FC2ブログ

タイトル画像

「人間をとる漁師となる」(ルカ5:1〜11)

2016.01.17(20:22) 305

『人間をとる漁師となる』
(2016/1/17)
ルカによる福音書 5:1~11

弟子たち
 今日の記事は、イエスにとって最初の弟子たちの召命の記事であります。ルカ福音書において、イエスが神の子として、キリストとして歩む道のりは、3章から始まると言えます。バプテスマのヨハネに洗礼を受け、4章において、悪魔の誘惑を受けて、ガリラヤにおいて、神の国を宣べ伝える活動を開始します。イエスの活動の柱は、癒しの業、教え、そして交わりと言えます。そして、この交わりには、大きく分けて二つのあり方が存在すると言えます。一つは、人々に訪ねていき、交流の時、交わりの時を持つこと、その場というのは、食事の場であったり、また宿を借りたり、奇跡をきっかけにしたり、した形で起こります。そして、その中でイエスの教えに心動かされる。そして改心に至るということが起こります。
 そして、今日の箇所のように、人々との交わりの中で、イエスと共に、その後の道を歩んでいく人々がおります。そうした人々が、弟子として、使徒として呼ばれます。福音書の中には、弟子たちのリストが記されていますが、その特徴は、多くがガリラヤ出身であったこと、そしてどちらかと言えば、当時のユダヤ人たちの価値観からすれば、あまり望まれるような立場や職業ではない人々でしたが、最初にイエスの弟子となったのは、魚を取ることを生業とする人たちでした。

漁師という仕事
 使徒たちと呼ばれる12人の人々は、イエスがこの世を去った後、教会の歴史を気づいた人々であります。そして、今日の箇所は、一番の弟子とされているペトロとその兄弟アンデレ、漁師仲間であったヤコブとヨハネが、イエスの弟子として、歩み出した場面を記しております。また、もう一つの召命記事として知られているのは、徴税人として、働いていた者がイエスの招きに応じて、弟子となる記事です(ルカ5:27-32)。
 ガリラヤとは、ユダヤ人の中心であったエルサレムからすれば、辺境の地でありました。しかし当時、ユダヤが属していたローマ帝国からすれば、ガリラヤは交通の要所であり、エルサレムこそ周辺の地域、辺境の地であったと言えるのです。例えば今日の記事で、イエスの弟子となったペトロも、様々な資料から、ただ魚を捕るだけではなく、その魚を保存食として、街道の東西へと広く、貿易ともいえる商売を営んでいたと考える説があります。今日の箇所5章11節にこのように記されています。
「5:11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。」
ここに「すべて」とありますが、すべてとは何でしょうか?並行するマルコ福音書では、このように記されています。マルコ福音書1章20節。(P.62)
「1:20 すぐに彼らをお呼びになった。この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った。」

 父の名前が出ることは当然としても、雇い人たちを抱える漁師であったということを示しています。福音書の後の使徒書やパウロの書簡によれば、ペトロは妻帯者であった(結婚していた)ことを知ることができます。そうしたことも含めて、ペトロとアンデレの兄弟、そしてヤコブとヨハネの兄弟も、日本風に言えば、「網元」として、広く漁師として商売を行っていたのではないか、と考えることが出来ます。また、ペトロを代表とする漁師であったイエスの弟子たちのイメージと言えば、泥臭いと言いますか、粗野なイメージを持っているかもしれませんが、こうした立場の人がイエスに従っていったというと、多少、変わってくるのではないでしょうか。

イエスに従うこと
 以前、仕えていた教会で、この召命(招き)の記事について触れたとき、ある人がこのような質問してきました。
「どう考えても、この話はおかしい。漁師としての経験がより深いペトロたちの方が、魚を捕ることに長けているのに、なぜイエスの方がよく知っていたのか?」
 ペトロたちは5節の記述によりますと、夜通し漁をしたが何も取れなかった、とあります。ガリラヤ湖における漁は、夜行われており、この記事は朝のこととなる。そして、朝から漁に出るというのは、漁師としてのやり方として言えば、まったく間違ったことであった。しかし、イエスの言葉に従って、漁に出てみると、これ以上ないほどの魚が捕れたというお話になっている。たしかに、その通りです。なぜ、イエスはどこに魚がいるのか、知っていたのでしょうか。神の子だから、と言ってしまえば、それだけなのですが、それではない理由があるとしたら、どのような理由であるか、想像が膨らみます。
 また、もう一つ、このように問われました。
「誰だって重要な決断をするときには、悩んだり、時間がかかったりするもの。このように一瞬でイエスに従うということはあり得ないんじゃないか。むしろ、何日間かの出会いであったのを、強烈な経験として伝えようとして、一日の物語として記したのではないか」と。
 この場ですぐに、すべてを捨てて、ペトロたちは、初対面のイエスに従っていったのか、ということ。当然のことと言えます。いくらイエスが神の子だとしても、すべてを捨てて、従うということが、正しいと言えることなのか、という当たり前の問いです。たとえ、イエスの旅に従わなかったとしても、イエスの意志とその歩みが重なる、ということもあるはずです。
 また、ここに現れるペトロと他の3人は、聖書における記述からも、母がおり、妻がおり、漁師として、おそらくは何人かの人を雇う責任を負っており、先ほど触れましたように、一家の長として、網元として使用人を使う主(あるじ)としての責任がありました。当然、跡取り息子としての働きを期待していたでしょう。その息子が出て行く、ということ。さらに二人兄弟であれば、どちらか一人であれば納得できるかもしれませんが、二人共出て行く、となれば、たとえイエスを神の子と信じる人が家族であったとしても止めるのではないでしょうか。
 そう考えてみますと、やはりある程度の時間を経て、イエスに付き従おうという思いに至り、イエスの活動に従っていったのではないか、と考えるのが自然ではないでしょうか。また、ヨハネ福音書(ヨハネ1:35-39)には、ペトロとアンデレが元々はバプテスマのヨハネの弟子であったように捉えられる記述もあります。そうしたことから、ある程度の時間をイエスと触れ合ったことによって、彼に従っていこう、という決断に至ったと考えることが出来ます。

そんな弟子たちでも
 この箇所に現れた4人を含めて、イエスに従った12人の弟子たちは、立派な弟子たちと言えるでしょうか?私たちがイエスの弟子たちのことを考える上で、忘れてはならないのは、彼らがイエス・キリストと共に、歩んだ道のりにおいて、無力で無理解な弟子たちであったことです。ペトロは、三度もイエスを知らないという裏切りを犯しました。(ルカ22:31-34/22:54-62)
 また、この箇所で名前が挙げられている3名(ペトロ、ヤコブ、ヨハネ)たちは、12人の弟子の中でも中心的な人物であります。が、この3名も含めて、イエスの逮捕のとき、イエスを捨てて逃げ出して言ってしまいました。さらにイエスが逮捕される直前、ゲッセマネの園において、「わたしが祈っている間…ここで目を覚ましていなさい」とイエスさまに命じられ、眠ってしまったのがこの3名でした(Mk14:32-42)。ここには、イエスが頼るべき存在として、心を寄せていたにもかかわらず、彼らがそのイエスの期待に応えられない存在であったことを象徴的に示しています。しかし同時に、このような弟子たちの姿は、イエスに従うことの条件、信仰の条件が私たちの側の意志の強さや熱意によるのではなく、イエスの側、また主なる神の側の憐れみによってもたらされる、ということを示している、といえます。

宣教という視点から
 そして、ちょっと視点を変えまして、宣教という視点から、この招きの物語、弟子たちの姿を考えてみたい、と思います。説教題にもしました10節にある「人間をとる漁師」という言葉、漁師と翻訳されている言葉は、「海で生計を立てる者」と訳される言葉であり、直訳すると「人間を生け取りする海で生計を立てる者」となります。少し変な言葉ですが、そのような意味となります。マルコ福音書では同じシーンの言葉が「人間の漁師」となっているのに対して、今日のルカ福音書は、二重の意味を重ねている、と言えるでしょう。
 なぜそうしたこととなるのか、と言えば、やはりルカにとっての宣教のあり方、教会のあり方がどのようなものであるのか、という考え方が現れている、と言えます。たとえば、ルカにおいて教会に集う者とは、主なる神の前で、「悔い改めた存在」であり、教会に集う者である。しかし、その人は誰によって、その教会に招かれたのでしょうか?誰か具体的な人でしょうか?何かの出来事のよるのでしょうか?
 どちらのケースもあると思いますが、このルカにおいては、あくまで宣教する主体として「使徒(弟子)」がいて、その人にある意味、捕まえられて教会に人が集まってくるのだ、という考え方が強い、ということが言える、と思います。たしかに、初代教会の人々が教会に集うきっかけとなるのは、現在のように様々な書籍やラジオ、テレビもありません。ですから、イエスの弟子たちの言葉でしか、ないでしょう。しかし、本当にそれだけで教会に集うだろうか、また悔い改めに至るだろうか、という疑問が浮かんできます。

信仰者としての弟子たちの歩み
 わたしは、洗礼を受けた教会でどのような気持ちで洗礼を受けるに至ったかということを証をしたことがあります。その後、いろいろな場所で「わたしはこのようにキリスト者となった」「イエスに従う者となった」と話をすることがあります。しかし、その証しの言葉、自分で自分を理解するあり方は、常に変わってきています。どうでしょうか?自らの歩みを振り返って、どのようにして、信仰の道を歩むことになったでしょうか。誰々の影響を受けてということも当然ありますが、何のことはない人の言葉であったり、交わりを通じて、信仰を得ること、教会の門をくぐると言うこともあったのではないでしょうか。そして時に、今は最高の決断であるとか、時であるというように感じていたときが、突然変わってしまうかもしれません。
 今日の箇所に現れたペトロ。最後の晩餐の夜、イエスによって、「今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」」(14:30)と言われますが、「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません。」(14:31)答えました。このとき、彼は自分の言葉を誇らしく思ったでしょうし、その心に嘘は無かったでしょう。しかし、祭司長の家でイエスの仲間ではないか、と問われ、そこを立ち去ろうとして、鶏の鳴き声を耳にしたとき、イエスの言葉を思い出しただけではなく、これまでイエスに従ってきた道のり、一緒に過ごした時間、最初にイエスに従おうと思い至ったときのことを思い出し、自らの弱さと同時に、イエスの思いの深さを心から感じたのでは無いでしょうか。
 イエスと弟子たちの出会いは、元々は小さな出会い、もしかしたら、消えてしまうような、どこにでもありふれた出会いであったと考えることは出来ないでしょうか。何事でもない、小さな出会い、小さな出来事。実はそれが振り返ってみた時、とても大きな神の導き、イエスの導きであった、ということがあるかもしれません。そして、そうした出来事、出会いや触れ合いの一つ一つの教会の歩みである、ということはできないでしょうか。イエス・キリストとペトロたちの出会いはとても小さなものでした。しかし、それが教会の礎となりました。わたしたちに与えられたそれぞれの日々、何気ない日々も、振り返った時、とても大きな出会いが自分自身にあるかもしれません。日々の中で、常に私たちと共にあるイエスの導きを信じ、新しい一週間も歩んでいきましょう。

Blog160101.jpg
 名古屋農業センターにて(写真と記事の内容は全く関係ありません)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スポンサーサイト


周縁自体


<<「奇跡が起こった場所」(マルコ6:30−44) | ホームへ | Xmasメッセージ「赤子は飼い葉桶に寝かされた」(ルカ2;1-7)>>
コメント
コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://nantaro3.blog119.fc2.com/tb.php/305-774477ff
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)