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現代における戦争についての雑考(5) ー無差別爆撃(空襲)をどう捉えるか その1ー

2015.08.15(10:40) 301

現代における戦争についての雑考(5) 

ー無差別爆撃(空襲)をどう捉えるか その1ー

 戦後の日本において、戦争の記憶を語るという場合、空襲といった被害に関して語らされる場合が圧倒的に多い。戦後70年が経ち、終戦当時20歳であった人も90歳になっている時の隔たりの中において、戦争を語る場合、10代の頃の戦争の記憶といえば、戦場の記憶、前線の記憶ではなく、一般人として子どもとして攻撃された記憶が多くなるのは自然の事と言える。たしかに空襲の記憶は痛ましく、先日、名古屋の空襲の現実を描いた漫画を読む機会があったが、そこに描かれている現実も胸に突き刺さるものであった。

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 しかし、空襲という戦術、戦法を対する批判はあまり聴かないのでは無かろうか。現代においては、当然、批判されることとして認識されている。しかし、アジア太平洋戦争中の空襲については、「戦争は悪い」「戦争は悲劇」といった大きな言葉によって、その背景にある問題性を覆い隠してしまっているように感じる。例えば、世界最初の戦争における一般人に対する無差別爆撃はどこでいつ行われたものであろうか。誰もがあまり知らないだろうが、その事柄事態については、ある絵画、ゲルニカという絵画によって良く知られているが、1937年スペインのゲルニカにおいて行われたゲルニカ爆撃である。そして、第二次大戦中、日本軍も中国の重慶に対して、1938年から1943年に渡って継続的に無差別爆撃を行われた。

(続く)

gnc101.jpg

(詳しくは以下のリンク参照)


空襲ーWikipediaー

ゲルニカ爆撃ーWikipediaー

重慶爆撃ーWikipediaー



追伸:戦後70年を迎えた終戦記念日。昨夕の70年談話、わずかな期待をしていたが、やっぱり失望モノの代物でしたが、やっぱりそれが今のソーリの限界なのだろう、と思いましたが、同時に長々と記された談話は単なる言葉ではなく、歴史観を含んでいる点は気を付けない、といけないだろう。

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