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歴史と死者を利用して〜幕末と大河ドラマ〜

2015.01.13(20:01) 284

歴史と死者を利用して〜幕末と大河ドラマ〜
 ※日本基督教団神奈川教区靖国天皇制問題小委員会巻頭言

 幕末の歴史がけっこう好きで、さらに旅好きなところもある私です。坂本龍馬像が建つ高知県の桂浜、また明治時代ですが、松山城の隣にある「『坂の上の雲』ミュージアム」を訪ねたことがあります。また昨年は、木戸孝允、中岡慎太郎、坂本龍馬の墓がある京都の京都霊山神社を訪ねました。
 井上真央さん主演による大河ドラマ『花燃ゆ』が始まりました。幕末期に長州藩において、多くの志士たちを育てた吉田松陰の妹を主人公にして描かれるドラマです。今後の展開も楽しみに見ていますが、登場人物として、後に夫となる久坂玄瑞(げんずい)や高杉晋作、伊藤博文、桂小五郎、後の木戸孝允などが登場してくるでしょう。先の『龍馬伝』や『八重の桜』同様、見始めました。
 そんな中、こんな報道があることを知りました。大河ドラマのほとんどは、主人公の選定から始まるらしいのですが、この作品の場合は、場所から決められていたというもの。つまり現政権の安部首相の地元、山口県という場所を最初に設定し、それから主人公が決められたというのです。要するに、NHK側が安倍首相の地元の「地域おこし」のため、安部首相の吉田松陰好きに従って選定した、という報道でした。
 幕末史における長州藩は、今風の言葉でいえば、「嫌異国」であり、攘夷を強く訴え、一度は、薩摩藩との対立もあり、朝廷の守護役の座を追われ、朝敵に陥ってしまう藩です。しかし、坂本龍馬の働きにより、幕府を倒すことを目的に、一番の敵であった薩摩藩と同盟を結びます。それから歴史は、大政奉還、王政復古、戊辰戦争といったページを経て、明治政府が創設されます。長州藩の志士、伊藤博文は初代内閣総理大臣となり、長州藩の志士たちは新政府を支える役割を担っていくことになります。
 歴史に「もしも」は禁句かもしれませんが、疑問に思うことがあります。それは、なぜ大政奉還から直接に新政府に移行しなかったのか、ということです。徳川幕府が政権を返上し、朝廷の一家臣(藩)に下れば、それだけでも良かったはずで、かなり歴史も異なっていたでしょう。が、徳川家を追い落とそうとする長州藩と薩摩藩の意向によって、反幕府の動きが盛り上がり、戊辰戦争が起こってしまいました。それにより、多くの犠牲者が生まれ、福島県の会津藩は壊滅的な被害を被り、多くの犠牲者を生み、その悲劇が『八重の桜』で描かれました。(ちなみに、その歴史の禍根からか、福島県の会津若松市は、山口県萩市からの友好都市提案を拒否したといいます)
 おそらく『花燃ゆ』において、吉田松陰にしても、他の長州藩の志士たちにしても、江戸時代の古い体質を打破して、新しい歴史を切り開いた功労者として描かれることでしょう。しかし、異なる視点から見れば、明治維新とはクーデターであり、長州藩の志士たちは、手段を選ばないテロリストであるとも言える人々です。
 最初に京都霊山護国神社を訪ねたことを紹介しましたが、神社は京都を見下ろす傾斜に建てられ、維新のために命を落とした志士たちの墓碑が並んでいます。斜面の一番上には、長州藩の実力者であり、明治政府でも活躍した木戸孝允の墓があります。そして坂本龍馬と中岡慎太郎の墓碑は、入り口近くの一番下、石像と共に立てられています。神社としては、坂本龍馬を一番の看板とし、祭りも行われています。
 そこで、一歩引いて考えてみたいと思います。土佐藩は、平和的に政権を移行する方策であった公武合体を目指しており、坂本龍馬も徳川幕府を倒すことには反対していました。であるにもかかわらず、立場の異なる両者が、そのように同じ場所に祀られることによって、核心的な意見の違いは無視され、「明治維新=倒幕」であり、それは必然であった、という歴史理解を補完する役割を果たしているようにみえます。そして、その位置関係(龍馬像=一番下で入り口・木戸孝允=一番上)には、長州藩の意志によって、そうした歴史理解が作られたという事実を物語っていると感じられます。
 また、長州藩の志士たちの精神的支柱であった吉田松陰は大東亜共栄圏の基となる大アジア主義を唱えていたといいます。その教え子である伊藤博文がハルピンにて朝鮮人の民主運動家に暗殺された、というのは偶然でしょうか。(伊藤自身、暗殺された時点には併合に反対であったという説もあります)
 吉田松陰を尊敬する安部首相は、憲法九条による平和主義国家としての日本の歩みを大きく変えようとしています。まるで徳川幕府を倒した長州の志士たちのような気持ちなのかもしれません。最近、その姿勢が批判されることが多いNHKが、この時勢において、長州藩の志士たちをどのように描くのでしょうか。良い悪いを抜きにしても、物言わぬ死者を利用し、現政権が進めようとする改革のために、歴史上の人物を描こうとするのでしょうか。靖国神社の性質にも関わる課題として考えてみたいと思います。

参考HP:
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/3a8a74dc513a3c583219779216bb2539


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 坂本龍馬と中岡慎太郎の墓碑

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 同所から眺めた京都の町並み

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 墓地の入り口に立てられた坂本龍馬像と中岡慎太郎像

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 土佐藩士たちの墓碑(左が久坂玄瑞、一つ開けて右側が高杉晋作の墓碑)

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 最も高い位置にある木戸孝允の墓碑

※原稿の中に、間違いがあり、訂正致しました。
 文中「松山城」とありますが、
 「姫路城」と間違えておりました。
 お詫びして、訂正させて頂きます。

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