FC2ブログ

タイトル画像

『救いの中心に立つ十字架』(ルカ福音書23:32-43)

2016.03.22(04:45) 309

『救いの中心に立つ十字架』
(2016/3/20)
ルカによる福音書 23:32~43

受難物語とキリスト者
 キリスト教の暦(カレンダー)によりますと、来週は、イースターと呼ばれる復活祭。今週は、受難節の最終週、受難週と呼ばれる一週間が始まります。イエスが十字架へ架けられて死に、復活したことを覚える一週間であり、今日の日曜日は、棕櫚の主日と呼ばれ、イエスがエルサレムへの入場した日とされています。そして、木曜日は洗足の木曜日として、イエスが最後の晩餐の席で弟子たちの足を洗ったことを覚える日、金曜日が受難日であり、十字架に架けられた日とされています。
 キリスト教において最も重要な期間といえる受難週ですが、大きな秘密があります。それは、受難週に起こったとされる、いくつかの出来事が事実である、という証明が出来ない、という事実であります。順を追って、受難週の出来事に触れながら、そのことを指摘していきたいと思います。今日は「棕櫚の主日」でありますが、イエスと弟子たちの一行は、ロバに乗ったイエスを先頭にエルサレムに入場します。
 そのことを伝えたのは、弟子たちでしょう。弟子たちも一緒にエルサレムに入ったわけですから。そして、その後、神殿の境内において、両替屋や商人たちの屋台をひっくり返すということがありました。このことによって、イエスは敵対する祭司たちやユダヤ人によって、足をすくわれることになったのですが、これも弟子たちが見ていたでしょう。
 その後、エルサレムにおいても、様々な教えを述べたと思うのですが、裁判において、神を冒涜したと糾弾されることになったである、神殿の破壊の予告(Lk21:5-6/21:20-24)や、自らがメシア(キリスト・神の子)である(Lk21:25-28)、という言葉は、弟子たちならず一般のユダヤ人や敵対するユダヤ人たちも聞いた言葉です。
 さらに最後の晩餐の場面、パンを裂き、ブドウ酒の杯を掲げた出来事、弟子たちがイエスとの最後の食事、弟子(ユダ)の裏切りの予告、ペトロの離反予告など弟子たちが共有した経験です。しかし、この後のエピソードが問題となります。イエスはオリーブ山へ弟子たちと共に登って、1人で祈りを捧げます。その場面、マルコ福音書によれば、このように記されています。
「14:32 一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。14:33 そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、 14:34 彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」14:35 少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、14:36 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」14:37 それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。…」」(P.92)
 ここで神学校の新約聖書学の講義において、一つの質問がありました。それは、このイエスの祈りは誰が聞いていたのでしょうか?イエスは弟子たちペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴って、祈るために一行から離れたことのですが、さらにイエスはこの3人から離れて1人で祈っていました。そしてその祈りの言葉が書かれていますが、誰がこの祈りを聞いたのでしょうか。それとも、復活したイエスが弟子たちに向かって、わたしはあのとき、このように祈っていた、というふうに説明したのでしょうか。
 そして、さらに話を進めます。イエスはこの祈りの後、ユダが連れてきたユダヤ人たちによって逮捕され、大祭司とローマ総督ピラトの公開裁判を受け、十字架刑による死刑の判決を受けます。ローマ帝国における反乱罪に対する処刑方法である十字架刑、ヨハネ福音書によれば、ゴルゴダ(されこうべ)の丘と自ら背負っていき、ゴルゴダの丘の上にて、手と足を十字架に固定されて、十字架に挙げられます。そしてこの時、2人の犯罪者と架けられたとされています。今日の箇所、ルカ福音書23章39節から42節をお読みします。
「23:39 十字架にかけられていた犯罪人の一人が、イエスをののしった。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」 23:40 すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。 23:41 我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」23:42 そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。」

イエスの後を歩み出した弟子たち
 また疑問が生まれてきて、神学校で問われます。この会話を誰が聞いたのでしょうか。弟子たちはすべて逃げてしまっていて、誰も残っていなかったはずです。さらに残っていたとしても、こんな会話を聞ける位置まで近づくことは不可能であったでしょう。と、すれば周囲にいた兵士たちが、イエスの弟子たちの誰かに伝えたと可能性もあります。とすれば、イエスが絶命した場面にローマ帝国の百人隊長が「本当に、この人は神の子だった」(Mk15:39)と記されていますが、この兵士が、後にキリスト者となってこのエピソードを伝えたのでしょうか。また、復活したイエスが弟子たちに伝えたのでしょうか。
 こうした作業を神学校に新約聖書学の中では、考えさせられるわけです。そうすると、自分の信仰の支えだったことが、嘘とは言わないけれども、確証がないことになってしまう。そうした意味で、信仰が壊される、ということが神学校では行われるわけです。しかしそれから、信仰を積み上げていく作業として、どのようにして福音書のテキスト(文章)が編まれてきたのか、を考えていくことになります。なぜ、これらの逸話がこのように記されることになったのか。このように考えることはできないでしょうか。
 これらの出来事、記述は、後の教会の歴史を紡ぎ出した弟子たちが、イエスの出来事を思い起こし、反芻する作業の中、葛藤し、祈り、後悔、救い、そうした感情の動き、そうした一つ一つの作業、意志の結晶である、という考え方です。原始教会の歴史を紡いだ弟子たちの祈りや思いが、ゲツセマネにおけるイエスの祈りや十字架上の犯罪者との対話に現れることとなったと考えられないでしょうか。今日の聖書の箇所、イエスは共に十字架にかけられた2人の犯罪者に対して、呼びかけています。1人はイエスを「「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」」(23:39)とののしっています。もう1人は、それをたしなめて、発言しています。23章40節から42節。
「23:40 すると、もう一人の方がたしなめた。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。23:41 我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」23:42 そして、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言った。」

受難の中で紡いだ祈りと言葉
 ルカ福音書や他の福音書が記される時代、キリスト教が親宗教と言えるユダヤ教から独立していく歩みを歩みました。そしてキリスト教がはっきりとした宗教として成立していく過程は同時に、ユダヤ教やローマ帝国からの迫害もそれと比例して大きくなっていきました。そうした歩みの中、12弟子や他のキリスト者は、受難の道、十字架の道を歩んだイエスの歩みに自らの歩みを重ねたのではないでしょうか。
 ゲツセマネの祈りを祈ったのは、そのような弟子たちの祈りであったでしょう。そして、12弟子たちは、イエスの歩みの思い起こし、あのとき、イエスは何を祈っていたのか、どんな祈りを捧げていたのか、ということを何度も思い起こし、自らもイエスの姿に重ねて祈りを重ねていったのではないでしょうか。また、十字架上のイエスと二人の犯罪者の対話、迫害の中において、キリスト教を捨てる人、教会から離れる人、棄教してしまう人もいたでしょう。そして、このようにイエスと神を罵り、あざけったのかもしれません。「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ。」それとは逆に、どんな迫害の中においても、神やイエスを呪うことなく歩んだ人もいたでしょう。
 自らの苦しみの道を受け入れ、イエスに対して、神に対して、こう祈ったのではないでしょうか。「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」そんな祈りが積み重なって、原始教会の歴史、最初期のキリスト教の歴史、苦難の歴史を歩んだのではないでしょうか。

わたしたちは楽園(パラダイス)にいる
 最後にいたしますが、今日の箇所の最後の言葉、私は違和感を持っていました。イエスは、こう述べています。「「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」」(23:43)イエスと一緒に2人の人が十字架につけられました。そのうちの1人はイエスを罵倒し、神の子であることに対して疑義を唱え、もう1人はイエスを神の子として重んじて、自らが極刑に処せられていることを受け入れています。イエスは3人が共に、十字架に架けられていることに対して、「楽園(パラダイス)にいる」といっているのではありません。イエスは単数で「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言っています。主イエスは、このような状態の中において、そのように語るでしょうか。
 実際に、十字架に架けられたイエスの思いはどのようなものだったでしょうか。十字架の道を歩んだイエス。ユダがイエスを敵対する祭司たちに銀貨30枚で、その居場所を知らせたことによって、裏切り者としての烙印を押されていますが、イエスにとっては、イエスを知らないと言い、罵ったペトロをはじめ、すべての弟子たちが裏切り者であったのではないでしょうか。と考えてみますと、十字架上でイエスが悔い改めた人のみを救うというのは、違和感があると言わざるを得ません。イエスは、どのような人の罪をも赦されるものと考えていたでしょうし、そうした罪深い者の罪をも赦すために十字架への道を歩んだのでは無いでしょうか。
 最初に神学校で、信仰を壊されるという話をしました。そして、福音書の記述とくに受難週の物語は、最初期の使徒たち、原始教会のキリスト者の信仰の結晶であるという話をしました。そして言うまでもありませんが、この受難週の物語は、キリスト者の救いの原点であり、教会の始まりの点という意味での原点といえる物語であり、過去と未来の中心にあるものと言えます。そして、その象徴が、イエスが担いだ十字架であります。受難週の一週間、そのことを胸に歩んでいきたい、と思います。

1603blog.jpg

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スポンサーサイト


周縁自体


<<「罪人にこそ救いがある」(ルカ5:27-32) | ホームへ | 『人間のピスティスに基づいて』(ルカによる福音書5:17-26)>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nantaro3.blog119.fc2.com/tb.php/309-bc835d44
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)