをめざし、人が人を支配することの愚かしさを描いたものという捉え方、理解があります。新バビロニア帝国において、様々な民族の人々、様々な言語を持つそれぞれの民族が王の力によって暴力的に支配されていた現実への批判ではないか、という考え方です。様々な民族、様々な言語を持つ人々の有り様や理想が、何かの力によって、権力によって、画一的なものに染められてしまうこと、それを聖書に記されている神は望んでおられないのだ、ということを表明しているのだ、という理解です。そしていつかそうした支配は滅びるのだ、という理解です。このようにバベルの塔の物語と合わせて読むことが赦されるのであれば、より深くペンテコステの物語を味わうことが出来るのではないでしょうか。

終わりが始まりに(教会のあり方)
 また、ペンテコステにおけるもう一つの意義を考えてみたいと思います。ペンテコステは、聖霊というものが、弟子たち、使徒たちに与えられた時とされていますが、同時に教会の誕生日、教会の始まりの時であった、という説明がされます。イエスが十字架上の死を遂げ、復活したから40日間は弟子たちと共におられた。が、天に昇ってしまった。イエスという存在が、この世から完全にいなくなってしまったわけです。
 しかし、その10日後、イエスの復活から50日目に聖霊というものが与えられ、新しい歩みが始まった。イエスがいなくなった代わりに、聖霊が与えられ、教会としての歩みがはじまったというわけです。最初に、教会の業として、使徒言行録2章42節にある記事をお読みしました。そこには教会の業として、「(使徒の)教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ること」と記されていました。イエスが共にいるとき、「教え」を説いたのは、イエスでありました。しかし、それからはイエスの言葉や聖書の言葉を思い起こして、使徒たちがその作業を行うようになったのです。「相互の交わり」とありましたが、互いの助け合いを導いたのは、イエスでありました。しかし、これも使徒たちの業、それぞれの教会のリーダーなりメンバーの業になりました。パンを裂くこともイエスでは無く、使徒たちなどの業となったでしょう。そして、祈ること。イエス自身も祈ることもありました。そして、イエスは「主の祈り」といった祈りも勧めましたが、弟子たちと共に祈ったこともあり、一人で祈ることもありました。しかし、教会の時となってから、イエス自身が祈られる存在となった。また、神に対する祈りを媒介する存在とされたのです。(「イエスの御名を通して…」)

キリスト者・教会のあり方として
 教会の中におけることも外に置けることにも当てはまりますが、自らの信仰を大切にする、自らの思いや指針という行動が、自分とは違うあり方に対する不寛容、また攻撃につながるということがあります。「国民とは」「文化とは」「家族とは」「キリスト教とは」「教会とは」「信仰とは」「聖餐とは」…。
 日本基督教団における聖餐の問題、教師への処分も同じと思えます。自らの信仰やあり方の基盤を、他者を攻撃することによってしか、確認できない人が、自らとは異なる存在、新しい教会のあり方を攻撃するのではないでしょうか。また今日のペンテコステの記事にありましたように、多様な言語や多様な食生活や文化を認めるあり方が教会の原点にあるとしたら、それこそ非教会的な営みと考えることは出来ないでしょうか。
 教会の伝道のあり方とは、自分とは違う存在を受け入れる努力の継続ではないか、と感じることがありました。信仰のあり方や価値観が違うということは、時に言葉が違うぐらいの違いがあることはないでしょうか。一つの教会でもそうですし、一つの教派や教団でもまったく違うことがあります。しかし、そうした存在と互いの違いを受け入れ合うことこそ、教会の本質かもしれません。
 また9節には、様々な地名が記されていますが、ユダヤ地域を真ん中にした同心円上の地名、周囲の身近な地域のリストがしるされています。私たちも日常的に様々な人と出会います。そうした出会う人との和解、またそうした人々の平和を願うことこそ、信仰者としての有り様であり、それこそが宣教、伝道であると問いかけられているのかもしれません。

IMG_2302.jpg
○ 職場近くの七里の渡しで遭遇した鵜(?)の大群。
  ま、聖霊ではないですが(笑 
※ クリックすると拡大表示します。

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