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終戦の日(その3)

2011.08.19(12:24) 98

 歴史的な課題から靖国神社の問題を考えるのではなく、個人の信仰からこの問題を捉えてみたい。
 日本の神社には様々な神さまがまつられている。まつられている神を祭神というが、基本的には記紀神話など神話に登場する神であるが、自然神や人がまつられている場合もある。わたしが注目したいのは、人が神として、まつられているケースである。古くは、菅原道真をまつる太宰府天満宮、徳川家康をまつる日光東照宮、など。そして近代においては、知られているところでは乃木希典をまつる乃木神社があり、勤王の志士として知られる武市瑞山(半平太)をまつる瑞山神社などもあったりする。
 徳川家康などは徳川家の神として、家の神という位置づけであり、武市瑞山の瑞山神社においても、家の神といった性質が強いであろう。しかし、菅原道真は学問の神さまとして慕われているが、もともとは呪いを払うために社が建てられたのが、始まりである。
(参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E5%AE%B0%E5%BA%9C%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE
 そして、こうした信仰心や神社の成り立ちが、近代の乃木神社や靖国神社に行われている「まつる行為」に影響を与えている、と感じている。呪いに対して、まつることによって、その怒りを沈めるという行為、「感謝する」ことによって、まつる側の願いを叶えてもらう、という方向性はヤスクニ信仰に通じるところがあるんじゃないか。
 「感謝する」ことによって、怒りを沈めてもらう、そしてさらに自らを守ってもらう、という信仰。それ自体は、個人の信仰において問題はない、と思う。しかし靖国神社の場合は、設立の背景から、思想や信条、歴史観に関して、多大な影響があり、構造的に「まつる人」を選ぶし、「まつられる人」を選ぶことが起こってしまうのではなかろうか。

(まあ、神道の専門家ではないので、穴だらけですし、キリスト教自体にもそうした課題はあると思っているのですが)

(つづく)

続くと書きましたが、書くタイミングを失ってしまったので、またそのうちに。

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