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『転倒した歴史認識と天皇制』/ヤスクニニュース30号巻頭言

2013.06.24(22:59) 215

転倒した歴史認識と天皇制

ヤスクニニュース30号巻頭言

※ 神奈川教区のヤスクニ天皇制問題小委員会発行のヤスクニニュースに掲載した巻頭言です。

 四月から五月にかけて、天皇制と歴史認識にかかわる政治家の言動が続いている。一つ目は、沖縄からの批判を受けながらも、安倍政権が強行した「主権回復の日」である。この行事の執行自体に、安倍政権が持っている保守性と憲法を変えるための一つの主張である「現在の日本国憲法は押しつけられたものである」という主張を補完する意図があるが、注目したのは、その式典の中で起こった「天皇陛下万歳」である。参加した自民党議員が発声したと言われているが、この行事に異議を唱え、地上戦において多くの犠牲を生んだ沖縄県を代表とする少なくない戦争を知る人々の感情としては、「天皇陛下万歳」と声をあげて、亡くなっていった者たちのことが思い起こされるであろうし、今上天皇自身の本意でも無かっただろう。安倍首相も同調したそうで、挨拶の言葉の中では、「沖縄の辛苦にただ深く思いを寄せる努力をなすべきだ」とは思いを寄せた姿勢を見せたが、その言葉の軽さが露呈した事柄であった。
 また、もう一つは橋下徹大阪市長によって行われた一連の「従軍慰安婦」に関係する発言である。内容の是非について論ずるのは余りにも稚拙なので触れないが、五月二七日に日本外国特派員協会行われた会見において、米軍ならびアメリカ人に対して謝罪する一方で、「従軍慰安婦」に関する発言に関しては持論を展開するだけであったことである。
 これらの二つの事柄に共通しているのは、戦争の記憶の風化、アジア諸国との関係における歴史理解の未熟さと言わざるを得ないが、もう一つあるのではないか、と感じている。橋下大阪市長に関しては女性の尊厳を傷つけるような発言を、世界各国の軍隊に必要なこととして矮小化し、自らの考えを正当化しようとしている。また安倍首相に関しては無批判に突発的に起こった「天皇陛下万歳」に倣ってしまうのは、沖縄の思いに対する無理解もあるが、同時に天皇や英霊と呼ばれる存在に対する「敬意」や「哀悼の誠」が如何に自己目的的、自己中心的なものに過ぎないかを示していると言えないだろうか。
 両者とも同様に、改憲論者である。そんな二人が思う日本国憲法の至らなさとは何であろうか。彼らにとって、もっとも憎むべきと考えているのは、先の大戦の反省に立つことを謳う日本国憲法前文と戦力による平和を選び取らない宣言の九条の存在であろう。二人共まったく同じ考え方を持って、アメリカにはしっぽを振り、アジア諸国に対しては、慰安婦問題を終わったこととしてあしらう。しかし「押しつけ憲法論」に立つのであれば、もっとも憎むべきはアメリカであるはずが、まったく転倒してアメリカに食ってかかるようなことはせず、謝罪している。そんな彼らの行動には、本当に天皇制や靖国神社を重んじているようには感じられない。さらにいうのであれば、自分の目標のために担ぐだけの道具に過ぎないだけではないか。そして、これこそ近代天皇制の本質なのだろう。

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