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『枯れた骨の復活』エゼキエル書 37:1~10

2012.05.25(00:05) 134

『枯れた骨の復活』
(2012/5/20)
エゼキエル書 37:1~10

エゼキエルが生きた時代

 エゼキエルという預言者は、紀元前6世紀後半、いわゆるバビロン捕囚時代に活動しました。イスラエルの歴史を概観しますが、アブラハム、イサク、ヤコブという族長たちの時代、そしてヨセフの時代にエジプトに下り奴隷としての日々を送ります。その後、モーセによって導き出され、ヨシュア、士師たちの時代があります。その後、サムエルによって選び出されたサウルが最初の王となり、続いてダビデが王となり、その後ソロモンが王位を引き継ぎます。
 このダビデとソロモンの時代が、旧約聖書に記されたイスラエルの民の歴史において、もっとも繁栄した時代と言えるでしょう。イエスの時代のユダヤ人たち。誰もがイエスに対して、「メシアよ」「救い主よ」と呼びかけ、賛美しました。メシアとはユダヤ人たちにとっては、油を注がれた自分たちの指導者であり、王と良い存在です。また「ダビデの子よ」という呼びかけがあります。ダビデのような王さまとなって欲しい、という思いの現れでした。そして、同時に二つの思いを意味していると思います。一つの思いは、振り返って自分たちイスラエルの民、ユダヤ人にとって最も良い時代だったのが、ダビデがいた時代だったということ。そしてもう一つの思いは、ローマ帝国の支配下でしたから、自分たちの国が欲しいという思い、そしてその筆頭に強くて能力の高い王が自分たちを導いて欲しい、そんな思いでした。
 しかし、今日与えられました聖書の箇所のエゼキエルというのは、イスラエルの民が憧れるような時代とはまったく逆の時代に活躍した預言者であります。イスラエルの民にとっては、最悪な時代もっとも辛い時代に活躍した預言者であります。エゼキエルが活躍した時代、ダビデが納めた王国は、その子ソロモン王の死後、分裂してしまいました。そしてそれぞれ北イスラエル王国、南ユダ王国としての歩みを歩んでおりました。しかし、北イスラエル王国は、紀元前8世紀、722年にアッシリア帝国に滅ぼされてしまいます。そして残った南ユダ王国も、紀元前6世紀、586年に新バビロニア帝国によって滅ぼされてしまいました。
 そして、新バビロニア帝国は、滅ぼした南ユダ王国が今後、自分たちに反乱を起こさないように、ユダ王国の王族や貴族、知識人たちを自分たちの国の首都、バビロンへと連行し、そこで暮らすようにさせました。このことを一般に、「バビロン捕囚」と呼びます。エゼキエルも自らの足で、エルサレムからバビロンまでの道のり、直線での距離で、800km。実際の移動距離は1000kmほどと考えられますが、それだけの距離を多くのユダヤ人たちが無理やりに連れて来られて、生活を営んでいました。


エゼキエルという預言者
 エゼキエルはバビロンにおいて召命を受け、預言者として活動を始めました。その活動の特徴は、他の預言者たちが、王たちや祭司といった世の中の力の強い人々の批判を語り、形骸化した祭儀や王族の政治を批判したのに対して、エゼキエルはまったく対照的に祭儀の重要性、神殿における祭儀や礼拝の重要性を語ったことでした。
 イスラエルの民、ユダヤ人たちは自分たちの国が滅びに至ったことは、自分たちの罪の結果である、と理解していました。ダビデがつくったイスラエル民族の王国は、二つに分裂してしまい、それぞれが滅びへの道を歩みました。それも多くの預言者たちが批判していましたが、イスラエルの民が主なる神によって与えられた律法(トーラー)を守っていなかったからである、と理解していました。また、人によっては、もはや主なる神は自分たちを助けることは無い、と考えていたのではないか、と思われます。そうした人々に向かって、その罪が赦されることを語りました。
 イエス様は、「七の七〇倍」ほぼ永遠に人を許しなさい、また神はそのように人を赦される、というたとえを述べました(Mt18:22)。しかし、旧約聖書に記されております主なる神の祝福は、神への信頼、信仰があれば、その恵みは、豊かなものとなりますが、一方で、裏切ったとき、不信に対して、厳しい裁きがある、と言われています。「熱情の神」という言葉がありますが、正確にその趣旨、意味を訳せば、「妬む神である」とある聖書学者もいます。ただ優しいだけの神さまではない、無条件の愛ではなく、義の神である。正しさを求める神であるから、裏切りや不信に対して、正しく裁く神である、という意識であったでしょう。そして自分たちの先祖、その神の戒め、律法を破り続けて、神の存在も忘れ去っていた、だからわたしたちの国は滅んでしまったのだ。当たり前のことだろう。
 面白い構造ですが、神の正しさを示すためには、悪いことをした我々、イスラエルの民は厳しく裁かれなければならないのだ、という人もいたでしょう。しかし、エゼキエルはその主の神の怒りが収まること、罪が赦される預言を語ります。
エゼキエル書18章1-4節。〔P.1321〕
「主の言葉がわたしに臨んだ。「お前たちがイスラエルの地で、このことわざを繰り返し口にしているのはどういうことか。『先祖が酢いぶどうを食べれば/子孫の歯が浮く』と。わたしは生きている、と主なる神は言われる。お前たちはイスラエルにおいて、このことわざを二度と口にすることはない。すべての命はわたしのものである。父の命も子の命も、同様にわたしのものである。罪を犯した者、その人が死ぬ。」

 自分たちの先祖、またもっと近く言って父や母、祖母や祖父は、主なる神を裏切り続けてきた。その結果を自分たちが生きているのだ、人の罪は、自分の子や孫までも伝わっていく、と神は語っていました。しかし、今お読みした箇所では、それとは違うことが書いてある。罪がその罪を犯した人の責任においてだけで終わるということ。これはバビロンにおいて捕囚の苦しみを歩んでいる人々にとっては、自分の罪が赦され、再び神の守りに入ることができる、神の祝福を再び、自分たちのものになるのだ、神がわたしたちを再び導くのだ、という宣言に等しい言葉なのです。

バビロン捕囚とエルサレム帰還

今日わたしたちに与えられましたテキスト、エゼキエル書37章1節2節をお読みします。
「主の手がわたしの上に臨んだ。わたしは主の霊によって連れ出され、ある谷の真ん中に降ろされた。そこは骨でいっぱいであった。主はわたしに、その周囲を行き巡らせた。見ると、谷の上には非常に多くの骨があり、また見ると、それらは甚だしく枯れていた。」
 枯れた骨。それが谷一杯にあった、そんな幻をエゼキエルは主なる神の意志によって見せられます。そして、さらに神はエゼキエルに対して、その骨に向かってこのように預言せよ、述べ、復活についての預言を語ります。4節から6節。
「そこで、主はわたしに言われた。「これらの骨に向かって預言し、彼らに言いなさい。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。わたしは、お前たちの上に筋をおき、肉を付け、皮膚で覆い、霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。そして、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。」」
 骨に筋がついて、繋がって、肉を付き、皮膚で覆われ、体となる。そして、霊が吹き込まれる。最初の人とされるアダムの誕生を思い出させる描写です。そして、続く箇所においては、主なる神の預言、言葉通りに、骨と骨が近づき、筋が付き、肉が付き、皮膚が覆った。しかし、9節にありますように、霊が吹き込まれなければ動かない存在でした。
 ここで神がわざわざ、霊が吹き込まれることによって動き出すという描写。この預言、託宣における骨と筋、肉、皮膚というのは、イスラエルの民1人1人であります。そして、その人たちが組み合わさって、イスラエルの民は再び、神の民となる、ということを示しています。ただ霊がなければ、動かない、神の力、神の導きがなければ動かない、ということを10節の描写は示しているのでしょう。

イスラエルの回復

 体として回復すること。わたしたちは新約聖書におけるパウロの言葉を思い出すのではないでしょうか。パウロは、教会とはイエス・キリストの体であると述べています。コリントの信徒への手紙一 12章26節27節。〔P.316〕
「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。」
 教会を建物のことでもなく、ただキリストを中心とした仲間である、といえるかも知れません。しかし、パウロにおいては、教会の集う1人1人が体のどこにも無駄がないように、いらない存在はいない、ということをこの言葉を通じて述べています。さらにこの背景には、聖餐のパンが一つだから、皆が一つである、と聖餐において、1人1人がキリストと繋がるだけではなく、1人1人の繋がりについて語った箇所と言えます。
 エゼキエル書においても、同じところは、主なる神の支配が回復するということは、ただ1人1人が、神の民になるというのではなく、1人1人の関係が回復するのだ、そして、その中心に神がいる、わたしたちを繋げて、そしてその繋がりを動かすのは、神の力だ、ここにおける霊がその力である、ということを説明しているのです。

信仰者=旅人

 エゼキエルがこの預言を述べた後、新バビロニア帝国は、ペルシア帝国に滅ぼされます。そのことによって、イスラエルの民はエルサレムに戻って神殿の再建と再び、主なる神を中心とした生活、神の民のあり方を回復させる歩みを始めます。しかし、その回復の歩みは容易いものではありませんでした。イスラエルの民に対して、エルサレムに帰って良い、という命令が出たのが、紀元前539年。その後、直ぐにイスラエルの民は、出エジプトを果たしたときのように、意気揚々とカナンの地、エルサレムへ戻ったかといえば、そうではありませんでした。あまりにも遠すぎた、先ほど触れたように、1000kmの道のり。また、エルサレムに戻らず、そのままバビロンに住み着いてしまったユダヤ人たちもいました。そして帰ったからといって、すでにエルサレムにおいて生活をしていた他の民族の人もいたでしょう。そのような状況の中で、帰還し、神殿の再建も何度かの中止を重ねながら、完成に至りました。年表によりますと、既に捕囚の解放から、20年ほどの時が経ってからでした。
 そして、その旅路をどのような思いで、辿ったのでしょうか。わたしは二つのことを感じます。一つは、骨のイメージです。その旅路の困難さの現れと言えるのではないでしょうか。獣の骨を、乾燥した砂漠を乗り越えていく旅、1日おおよそ30kmの道のりですすだとしても、1000kmの道のりは単純計算でいって34日間の道のり。状況によっては命がけの旅でしょう。エルサレムからバビロンへ向かった道のりにおいても、逆にバビロンからエルサレムへの道のりにおいても、死を意識しながらの旅であったでしょう。そして、そのバラバラになってしまった骨とも言える自分たち。そんな状態にあった自分たちが主なる神の力によって組み合わさって再び肉体を得て、神の霊に突き動かされ、再び神の民として相応しい姿を与えられる、それが希望を得たのではないでしょうか。
 また、もう一つは、旅という事柄そのものです。よくよく考えてみますと、聖書は旧約聖書から新約聖書に通じて、旅をする人々ばかりではないでしょうか。バビロンからエルサレムへの道、イスラエルの民の父祖、信仰の父であるアブラハムも歩んだ道です。また、モーセに導かれて歩んだエジプトからカナンの地への道。イエス・キリストと弟子たちがガリラヤからエルサレムへの道、そしてパウロが広く歩んだ宣教の道。その一つ一つの旅に様々な形で神は伴って下さった。そうした繋がりで捉えることは出来ないでしょうか。
 都市に住む住民でもなく、また農地を持つ農民でもなく、羊飼いの生活に近い定住する場所をもたない民、ただ神により頼む民。そして、わたしたちもその民の歩みに連なる者ではないか、と思います。信仰を持つこと、他の何ものにも代えがたいことです。ということは、同時に孤独なものです。旅のようなものではないでしょうか。そして、孤独な旅かもしれませんが、羊飼いとして、死の谷を歩むときも主は導いて下さる、そんな素朴な確信が、聖書を通じて流れる信仰の真髄ではないか、と感じています。
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