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『弱さを基にして』第2コリント12:9〜10

2013.04.07(21:39) 198

『弱さを基(もとい)にして』
(2013/4/7)
コリントの信徒への手紙 二 12章9〜10節

パウロの信仰と歩み
 今日お読みしました書簡は、パウロが記した書簡の一つ、コリントの信徒への手紙の二であります。パウロは数多くの書簡を残しておりますが、そのうちのほとんどのものが何か自分の考え方、キリスト教の教義や信仰について述べたものではなく、宛先の教会に起こっていた具体的な問題へのアドバイス(助言)や導きでありました。そして、この第二コリント書においては、助言するにしても、あまりにパウロとコリント教会の意識が離れてしまった背景の中で、パウロの感情があふれた叫びのような言葉とも言える内容になっております。
 コリントとはローマ帝国における交通の要所であった町で、イエスやパウロが生きたユダヤ地方からすれば、比べものにならない大きな都市であり、二つの大きな港を持ち、多様な民族の人々、文化的背景を持つ人々が居住する大都会でした。そして、そんな都市にたつコリント教会には、そうした民族や文化の違いを背景としてか、教会の中においても多様な価値観が存在し、そうした違いから分裂騒ぎがありました。そして、更に、異邦人教会とユダヤ人教会での考え方の違い、同じキリスト教徒の間での考え方の違い、意識の違い、がありました。そして更にパウロ自身、コリント教会においては、彼自身が使徒であるかどうかが議論の的とされていました。

パウロの歩みから

今日お読みしました「コリントの信徒への手紙 二」には、このような箇所があります。11章23節から25節。(P.338)
「11:23 キリストに仕える者なのか。気が変になったように言いますが、わたしは彼ら以上にそうなのです。苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした。
11:24 ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。
11:25 鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。」

 パウロはこうした困難な道を歩みながらも、キリスト教宣教の為に働いていたということを、のべるということは、ある意味「強さ」を誇ることである、と言えるかも知れません。「投獄」されても、「鞭打たれ」ても、「石」を投げられても、「難船」したとしても、舟が「遭難」し「漂流」したとしても、くじけない。キリスト教伝道、宣教のために働き続けた。歩み続けたというのは、強さの表明といえます。
 しかし、パウロはそれらの困難な道を「弱さ」としています。たしかにそう言えるかもしれません。ギリシャ的な神観でいって、神である存在とは、万能の力と知恵を持ち、苦労することのなく、悩むこともなく、すべてを支配するのが神でありましょう。しかしパウロの歩みはそれとは全く逆のところにありました、しかし、パウロはそうしたギリシャ的な神観からいえば、もっとも遠いところに主なる神の道がある、いうなれば「弱さ」にこそ、イエス・キリストの意志があると考えていました。
 そして、そのような意志が現れているのが、今日の聖書箇所第2コリント12章9節の言葉といえるでしょう。
「すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」

強さと弱さ
 後半「キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」とあります。パウロにおける信仰の真髄とは、「キリストの力がわたしの内に」とある、キリストが共にいる、という信仰表現といえます。キリストが自らの中にいる、またキリストを身にまとう(ロマ13:14/2コリ4:11/ガラ6:17)、という表現、さらに進んでガラテヤの信徒への手紙2章19節
「2:19 わたしは神に対して生きるために、律法に対しては律法によって死んだのです。わたしは、キリストと共に十字架につけられています。」
パウロの信仰は、現れ方としては、彼の行動としては、とても「強い」と言えます。しかし彼の思いとしては、「弱さ」なのです。
 そしてその「弱さ」とは、キリストと共にあること、さらにガラテヤ書にありますように「キリストと共に十字架につけられている」という意識から、どのような辛い目にあったとしても、くじけない、というのであります。そして、12章10節にありますように「(どのような)…状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」という告白に至ったのです。

イエスにおける弱さ

 今日は、復活節第二主日、先週はイエスの復活を祝うイースターでありましたが、イエス・キリストは、受難において、弟子たちや群衆が期待するような王座への道ではなくて、十字架への道を歩みました。これも、王という「強さ」ではなく、もっとも「弱い」存在となることによって、主なる神の意志を示した、と言えます。また、そうした姿勢は、イエスの言葉や行動にも表れていた、ということが出来ます。たとえば、マタイ福音書における山上の垂訓の冒頭、5章3節「心の貧しい人々は、幸いである」という言葉に現されている姿勢、それはイエスの活動全体にも行き渡っているのではないでしょうか。
 社会的に疎外されている人々、病人や障がい者、差別されていた人々。そうした人々は、当時の社会制度、ユダヤ的価値観の中で、そうした位置に置かれていることが正当化されていました。社会構造的なピラミッドの中で底辺におかれ、病気であろうと、貧しさであろうと、痛みであろうと、自分の責任である、と言われてしまう。イエスはそういった人々の場へ行き、癒しを行い、語りかけたわけです。そうした姿勢は、「弱さ」に降りていく姿勢でした。そして、彼らに対して、そのままで神は愛して下さっているのだ、ということを伝えた。どのように排斥されていようが、「良し」とされているのだ、ということを伝えた。言うなれば、彼らに相応しい「尊厳」があること、を伝えた、と言えないでしょうか。捉え方は多様ですが、「弱さ」を「弱さ」のままで「良し」とする姿勢であったと思われるのです。そして、そうしたところにも神の力が働いていることを示した。
 そして、だからこそ、十字架への道を歩まざるを得なかった、と言えないでしょうか。ユダヤ人社会にとって、さらにローマ帝国にとっても、イエスの存在は邪魔となった。その理由として、言えることは「弱い」存在を弱いままでにしておかない「強さ」があった。既存の「弱さ」や「強さ」を崩すことは、どちらにとっても不都合であった。
 だから、イエスの存在は邪魔であった。そして弟子たちも、群衆たちも「弱さ」を求めておらず、「強さ」を求めていた。だから、イエスの考えていること、主なる神が大切にしていることが理解出来なかった、ということが出来るのではないでしょうか。

教会の歩みへ
 私たちの信仰生活、教会生活を振り返ってみたい、と思います。それぞれの信仰において、受洗にいたること、また主イエスが自らの導き手であると受け入れることには、少なからず、自分の「弱さ」を知るということがあるのではないか、と思います。わたし自身の経験でいえば、両親は牧師であり教会で育ちました。しかし、中学生にあがって、高校生に上がることには、教会から足が遠のいていました。
 そして牧師になろうか、神学校に進もうと思ってから洗礼を受けたので、あまり参考にならないかもしれませんが、いくら「強さ」を求めたとしても、それで安心できることがない、ということ。それで満足できることはない、ということに気づいた、ということ。そして自分の弱さを認めることが本当の強さではないか、という考えに至った。ということが、洗礼を受けること、神さまを自らの神とすることにとって、とても大きったように思います。
 しかし神学校に進んでみると、違う状況に追い込まれる。当たり前のことですが、学ぶことが求められる。「知識」を求められるようになる、「強さ」を求められるようになる。わたしが母校の農村伝道神学校では学ぶこと自体、議論になる土壌がありました。学ぶことは「強さ」を求めることだ、という批判です。「弱い」ままでいけないのか、という問いです。そして「強い」ことによって「弱さ」を超えようとすることに対する批判です。ある意味でパウロのもっていたジレンマにも繋がるかも知れません。「弱さ」こそ正しいことと思いながらも、自分の正しさを伝えるためには「強く」なければならない。
 わたしたちの教会生活はどうでしょうか。「出来ないことよりは、出来ることを。小ささよりは大きさを、弱さよりは強さを」。わたしたちの教会はパウロが語ったように「弱さ」を持ち寄り歩むこと、を基本に置くことが出来ているでしょうか。パウロが求めた教会の姿とはどういったものでしょうか?また、キリストの十字架を基に置いた、キリストを親石とした教会の姿とはどのようなものでしょうか?
 そして、私たちの世の中はどうでしょうか。原子力発電所の是非においても、そして平和の課題、戦争を回避する動きにおいても、「大きさ」や「強さ」で解決しようとする風潮が強くなっているように思います。しかし、それで本当の生活の安定や平和が守られるでしょうか。守られれば良いのですが、それが永遠には続く保障はどこにもないことは確かでしょう。

「弱さ」を基にして

 もう一度、今日の箇所、第二コリント書12章9節10節をお読みします。
「12:9 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。
12:10 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」

 パウロは「弱いときにこそ強い」と語りました。彼は、誰よりも辛い道を「使徒」であることを否定されながらも、自らを「使徒」として宣教者の道を歩みました。そしてイエスも十字架への道を歩みました。そしてイエスにしても、パウロにしても、そうした歩みをする中で、言葉の中で伝えたかったことは、主なる神は「弱さ」を重んじられる、ということ。いくら他の人が考える「強さ」、ユダヤ人社会が考える「強さ」、ローマ世界が考える「強さ」があったとしても、「弱さ」を中心に生きる、ということを示されたのではないでしょうか。
 イエスは「強い」からこそ、十字架の道を歩んだのではなく、「弱き」存在として十字架への道を歩みました。わたしたちの命、救いはその「弱さ」の象徴である十字架の上に立っています。「弱さ」にこそ、私たち自身の本当の姿、真実の姿があります。主なる神、そしてイエス・キリストの意志は、わたしたちに聖書そして十字架に示されています。わたしたちは「強さ」に移ろい存在です。しかし神は「弱さを基とし」て、「弱い」自分たちの存在を恐れずに歩むことが求められています。そして、そうした歩みこそが、今という時代の中で求められているのではないでしょうか。「弱い」私たちでありますが、確かな神の愛を信じて、神の愛を基にして、共に歩んでいきたい、と願っています。

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『弱さこそ強さ』コリントの信徒への手紙二 12:1〜10

2012.10.09(09:57) 162

『弱さこそ強さ』
(2012/10/6)
コリントの信徒への手紙 二 12章1〜10節

パウロの信仰と歩み
 今日お読みしました書簡は、そのパウロが記しましたうちの一つ、コリントの信徒への手紙の二であります。パウロは数多くの書簡を残しておりますが、そのうちのほとんどのものが何か自分の考え方、キリスト教の教義や信仰について述べたものではなく、宛先の教会に起こっていた具体的な問題へのアドバイス(助言)や導きでありました。そして、この第二コリント書においては、助言するにしても、あまりにパウロとコリント教会の意識が離れてしまった背景の中で、パウロの感情があふれた叫びのような言葉とも言える内容になっております。
 コリントとはローマ帝国における交通の要所であった町で、イエスやパウロが生きたユダヤ地方からすれば、まさに大都会と言える都市でした。そして端的に言いまして、コリント教会における問題は、教会の分裂騒ぎがあったということです。コリントは大都市であるということを述べましたが、多くの民族や文化、宗教を持つ都市でありましたから、その都市の中の教会にも多くの人々が集い、社会の影響を受けながら、教会としての歩みを進めていたでしょう。文化的な差、経済的な差、性別の差、家族観の違い、キリスト教の教えのとらえ方の差、宇宙観、時間観、使徒制、など様々なことで言い争いがありました。
 更に、異邦人教会とユダヤ人教会での考え方の違い、同じキリスト教徒の間での考え方の違い、意識の違い、があります。そして更にパウロ自身、コリント教会においては、彼自身が使徒であるかどうかが議論の的とされていました。そうした意味でいうと、パウロ自身にとっては、ただ客観的にと申しますか、一般的なキリスト教の考え方というだけではなく、自分がどういう存在であるのか、自分がキリスト教にとってのどのように受け取られているか、コリント教会の人々にとって、どのような存在であるのか?といった自分の尊厳の問題、自分のプライド、自分の持っている誇りの問題に触れる議論が、教会の中においても、手紙を通じても行われていたのです。

パウロと教会の対立
今日お読みしました「コリントの信徒への手紙 二」には、例えばこのような箇所があります。第二コリント書10章7節から11節。(P.336)
「10:7 あなたがたは、うわべのことだけ見ています。自分がキリストのものだと信じきっている人がいれば、その人は、自分と同じくわたしたちもキリストのものであることを、もう一度考えてみるがよい。
10:8 あなたがたを打ち倒すためではなく、造り上げるために主がわたしたちに授けてくださった権威について、わたしがいささか誇りすぎたとしても、恥にはならないでしょう。
10:9 わたしは手紙であなたがたを脅していると思われたくない。
10:10 わたしのことを、「手紙は重々しく力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない」と言う者たちがいるからです。
10:11 そのような者は心得ておくがよい。離れていて手紙で書くわたしたちと、その場に居合わせてふるまうわたしたちとに変わりはありません。」

更に11章23節から25節にもこのようにあります。
「11:23 キリストに仕える者なのか。気が変になったように言いますが、わたしは彼ら以上にそうなのです。苦労したことはずっと多く、投獄されたこともずっと多く、鞭打たれたことは比較できないほど多く、死ぬような目に遭ったことも度々でした。
11:24 ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。
11:25 鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。」

 これらの言葉をどのように受け取れば良いのでしょうか?パウロは、自らの正しさ、自らの立派な使徒であること、そうしたことをコリント教会の人々に証明するため、説明するため、これらの言葉をつづった、記したと言えるでしょう。しかし、これらの言葉によって、コリント教会の人々は、パウロを使徒として受け入れた、パウロの言葉に耳を傾けるようになった。そのように受け取りたい、ものです。しかし、わたしは最近、コリント教会の人々は、このようなパウロの本当に困難な使徒として、宣教者としての歩みを吐露した言葉があったとしても、彼のことを使徒とは受け取らなかったのではないか、と思うのです。

パウロの告白から
今日の箇所12章1節にはこのように記されています。
「12:1 わたしは誇らずにいられません。誇っても無益ですが、主が見せてくださった事と啓示してくださった事について語りましょう。」
そして、このように続きます。
「12:2 わたしは、キリストに結ばれていた一人の人を知っていますが、その人は十四年前、第三の天にまで引き上げられたのです。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。12:3 わたしはそのような人を知っています。体のままか、体を離れてかは知りません。神がご存じです。12:4 彼は楽園にまで引き上げられ、人が口にするのを許されない、言い表しえない言葉を耳にしたのです。」
パウロは、1節において、「わたしは誇らずにいられません」と語り、「一人の人」の神的経験について述べています。実際、この体験はパウロ自らの体験と思われる事柄です。
パウロがコリント教会の人々が持っていたキリスト教信仰における「誇り」に対して、良くない思いを持っていました。そして、その「誇り」の内容とは、神的な経験、ある種の興奮状態において、神の意志を知るといった形のものです。そして神との同一化を求める、と言った形での信仰です。そして、パウロはそうした要素を自らの信仰においては、避けていたでしょうし、そうしたことをコリント教会の人々に語ることを良しとはしていなかったでしょう。
そして同時に、コリント教会の人々は、パウロが使徒である、ということを受け入れられずにいました。それはパウロが生前のイエス、肉体を持ったイエスに出会っていなかったからです。イエスと直接出会っていないから偽の使徒だ、という考え方です。パウロはその活動の初めから、様々な教会を訪ねる中で、使徒であるかどうかで問われ続けてきています。第一コリント書の冒頭には、自らが人や教会によって立てられた使徒ではなく、「神によって招かれた使徒だ」という内容のことを述べています。ここには、パウロが使徒だ、ということに疑いを持つ人々への意思表示が見えます。そして、わたしたちが知る範囲、聖書によって知る範囲においては、もっともその問いに厳しい形で立たされたのが、おそらくコリント教会においてであったと思われます。そして、パウロに対して、そのような態度を取る人々が、その人々なりに正統な使徒が来たときはどうでしょうか?
パウロに対するときの反抗的な態度や冷淡さとは逆の態度の取るのではないでしょうか。パウロはそうした態度を11章20節でこのように指摘しています。
「11:20 実際、あなたがたはだれかに奴隷にされても、食い物にされても、取り上げられても、横柄な態度に出られても、顔を殴りつけられても、我慢しています。」
 パウロとしては、そうした信仰にあり方は受け入れられません。神的な体験を重んじ、イエスに近いというカリスマを重んじる、信仰の形。それは十字架への道を歩んだイエス・キリストを主として、その歩みを福音とする者の態度なのか?という思いをコリント教会の人々に持っていたのです。

パウロの歩みから

 パウロはコリント教会の人々とも対立していましたが、ユダヤ人を中心とする教会の人々とも対立していました。それだけ対立した関係がありながらも、彼は自分の教会だけではなく、コリント教会やユダヤ人の教会、エルサレムの教会、あらゆる教会のために働くことを良しとしていました。自らと違う考え方の人々、敵対者たちのことを、考え方が違うから、と関係を切ることを良しとはしていなかったのです。新約聖書の様々な文書からパウロの歩みを知ることが出来ますが、ローマの各都市のユダヤ教の会堂を訪ねて、キリストの福音を宣べ伝え、キリストの教会を立てる活動を進めました。私たちが知っている手紙もそうした宣教活動の一つであります。
 そして、それと同時に献金活動を行っていました。それも福音理解の異なるユダヤ人たち、意見の異なるユダヤ人のために献金を集める活動です。さらに彼らに献金を届けるために、エルサレムに行き、そこで逮捕されてしまいました。そういった意味で言えば、敵対者のために命を落とした、と言えるのです。パウロとしては、同じキリスト教の中において、同じイエスを主とする教会の中で、どんなに敵対的な関係であったとしても、わたしはその人たちのために祈り、活動するのだ、そんな思いをもっていたのです。そして、また自分の活動がどれほど批判されようが、敵対者たちに利用されようが自分の思いを貫きたいのだ。そして、それは私たちの主であるイエスも歩んだ道であったのではないか、そんな思いでパウロは伝道者、使徒としての歩みを歩みきったのではないでしょうか。


弱さと強さ
 そんな思いをもって宣教者として歩みを歩んでいたパウロは、コリント教会の宣教活動、牧会活動の中で、一つのジレンマにぶつかりました。それは「イエスの十字架に示された神の愛」を信じるわたしは「弱さ」こそ大事にしなければならない。そのことをコリント教会の人々に受け入れて欲しい。こんな思いを持っていました。しかし、コリントの教会の人々に向かっては、「強く」なければならない。使徒として「強さ」を語らなければ、「使徒」として受け入れられず、自分の言葉を聞き入れてくれない、というジレンマです。今日のテキスト、第二コリント書の11章12章には、パウロが使徒として活動した中で11章には、宣教の旅における苦労、鞭を打たれたことや船が難船したことなどを述べました。
 そして今日の箇所、12章において、パウロは先ほど触れましたように、2節から4節において自らの神的な体験を語ると続いて、7節においては、「わたしの身に一つのとげが与えられました。」と自らの持病について語ります。そして、自らの祈りの中における主なる神との対話について語ります。実はこれはある種のパウロの敗北ではないか、と思うのです。パウロは「弱さ」を語ることで、自らの「強さ」を伝えようとしました。

パウロの思いは伝わったのか

 今日の箇所、第二コリント書12章9節10節をお読みします。
「12:9 すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。
12:10 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」

 パウロは「弱いときにこそ強い」と語りました。彼は、誰よりも辛い道を「使徒」であることを否定されながらも、自らを「使徒」として宣教者の道を歩みました。そして、彼自身の言葉でいえば、「弱さ」というもっとも人間的なものを基にして歩みました。そして、それはわたしたちの「弱さ」の象徴である十字架を背負って歩んだキリストに従う道です。
 そして私たちが教会生活を振り返ってみたい、と思います。わたしたちの教会生活においても、どちらかといえば「強さ」が重んじらてしまいます。「出来ないことよりは、出来ることを。小ささよりは大きさを、弱さよりは強さを」。わたしたちの教会はパウロが語ったように「弱さ」を持ち寄り歩むこと、を基本に置くことが出来ているでしょうか。パウロが求めた教会の姿とはどういったものでしょうか?また、キリストの十字架を基に置いた、キリストを親石とした教会の姿とはどのようなものでしょうか?
 私たちの世の中はどうでしょうか。「大きさ」や「強さ」を求めて「小ささ」や「弱さ」に目を向けようとしない動きがあります。しかし、本当に進むべき道は「弱さ」から導き出された選択ではないでしょうか。イエスは「強い」からこそ、十字架の道を歩んだのではなく、わたしたちの「弱さ」を背負って、「弱き」存在として十字架への道を歩みました。わたしたちの命、救いはその「弱さ」の上に立っています。「弱さ」にこそ、私たち自身の本当の姿、真実の姿があります。そして、その「弱さ」「本当の私たち」をイエスさまは知っており、その「弱い」わたしたちを受け入れてくれています。弱い私たちでありますが、強い神の愛を信じて、共に歩んでいきたい、と願っています。




周縁自体


2コリント
  1. 『弱さを基にして』第2コリント12:9〜10(04/07)
  2. 『弱さこそ強さ』コリントの信徒への手紙二 12:1〜10(10/09)