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『今も続く裏切りと許し』(マルコ福音書14:32~42)

2018.03.19(20:23) 366

『今も続く裏切りと許し』
(2018/3/18)
マルコによる福音書14:32~42

祈り
 「祈り」というのは様々な宗教に見られることです。宗教にとって、また人にとって普遍的なことと言ってもいいかもしれません。「祈り」とは何か、キリスト教の枠内においては、神との対話、という言葉が一番適切ではないか、と思います。しかし礼拝の中でなど祈られる祈りには何かしら制約がかかる、ということを意識したりします。私が小学生の頃、お祈りは食事の前と眠る前に強制的させられました。今から考えてみますと、これはすごい宗教教育であったなあ、と思います。また祈りを学ぶというのは、基本的には自分で祈りよりは誰かが祈っている言葉や姿を見聞きし、自分のものにしていくものでしょう。そういった意味で言えば、祈りというものは、ただ神に祈るというだけではなく、教会なり家族なり共同体の中で、受け継がれていくもの、作り出していくものといえるでしょう。
 イエスも祈りについて様々なことを語っております。祭司たちに対する批判的言説として「見せかけだけの長い祈り」(マルコ12:40)「目立ったところで祈りたがる者への批判」(マタイ6:5)、そして信仰者へのすすめとして「目立たないように隠れたところで祈れ」(マタイ6:6)という言葉があります。そして続く6章9節では祈りの勧めとして、現在、私たちが祈っている「主の祈り」を弟子たちに告げております。
 今日の箇所でイエスは神に祈りを捧げております。が、考えてみますと、不思議なことが二つあると言えるのではないでしょうか。一つは、イエスが神であるとするのであれば、同じく神である父に祈りを捧げている、ということです。神が神に祈りを捧げている。祈りが何らかの願い事をすることであれば、これはおかしなことといえるのではないでしょうか。そういった意味で言えば、この祈りは、願いと言うよりも「対話」とも言えるものではないか。そして、もう一点、不思議な点、それは今日考えてみたいテーマにも繋がるのですが、ゲッセマネにおいて、イエスが祈った祈り、いったい誰が聴いたのでしょうか。3人の弟子たちが近くにいました。しかし、過越祭の食事を終え、お酒も入っていたのか、寝入ってしまっていました。
では、誰が聴くことができたのか。誰も聴けなかったのではないでしょうか。しかし、この祈りは、事実であるかどうかで言えば、事実ではないかもしれません。しかし、弟子たちにとって、また後の共同体において、真実であったということが言えるのではないでしょうか。今日のメッセージでは、どういった意味で、イエスの祈りが、真実であったのか、真実となっていったのか、ということを考えていきたいと思います。

弟子たちの汚点
 今日の箇所の舞台は「ゲッセマネの園」であります。エルサレム神殿の東側のオリーブ山のどこかと考えられております。「ゲッセマネ」とは、もともとは「油しぼり場」を意味するそうです。おそらくオリーブの木がよく茂った森で、よくオリーブの実をとれたか、実際に搾る場所だったのでしょう。そこにイエスと弟子たちがやってきました。そして32節で「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」と弟子たちに声を掛けております。そしてイエスだけで進むのか、と思いますと、33節では「そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われて」と記されております。ペトロ、ヤコブ、ヨハネは中心的な弟子たちと考えられておりますが、3人以外の弟子たちは、園の入り口で、他の弟子たちより近い場所で、イエスが祈る姿を見ていたでしょう。また、彼らの共通点をあげるならば、一番最初からイエスの弟子であった者たちでありました(マルコ1:16)。
 イエスは、3人の弟子とゲッセマネにやってきました。しかしイエスは3人と共に祈るわけではなく、イエスはその3人の弟子たちからも離れて祈ります。そうした場面は、他の箇所にもありますので、イエスは神に集中して祈る時には、一人祈ることを日常的に行っていたのでしょうか。そして33節には、イエスが「恐れてもだえ始め」と記されておりますが、これは直訳しますと「肝をつぶして」という言葉です。そして34節のイエスの言葉「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい」と弟子たちに声をかけ、一人、弟子たちから離れていって祈り始めます。マルコ14章35節36節をお読みします。
 『14:35 少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、14:36 こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」』

栄光から受難へ
 12弟子たちは、いわゆる受難週と呼ばれる期間の一週間の出来事、このエルサレムにおける出来事をどのような思いを持って、振り返ったのでしょうか。ロバにのったイエスに伴ってエルサレムへ入場したときから始まった特別な時間。一週間ではなかったかもしれませんが、そんなに長い期間ではなかったでしょう。エルサレムへの入場、最高の時間であったでしょう。イエスはメシアとしてユダヤ人の王として君臨するのだ、そんな思いもあったでしょう。しかしすぐに雲行きは変わってしまいます。エルサレム神殿においてイエスは商人や両替商の屋台をひっくり返すという大事件を起こします。おそらく、このことによって民衆の心は離れ、イエスのことを面白く思っていなかった権力者たちは、その時を逃さないと動きだし、その動きのユダの裏切りが連動します。
 そして、過越祭の食事を、イエスを中心にして、守りました。弟子たちはどのような思いであったでしょうか。私たちは文脈から前後の関係から、最後の食卓ということを知っています。そうしたことから、イエスと弟子たちのやり取りにも、なんとなくのもの悲しさを持って読みます。しかし、当のイエスや弟子たちはどのような思いであったでしょうか。イエスとしては、その後の歩みについて、これまでの歩みで何度か語ってきた受難予告、
「「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して異邦人に引き渡す。異邦人は人の子を侮辱し、唾をかけ、鞭打ったうえで殺す。そして、人の子は三日の後に復活する。」」(マルコ10:33-34)
と予告した時がついにやってくると考えていたでしょう。しかし、弟子たちは不吉な予感を感じながらも、メシアとして、ユダヤ人の王としてイエスが君臨することを期待していた、そうした希望を持っていたのではないでしょうか。しかし、そうした希望は打ち砕かれてしまいます。食事の後、ゲッセマネの園に3人の弟子たちと行き、祈っていたところ、ユダに伴われて、神殿の権力者たちとローマ帝国の兵士たちがやってきて、イエスが逮捕されてしまいます。弟子たちはちりぢりになって逃げていきました。

ペトロにおける受難週
 イエスが逮捕された後、ペトロだけが、イエスの裁判が行われるであろう、大祭司の家までやってきて、事の成り行きを知ろうとしました。取り返そうなどとは、考えることも出来なかったでしょう。ただ、気が気でなく、危険を冒しながらも行ってしまったのでしょう。そうした心理状態がよく合われているのが、「イエスの弟子ではないか」と疑われて、逃げてしまった場面ではないでしょうか。そして、逃げていく途中、ニワトリの鳴き声を聞いて、まずイエスのペトロに対する予告と自らの誓いを思い出したのではないでしょうか。マルコ14章30節31節。
「イエスは言われた。「はっきり言っておくが、あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう。」ペトロは力を込めて言い張った。「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません。」…」
 最後の晩餐の場面、絶対に裏切らないと誓いながらも、3度もイエスを知らないと言った。そして、朝を告げる鶏鳴、ニワトリの鳴き声を聴いたとき、第一の使徒ペトロは、イエスの自らへの裏切りと許しを知った。そして、そのことを何度も、人の前で語ってでしょう。そして同時に何度も何度も、ゲッセマネの園へ歩むイエスの顔、そして一人離れて祈るイエスの背中、戻って来たときのイエスの顔を思い返したのではないでしょうか。

イエスとの記憶を思い返す
 ペトロは、第一の使徒、イエスを失った後の原始キリスト教の群れを率いた人物であります。そして、他の使徒たちもこの一週間のことを、何度も何度も、繰り返し思い出したでしょう。また、他の使徒たちも同じように、この一週間のこと、教会的には、受難週と呼ばれる期間、イエスの受難と復活について、宣教の業、伝道の業として、何度も何度も語ってでしょう。なぜならば、それがキリスト教における主なる神の愛の証明の根幹であり、同時に、神の赦しの根幹でもあるからです。
 また、宣教者として、使徒としての歩みの中で、受難予告には、どのような意味があったのか?様々な喩えで語られた神の国とはどのようなものであるのか?そして、癒やしの奇跡に現れた神の力とは?イエスは、なぜエルサレムへの上っていったのか?メシアになるとは?キリストになるとは?そして、結果的に、最後の食事となった晩餐におけるパンの意味、ぶどう酒の意味、そして語られた言葉の意味とは?そして、ゲッセマネに祈っていたイエスは、どのような祈りを祈っていたのだろうか。そんなことを考え続けたのではないでしょうか。
 最初に、ゲッセマネにおけるイエスの祈りは、事実とは言えないが、真実である、ということを述べさせて頂きました。歴史的事実として、イエスがどのような言葉を語ったかは絶対にわからないと言えます。しかし、ペトロや使徒たちが、イエスとの歩みを振り返りながら、つづったゲッセマネの祈りは、彼等の歩みの始まりであり、その歩みに続く教会にとっては、事実ではないにしろ、真実としかいえない意味を持っているのではないでしょうか。

イエスの祈り
 イエスのゲッセマネにおける祈りは、ペトロや弟子たち、そして初代教会のキリスト者にとって、自分たちがキリスト教徒、イエスが救い主である、ということの証明とも言える内容になっています。もう一度、その部分をお読みします。マルコ14章36節。
「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」
 「この杯をわたしから取りのけてください」という言葉、イエスに訪れる悲劇的な最後、十字架刑のことをさしています。できることならば、誰だって苦しみはいやです。当然の願い、そして人間的な願いと言えます。そして、それに続く内容は、それとはまったく逆のことです。「しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」これとは先ほどの意味とは逆のことです。「御心に適うこと」が達成される、とはイエスの受難がそのまま実現する、ということです。先の祈りが人としての祈りと言うのであれば、これは神としての祈り、また殉教者としての祈り、人の罪の犠牲として、贖いとしての祈りということが出来ます。

復活とは?
 教会の始まりには、弟子たちの使徒、イエスがキリスト(救い主)である、という使徒、イエスの証言者としての力強い歩みが最初にありました。ペトロや他の弟子たちは、どのような思いで、ゲッセマネにおけるイエスの姿、最後の晩餐におけるイエスの言葉、また十字架を担いでゴルゴダへの歩むイエスの背中を思い出したとき、どのような思いであったでしょうか。自らの「裏切り」という罪を思ったでしょう。しかし、その罪をイエスは、自らを犠牲とすることで、「許し」た。そうした内容が、ゲッセマネの祈りには込められています。
 復活とは、イエスの弟子たちの許しとして行われたと捉えることが出来ます。なぜならば、許しがなければ、イエスは弟子たちのところには現れなかったのではないでしょうか。現れたからこそ弟子たちはイエスのことを救い主として語る歩みを歩み出すことが出来たのではないでしょうか。最初に「許し」があったからこそ、力強く彼らは、イエスと共に歩んだ道を導き手であるイエスを失ってもなお、自分たちで歩みだそうと歩みだせたのではないでしょうか。そのような「許し」によって始まった歩みこそが、教会の歩みなのではないでしょうか。
 そして、その教会の歩みは、今も続いていると言えます。私たちは、ペトロや弟子たちのような弱さを持っており、時にイエスを裏切るような行いをしてしまいます。しかし福音書において、またイエスの受難と復活、そしてゲッセマネの祈りに現れているのは、そんな私たちも常に許してくださり、常に共にいてくださるイエスの姿ではないでしょうか。


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