FC2ブログ

タイトル画像

牧師って?(なんちゃって牧師の日記より)

2011.09.30(06:49) 102

購読しているキリスト教関係のブログで、
「なんちゃって牧師の日記」というものがある。
http://blogs.yahoo.co.jp/bokusi1941

オンラインでも、オフラインでも、
お世話になっており、ここのブログで紹介された
日帰り温泉に行ったら、バッタリ本人に出会ってしまった、という
2人して温泉好きを認識した逸話もある。

とてもアイロニーかブラックユーモアが効いていると思うのは、
この牧師、ブログに「なんちゃって牧師」と名前をつけているが、
日本基督教団より、教師免職処分を受け、
本当に「なんちゃって牧師」となってしまったことだ。

しかし、現在も某教会で、牧師としての働きを担い、
わたしも含めて、多くの人に牧師と認められている存在である。

わたし自身、牧師の家庭に生まれ、牧師とは何だろうか?
免許なのか、仕事なのか、生き方なのか?
いろいろと自問してきたし、今もその答えは出ていない、
もしくは言葉に出来ない、と感じている。

また、神学生の頃から、あえて教師検定試験を拒否して、
信徒伝道者として牧師のように働いている人々、
また信徒であっても牧師以上の働きを
担ってきた人々に出会い、多くの影響を受けてきた。

「なんちゃって牧師」さんも、以前使えていた教会のホームページに、
「教会が無くなっても良い」と読めるような文章を掲載して、
批判を浴びたようだが、そんなことが言える牧師って、
気が効いていて格好いいのではなかろうか。
(日常からは、そんなことを言うキャラクターとは感じられないが…)

「なんちゃって牧師」さんが、教師免職処分を受けたことは、
今でも日本基督教団において、とてつもなく大きな問題となっているが、
現在の教団議長ならび常議員会は、くさいものにフタをするように、無視している。

そんな教団議長や常議員会の半分は、「牧師」である。

その理由も、聖餐式という聖礼典のやり方が間違っている、という理由からである。
牧師として、セクシャルハラスメントや人権侵害のような問題を
起こしている牧師がいても、教師免職にならず、
聖餐式という教会が大切にしているものを、
破ったという理由では免職になるらしい。

そして、この聖餐式の捉え方には、いろいろな立場があるにもかかわらず、
多くの疑義が表明されているのにかかわらずにである。

「牧師」とはなんだろうか?
この処分からすれば、「聖餐式を正しく執行する人が牧師」という推論が出てくる。
それ以外の牧師としての過ちや、人としての過ちがあったとしても、
裁かれないのか?それで良いのか?
そんなことはないだろう。

個人としての自問自答も、日本基督教団としての
模索の道も、まだまだ続く…。

スポンサーサイト

周縁自体


2011年09月
  1. 牧師って?(なんちゃって牧師の日記より)(09/30)
次のページ
次のページ