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預言者の言葉と平和について(イザヤ2:4など)

2015.05.18(14:20) 290

○先週の集団的自衛権に関する閣議決定から平和についてずいぶん考えさせらながら、説教を綴りました。

・イザヤ書2章4節の平和を考える上ではずせない箇所。
「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。」
・よく知られている言葉であり、預言者ミカ4章5節にも同じ言葉が収められております。(また更に、その逆の言葉が聖書には収められております。ヨエル書4章10節「お前たちの鋤を剣に、鎌を槍に打ち直せ。弱い者も、わたしは勇士だと言え。」)

・エレミヤ書6章13節から15節。
「身分の低い者から高い者に至るまで/皆、利をむさぼり/預言者から祭司に至るまで皆、欺く。彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して/平和がないのに、『平和、平和』と言う。彼らは忌むべきことをして恥をさらした。しかも、恥ずかしいとは思わず/嘲られていることに気づかない。それゆえ、人々が倒れるとき、彼らも倒れ/わたしが彼らを罰するとき/彼らはつまずく」と主は言われる。

・エゼキエル書13章10節11節。
平和がないのに、彼らが『平和だ』と言ってわたしの民を惑わすのは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ。漆喰を上塗りする者に言いなさい。『それは、はがれ落ちる』と。豪雨が襲えば、雹よ、お前たちも石のように落ちてくるし、暴風も突如として起こる。

などが三大預言者の中における、はずせない箇所かな。そして重要なことと思うのは、旧約聖書における「平和」という言葉(ヘブライ語では「シャローム」)、実は、ただ戦争ではない状態を指すのではないということ。全人的な「平安」のことを指し、「貧しさ」や「飢え」が無い状態を指す言葉でもあったということ。
 預言者たちの多くが、単に戦争に対して、反対していただけでは無く、小さくされた者たち(寡婦、孤児、流浪の民)を代表される貧しい人々の飢えがあることに対して、主なる神の怒りの言葉を述べていました。
また現代社会においても、戦争を起こす国というのは、ほとんどの場合、「飢え」があったり、「貧富の差」が激しい国家であることが多い。遠い過去の預言者たちの言葉ですが、現代社会においても、聞くべき指針が込められているでしょうね。

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