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『沈黙の声に聴く』(列王記上 19:1〜12)

2018.08.06(21:15) 377

『沈黙の声に聴く』
(2018/8/5)
列王記上 19章 1~12節

預言者の問いに答えられない
 エリヤは、イスラエル民族の王国が南北に分裂していた時代、紀元前570年から550年頃、北側の北イスラエル王国において活動しました。今日の箇所の前の部分、列王記上の18章には、預言者エリヤとバアル神との預言者の対決の場面が記されています。首都サマリアは、ひどい干ばつに襲われ、酷い飢饉に陥っていました。それをエリヤは王国全体のヤハウェ神への不信仰、異教崇拝によるものとして糾弾します。
 それにより、バアルの預言者たちとエリヤは、カルメル山において対決することになり、そのいきさつが今日の箇所の直前の18章に収められています。カルメル山というのはイスラエルとフェニキアの国境線にある山で、2つの神、主なる神への祭壇もバアル神への祭壇も置かれていたのでしょう。その場において、エリヤは主なる神に祈り、バアルの預言者たちはバアルの神に祈って、どちらが最初に神の力によって、薪(まき)に火を付けられるかどうか?という戦いをすることになります。
 最終的に、バアルの預言者たちの祈りは通じず、エリヤの祈りにより火はつき、バアルの預言者たちを皆殺しにした、というお話です。で、こんな「正義が勝つ」といった「勧善懲悪」なお話だけでしたら、神の力が証明されたお話として、あんまり面白くありません。しかし、ここにとても興味深いやり取りがひとつ含まれているのです。列王記上18章21節をお読みします。(P.563)
「エリヤはすべての民に近づいて言った。「あなたたちは、いつまでどっちつかずに迷っているのか。もし主が神であるなら、主に従え。もしバアルが神であるなら、バアルに従え。」民はひと言も答えなかった。」
 「民は一言も答えなかった」とあります。なぜでしょうか?エリヤの言葉に心からの反発があったからでしょうか。同意して、エリヤの言葉を受け入れたからでしょうか。痛い指摘を受けて、無視しようとしたのか、違うでしょう。これは私の想像にすぎないかもしれませんが、彼らは、イスラエルの神とバアルの神が異なるということが理解出来なかったのでは無いでしょうか。おそらく宗教と宗教が混ざってしまっていた状態、宗教混こう状態であった。そうした状況において、「どちらかの神を選べ」ということが理解できなかったのでは無いでしょうか。

エリヤという預言者とその時代
 この時代の王アハブは、イスラエル国において、イスラエルの神と共に、異民族の神も信仰することを勧めました。そしてそれには、政治的背景、そしてアハブの王妃であったイゼベルの影響がありました。王妃イゼベルは、もともとフェニキアのティルスの王の娘であり、人の歴史の中でよくあることですが、王家同士の結婚は他国との政治的安定のために行われていました。そして同時に、それぞれの国や民族で信じられている神同士の結婚として捉えられることもありました。おそらく当時のイスラエルの人たちは、イスラエルの神ヤハウェもフェニキアの神バアルも自らの神と捉えていたのでしょう。ですから、先ほどのエリヤの問い、「もし主が神であるなら、主に従え。もしバアルが神であるなら、バアルに従え。」という質問に答えられなかったのでしょう。
 預言者エリヤが求めたのは、あくまでヤハウェ神のみ、主なる神のみへの信仰です。しかし当時のイスラエルの状況においては、そうした姿勢を理解できる状況も人もいなかった。誰も彼もヤハウェとバアルを信仰していた状況でありました。そして同時に、隣国との関係の安定にも繋がったでしょう。お互いの神、そして自らの神を近い関係として重んじる、信仰する、また文化などを重要視し、さらに信仰するというあり方、あり得る話では無いでしょうか。
 また、こんなことも言えるかもしれません。バアルは豊穣の神、確かに秋の恵みがなければ、食料がなければ生きていくことはできません。作物が豊かにとれることは誰もが当たり前に求めることです。雨季と乾季を繰り返すパレスチナ(レヴァント)において、雷は雨期の到来をもたらす神として信仰されていた、ということもヤハウェ神とバアル神の結びつきを示すことと捉えることも出来るのです。イスラエルの神には雷と雨を求め、バアル神には、実りを求め、穀物や果実などの豊作を求め、また子宝を求め、祭っていた。
 しかしエリヤがやってきて、バアルには祈るな、と批判する。エリヤがこの場にいて、明日からそんな祈りはダメだ、間違っている、と言われたらどうでしょうか。それは違う神への祈りだ、主なる神への祈りとしてふさわしくない、と言われたらどうでしょうか。エリヤの行動にはおそらく、そんなぐらいの過激さがあったのではないでしょうか。

静かにささやく声
 今日の箇所、列王記19章1節から12節は、エリヤは、王による迫害や民の無理解の中で、逃亡生活に陥っている状況を記しています。エリヤ自身、今日お読みした箇所は、逃げることに疲れ切って、神の山と呼ばれるホレブでの出来事を描いています。最後の箇所、列王記上19章11節12節をお読みします。
「19:11 主は、「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」と言われた。見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。 19:12 地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。」
 主なる神がエリヤの前に現れた場面、顕現した場面です。しかし神は「山や岩を裂くような風、地震、火」の中にはいませんでした。これは私たちが神に求めるであろう現象の中、また一般に人を超えた存在としての神を感じるであろう力の中に、神はいなかったということを示しています。しかし、その後に訪れた「静かにささやく声」に、神が現れたのです。
 実は、この言葉、翻訳がとても難しい言葉なのです。ヘブライ語の原典を忠実に訳しますと、「沈黙の声」、英語では「Sound of Silence」となります。言葉として矛盾しています。新共同訳では、「静かにささやく声」となっております。この箇所に続いて神の言葉が続くので、「沈黙の声」と訳せなかったのでしょう。また、ギリシャ語訳の旧約聖書(七十人訳LXX)では、「かすかなそよ風の音」。日本語訳の中では、文語訳では「静かなる細微(ほそ)き聲(ごえ)ありき」。口語訳では、「静かな細い声」、そして、名訳と呼ばれる関根正雄訳「火の後で、かすかな沈黙の声があった」と訳されていました。

全く希望が無い状況の中で
 今日は、日本基督教団において、「平和聖日」とされています。今年の終戦記念日は、戦後74年となります。終戦の年に生まれた方であったとしても73歳、戦争の記憶を持つ人はどんどん減っていきます。同時に日本国内の政治的状況においても、容易く戦争状態に入ってしまうような危うさを抱えています。また既に、違う角度から見れば、戦争状態である、また専守防衛が原則の自衛隊であっても、そうした原則を逸脱した状態に陥っているとも言えます。
 そしてそれには、様々な事情がある他国との関係、国際社会における立場など、様々な意見が出てきます。またそれは政治的な話だけでは無く、個人間、私たちの日常生活において空気のように伝わってきます。そうした状況の中において、平和への言説について語ることに困難さを覚えるような状況、誰も賛同してくれないような状況、また更にその平和を訴えることによって、自らの生命さえ脅かされるような状況があったとしたら、どうでしょうか。また、同じように主なる神への信仰が迫害される状況が合ったとしたら、どうでしょうか。自らの信ずるところの神への信仰を訴えることによって、また預言者として主の言葉を語ることによって、命の危機があるとしたら。逮捕されて、拷問でも受けざるを得ない状況が合ったとしたら…。しかし、神の言葉を語らざるを得ない。エリヤが陥っていたのは、このような状況でありました。

沈黙の声に聴く
 エリヤは、この箇所において、神の声を聴いたことによって、再び力強く神の預言者として歩み出しました。この「沈黙の声」を聞いた後、この箇所に続いて、聖書には、エリヤが神により具体的な導きを得たことを記しています。ということは、「沈黙の声を聞いた」ということなど記されなくても良いはずです。しかしエリヤにはとても重要な決断に至る何かがあったのでしょう。11節には、神の力がこの世における人知を超えた力に喩えられながれも、すべて否定される記述があります。神の力とは、山を裂くような、岩を砕くような風でもなく、地震でもなく、火でもない、と。では、沈黙の声とは何だったのでしょうか。
 エリヤは、後になって、いろいろな人に、この瞬間のことを聞かれたのではないかなあ、と思うのです。「なぜ、そのような極限状態でも預言者としての活動を続けられたのですか」「なぜ、絶望しなかったのですか」「逃げ出さなかったのですか」など、と。エリヤは答えに困ったのでは無いでしょうか。そうした状況の中において、何の説明できるような何かが無い中であったとして、実感として何かを得たのでは無いでしょうか。神の存在、主なる神の存在が共にあることを、はっきりと説明できない形で、人が持つ、聴覚とか、視覚とか、触覚とか、味覚とか、嗅覚とかいった五感においても、説明できないような形で、神さまが共にいてくださる、ということ、またこれからの道しるべ、何をなすべきかということを受け取ったのではないでしょうか。それがこのような表現「沈黙の声」になったのではないか、と感じます。

共にいる主なる神
 信仰の道において、何かの決断に至るとき、また心の動きに関して、言葉にならない瞬間、というもの、決定的な瞬間というものがあるでしょう。例えば、決定的な時という意味で言えば、ペトロがイエスを知らないと3度言ったときに、ペトロが聞いた鶏鳴、ニワトリの鳴き声。ペトロがあの鳴き声を聞かなかったとしたら、またあの瞬間、ニワトリが鳴かなかったとしたら。また、さらに聞いたとしても、その鳴き声にイエスの言葉を思い出さなかったとしたら、キリスト教の歴史が変わっていたどころか、始まってもいなかったかもしれません。
 私たちが、平和について語る瞬間、何か行動を起こす瞬間、未来から振り返って決定的な瞬間、決定的な割れ目を経験するときがあるかもしれません。その後の自らの歩み、また民族や国家の歩みの決定的な瞬間、決定的な分岐点に立つことがあるかもしれません。そのような時、何が判断を分けるのか、預言者エリヤが置かれたような極限状態かもしれません。また何事もない日常のある瞬間かもしれません。そのような時、主なる神の「沈黙の声」を聞くことが出来る自分でいることが重要なのでは無いでしょうか。


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『神の支配の模索』(サムエル記上 8:1~22)

2017.11.26(19:51) 360

『神の支配の模索』
(2017/11/26)
サムエル記 上 8章 1~22節

サムエルという存在
 サムエルは、なかなか子どもが生まれなかった母の子として誕生し、乳離れする年、3歳ぐらいに聖所に預けて、サムエルは聖所で成長しました。サムエルという名は、「その名は神」という意味で、「自分の願いを叶えてくれた神の名を忘れないように」付けられたものでしょう。そして祭司としてサムエルは育てられていきます。そして、立派に成長して、育ての親ともいえる祭司エリの跡継ぎとなっていきます。ということは、サムエルは祭司なのか、という問いが出てきます。しかし、今日の箇所で、子どもに変わる王を立てて欲しい、というような願い事をされる、ということは、サムエル記の前に収められている士師(裁き司)であったと捉えられます。また、サムエルは、イスラエルの初代の王サウル、と2代目の王ダビデに油を注いだ存在です。ユダヤ教においても、キリスト教においても、油注ぎを行うのは、預言者である、というとらえ方があります。ですから、サムエルは、最後の士師であり、最初の預言者といえる存在なのです。
 そのサムエルは、師であるエリの後を継いで、祭儀を司る代表者となります。サムエル記上3章11節から14節。(P.433)
「主はサムエルに言われた。「見よ、わたしは、イスラエルに一つのことを行う。それを聞く者は皆、両耳が鳴るだろう。その日わたしは、エリの家に告げたことをすべて、初めから終わりまでエリに対して行う。わたしはエリに告げ知らせた。息子たちが神を汚す行為をしていると知っていながら、とがめなかった罪のために、エリの家をとこしえに裁く、と。わたしはエリの家について誓った。エリの家の罪は、いけにえによっても献げ物によってもとこしえに贖われることはない。」」
 サムエルにとっては先生であるエリとその息子たちの裁きの言葉でした。祭司であるエリには、ホフニとピネハスという2人の息子がおり、聖所において3人で祭司として活動していました。この2人の息子たちは、祭司という立場でありながら、神に献げられた献げ物を私物化し(2:13-17)、また神殿娼婦と呼ばれる神殿近くにいた女性たちと関係を持ち(2:22)、父であるエリによる注意を無視していました。

神の支配の模索
 エリの2人の息子は、サムエル記上4章において十戒が刻まれた石版をおさめた神の箱がペリシテ人に奪われた時、殺されてしまいました。そして父親であるエリも、その報告を聞いたショックによって椅子から落ち、首の骨をおって亡くなりました。その後、サムエルは、エリの後を継いで、立派な祭司としてイスラエルの民を導くようになります。
 そして、今日の箇所において、彼自身も年をとり、その後を彼自身の息子たち、サムエルの息子たちに継がせようとします。しかし、このサムエルの息子たちも祭司として相応しくない、という訴えを民より受け、民はサムエルの息子とは別に王を立ててくれ、と求めます。興味深いことですが、立派な親の子は必ずしも立派ではない、ということが現れている、と言えます。しかし王制度にしても、祭司制度にしても、親から子へとその地位は受け継がれていく。また、どのような人であろうと、年を重ねれば、判断力が鈍ってしまう、という導きかもしれません。
 そうしたことは現代では行われていますが、聖書においては、そうしたことは一貫して否定されているように読めます。立派な王にしても預言者にしても、その子が必ず立派になるわけではない。その逆もある。そして、ユダヤ人は、その長い歴史を通じて、どのようなリーダー、神の代理人を立てれば良いのか、ということ、どのような神の支配のあり方が理想的なのか、ということを、その歴史的歩みを通じて探し続けている、と言えます。そして、それはキリスト教においても、考えなければならない、課題ではないか、と考えています。

イスラエルの民(ユダヤ人)の歴史から
 アブラハム、イサク、ヤコブという族長という人々は、主なる神と人格的な繋がりを持った最初の人々という点が特徴的です。しかし、この時点、族長とは家族の延長としての部族のリーダーでしかありません。
 次の段階として、上げられるのはモーセとヨシュアであります。エジプトの地で、族長の系譜を継ぐ民は、イスラエルの民、ユダヤ人という一つの民族へと成長しました。そして、その民を苦しみから救い出すため、またパレスチナの地へと導くためのリーダーとして、モーセとヨシュアというリーダーが見いだされ、役割を終えたら、その役割を自らの子に継がせることなく、消えていきました。
 そして、士師の時代に変わります。士師という言葉は、もともとは中国語であり、民族間における争い事を収める役割、裁判官、相談役のような役割を持つ存在であったと思われます。ある翻訳では、「裁き司(つかさ)」といった翻訳もなされています。民族のリーダーから、12部族のリーダーとなり、今日の箇所におけるサムエルのような地位へとなっていたように想像することが出来ます。
 預言者。預言者は、メシアなる者、王となる者に、油注ぐ存在として知られています。ただ、その歴史の中で、王に対抗する政治的な預言者、神殿や王に仕える預言者、在野の預言者といった立場の違いがあり、ずいぶんと役割も違っていたと考えられます。
 祭司はどうでしょうか。おそらく、祭司とは、それぞれの地方にある聖所に仕える存在としての祭司が最初ではなかったかと思います。その後、エルサレムに神殿ができ、神殿中心のヒエラルヒーが形成される中で、大祭司という存在ができ、イスラエル民族の様々な政治的な変遷の中で、その役割を強めていったのではないか、と考えられます。
 そして、王。最初の王であったサウルは、カリスマ的な力、英雄的な存在として、立てられた王と考えられます。そして、どちらかと言えば、後の北イスラエル王国となるユダ部族以外の部族の長としての側面が強かったと考えられます。また、ダビデは政治的に有能な王であり、策略もしくは政略に優れた王と想像しています。そして、ソロモンは、神殿建設を果たした王として知られていますが、「栄華を誇った」と言われてはいますが、ソロモンの死後、イスラエル王国は分裂してしまいます。これは、ソロモンの政治における民衆に対する重い負担が関係していたと考えられます。
 その後、バビロニア帝国の支配における捕囚があり、ペルシャ帝国に支配における祭司がユダヤ人の長となった時代を経て、ローマ帝国の支配に下ることとなります。事実上、イエスの誕生時に王であったヘロデ大王がイスラエル民族の最後の王となり、ユダヤ戦争によって国が滅ぼされた後は、ラビ(教師)がイスラエル民族の指導者となります。
 ラビは、福音書に登場するイエスの敵対者、ファリサイ派の流れを受け継ぐ存在です。国がなくなった後、ユダヤ人たちは、より強く「律法(トーラー)」旧約聖書におけるモーセ五書に対する意識を強めます。そんなトーラーを読み解く責任者として、ラビが立てられて、現代にまで続いていると言えます。
 その後、イスラエル民族は、国を持たない民(流浪の民)としての歴史を刻み、20世紀における第二次世界大戦に最中、ホロコースト(ショアー)という悲惨な歴史を刻み、イスラエル共和国建設へと至ります。しかし、それもパレスチナ民族の犠牲の上に成り立った建国であり、壁を築いて、その存在を消し去ろうとする皮肉な状況に陥っています。

イエスという存在—神の国は近づいた—
 イエスの話に入っていきたい、と思います。イエスは宣教の初めにこのように宣言しております。マルコ福音書1章15節。(P.61)
「1:14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、 1:15 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。」
 ここで、「神の国」と訳されているギリシャ語は、「神の支配」とも訳せる言葉です。イエスは、ラビか、預言者か、またメシア(王)ではないか、と問われたこともあります。イエス自身、誰でもない、と答えています。「神の子」であるという答えもあるかもしれません。しかし、神であるのであれば、十字架への道を歩むこともなく、十字架上の死を遂げることもなかったということもできます。
 イエスはどのような存在でしょうか。よく、メシアのギリシャ語翻訳がキリストである、という説明がされます。しかし、わたしは違うのではないか、と思っています。というのは、メシアは、救い主という意味もありますがユダヤ人の王のことを指すからです。少なくとも、イエスはユダヤ人の王になろうとは思っていなかった。それは、あくまで周囲の人々や弟子たちの望んでいたことでしかありませんでした。またキリストという言葉はどのような存在を指しているか、という考え方は間違っており、福音書や教会の伝統を通じてイエスがどのような存在であったかという課題を考えることによってこそ、真実のイエスの姿に近づくことができるのではないでしょうか。
 イエスはどのような存在であったか。別に、彼は政治家であったわけではないので、当てはまる存在はいません。しかし、どのような人であったかといえば、まず社会的弱者(マイノリティ)の立場に立って行動しようとした人であったといえるでしょう。当時の弱者というのは、「罪人」と呼ばれる人でした。また、彼はローマ帝国とユダヤ人の権力者たち(ヘロデ王朝、祭司)に逮捕され、処刑されてしまいました。なぜ、邪魔であったかといえば、そうした「罪人」の立場に立とうとしていたからと言えるでしょう。いつの時代においても、立場が低い存在が引き上げられるとなれば、自らの地位が危うくなることにつながると想像して、そうした存在を追い落とそうとすることはあったでしょう。そしてイエスもそうした結果、処刑されたと言うことができます。そして、そうした意味で、使徒信条にある「私たちの罪を背負って十字架上の死を遂げた」が実現したということもできます。もっとも小さき存在を引き上げようとした、それがイエスの神の支配の実現の形であったと言えるでしょう。そして、イエスが目指した先にこそ、族長でも、モーセでも、士師でも、王でも、預言者でも、祭司でもない神の支配の形、キリスト教会が求めるべき、世界の姿、神の支配、神の国があるのではないでしょうか。


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『沈黙の声に聴く』(列王記上19:1-12)

2016.12.11(20:13) 332

『沈黙の声に聴く』
(2016/12/11)
列王記上 19章 1~12節

エリヤの問い
 エリヤは、イスラエル民族の王国が南北に分裂していた時代、紀元前570年から550年頃、北側の北イスラエル王国において活動しました。今日の箇所の前の部分、列王記上の18章には、預言者エリヤとバアル神との預言者の対決の場面が記されています。首都サマリアは、ひどい干ばつに襲われ、酷い飢饉に陥っていました。それをエリヤは王国全体のヤハウェ神への不信仰、異教崇拝によるものとして糾弾します。
 それにより、バアルの預言者たちとエリヤは、カルメル山において対決することになります。カルメル山というのはイスラエルとフェニキアの国境線にある山で、2つの神、主なる神への祭壇もバアル神への祭壇も置かれていたのでしょう。その場において、エリヤは主なる神に祈り、バアルの預言者たちはバアルの神に祈って、どちらが最初に神の力によって、薪(まき)に火を付けられるかどうか?という戦いをすることになります。
 最終的に、バアルの預言者たちの祈りは通じず、エリヤの祈りにより火はつき、バアルの預言者たちを皆殺しにした、というお話です。で、こんな「正義が勝つ」といった「勧善懲悪」なお話だけでしたら、神の力が証明されたお話として、あんまり面白くありません。しかし、ここにとても興味深いやり取りがひとつ含まれているのです。列王記上18章21節をお読みします。
「エリヤはすべての民に近づいて言った。「あなたたちは、いつまでどっちつかずに迷っているのか。もし主が神であるなら、主に従え。もしバアルが神であるなら、バアルに従え。」民はひと言も答えなかった。」
 「民は一言も答えなかった」とあります。なぜでしょうか?エリヤの言葉に心からの反発があったからでしょうか。同意して、エリヤの言葉を受け入れたからでしょうか。痛い指摘を受けて、無視しようとしたのか、とか。いろいろ考えてみましたが、わたしなりにたどり着いたのは、民衆はエリヤの質問の意味が分からなかったのではないか、ということです。

エリヤという預言者
 エリヤという預言者。新約聖書においては、イエス・キリスト自らの言葉を通して、バプテスマのヨハネこそ再臨したエリヤである、と語られる預言者であります。新約聖書、マタイによる福音書11章13節から14節にはこのようにあります。(P.20)
「11:13−14 すべての預言者と律法が預言したのは、ヨハネの時までである。あなたがたが認めようとすれば分かることだが、実は、彼は現れるはずのエリヤである。」
 イエス・キリストがこの世に誕生する準備を果たすため、「道を準備する」(Mt11:10/Ml3:23)ためにヨハネが現れ、そのヨハネはエリヤの再臨である、とあります。エリヤもヨハネも確かな預言者でありながらも、不幸な歩み、困難な歩みを歩んだ預言者であるという点で共通しています。エリヤは活動期に自らの国、民族の王から命を狙われる状況の中で、身を隠しながら預言者としての活動を行いました。その時代の王アハブは、イスラエルの神と共に、異民族の神も信仰し、イスラエルの民にも勧めました。そして、それには、アハブの王妃であったイゼベルの影響がありました。王妃イゼベルは、もともとフェニキアのティルスの王の娘であり、王家同士の結婚は、同時に神同士の結婚、お互いの神が同一視されること、夫婦神として捉える道を開きました。当時のユダヤ人たちは、イスラエルの神ヤハウェもフェミニアの神バアルも自らの神と捉えていたのでしょう。そしてエリヤを迫害した王アハブは、列王記においてもっとも低い評価をされている王でありました。列王記上21章25節26節にはこのように記されています(P.571)。
「21:25-26 アハブのように、主の目に悪とされることに身をゆだねた者はいなかった。彼は、その妻イゼベルに唆されたのである。彼は、主がイスラエルの人々の前から追い払われたアモリ人と全く同じように偶像に仕え、甚だしく忌まわしいことを行った。」

唯一神信仰の強さと弱さ
 冒頭に、バアルの預言者たちとエリヤの対決の場面、またその場面におけるエリヤの問いに触れました。なぜ、彼等は答えられなかったのでしょうか。おそらく答えられなかったのは、主(ヤハウェの神)とバアル神が、まったく一体化していた宗教的状況の中で、「主なる神か、バアルか」という問いの意味が理解されなかった、というのが原因と考えられます。預言者エリヤが求めたのは、あくまでヤハウェ神のみ、主なる神のみへの信仰です。しかし当時のイスラエルの状況においては、そうした姿勢を理解できる状況も人もいなかった。誰も彼もヤハウェとバアルを信仰していた状況であった。パンとスープを一緒に食べるのが当たり前かのように、ご飯と味噌汁を食べることが当たり前のように、パンとスープのどちらかを選べ、ご飯と味噌汁のどちらかを選べ、というのは、おかしな質問としか受け取られなかったのではないでしょうか。
 また、こんなことも言えるかもしれません。バアルは豊穣の神、確かに秋の恵みがなければ、食料がなければ生きていくことはできません。作物が豊かにとれることは誰もが当たり前に求めることです。雨季と乾季を繰り返すパレスチナ(レヴァント)において、雷は雨期の到来をもたらす神として信仰されていた、ということもヤハウェ神とバアル神の結びつきを示すことと捉えることも出来るのです。イスラエルの神には雷と雨を求め、バアル神には、実りを求め、穀物や果実などの豊作を求め、祈り、祭っていた。
 しかしエリヤがやってきて、バアルには祈るな、と批判する。時代が変わったとしても、私たちも主なる神に対して、健康や平和を求め、また生活の安定や豊かさを祈ります。バアル神への祈りは、そうした祈りと捉え方、価値観によっては、あまり違いが無いと言えるかもしれません。エリヤがこの場にいて、明日からそんな祈りはダメだ、間違っている、と言われたらどうでしょうか。それは違う神への祈りだ、主なる神への祈りとしてふさわしくない、と言われたらどうでしょうか。エリヤの行動にはおそらく、そんなぐらいの衝撃があったとのではないでしょうか。

静かにささやく声
 今日の箇所、列王記19章1節から12節は、エリヤは、王による迫害や民の無理解の中で、逃亡生活に陥っている状況を記しています。エリヤ自身、今日お読みした箇所は、逃げることに疲れ切って、神の山と呼ばれるホレブでの出来事を描いています。最後の箇所、列王記上19章11節12節をお読みします。
「19:11 主は、「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」と言われた。見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。 19:12 地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。」
 主なる神がエリヤの前に現れた場面、顕現した場面です。しかし神は「山や岩を裂くような風、地震、火」の中にはいませんでした。これは私たちが神に求めるであろう現象の中、また一般に人を超えた存在としての神を感じるであろう力の中に、神はいなかったということを示しています。しかし、その後に訪れた「静かにささやく声」に、神が現れたのです。
 実は、この言葉、翻訳がとても難しい言葉なのです。ヘブライ語の原典を忠実に訳しますと、「沈黙の声」、英語では「Sound of Silence」となります。言葉として矛盾しています。新共同訳では、「静かにささやく声」となっております。この箇所に続いて神の言葉が続くので、「沈黙の声」と訳せなかったのでしょう。また、ギリシャ語訳の旧約聖書(セプチェアギンタ)では、「かすかなそよ風の音」。日本語訳の中では、文語訳では「静かなる細微(ほそ)き聲(ごえ)ありき」。口語訳では、「静かな細い声」、カトリック教会が最近だした校訂口語訳では「かすかにささやく声」、フランス語の聖書では「さざめきのようなかすかな音」となっているようです。そして、名訳と呼ばれる関根正雄訳「火の後で、かすかな沈黙の声があった」と訳されていました。

神の意志とは?
 神の意志とはどのような形で現れるのでしょうか?エリヤが受けた迫害状況はあらゆる形で神の存在を否定しようとする動きにも繋がっていたでしょう。遠藤周作が記した有名な『沈黙』という作品があります。つい最近、映画化され、日本では来年1月に封切られるということで、(恥ずかしながら)初めて読んでみました。江戸時代の長崎、切支丹禁制、キリスト教が迫害されていた時代、オランダから来た二人のポルトガル人宣教師の物語です。その中にこのような一節があります。

「その時、私は、ふとガルペと山にかくれていた頃、時として夜、耳にした海鳴りの音を心に甦らせました。闇のなかで聞こえたあの暗い太鼓のような波の音。一晩中、意味もなく打ち寄せては引き、引いては打ち寄せたあの音。
その海の波はモキチとイチゾウの死体を無感動に洗いつづけ、呑みこみ、彼等の死のあとにも同じ表情をしてあそこに拡がっている。そして神はその海と同じように黙っている。黙りつづけている。
 そんなことはないのだ、と首をふりました。もし神がいなければ、人間はこの海の単調さや、その不気味な無感動を我慢することはできない筈だ。
(しかし、万一…もちろん、万一の話だが)胸のふかい一部分で別の声がその時囁きました。(万一神がいなかったならば…)
 これは恐ろしい想像でした。彼がいなかったならば、何という滑稽なことだ。もし、そうなら、杭にくくられ、波に洗われたモキチやイチゾウの人生はなんと滑稽な劇だったのか。多くの海をわたり、三カ年の歳月を要してこの国にたどりついた宣教師たちはなんという滑稽な行為を行っているのか。」(『沈黙』 P.85)

 命からがら、日本へやってきた二人の宣教師、その一人ロドリゴが江戸幕府の役人の手から逃れて、山中をさまよっている時の記述です。困難な状況の中で、ロドリゴは祈り続けていました。しかし神は沈黙している。その沈黙は、神の存在さえも疑ってしまう思いをも生みだしてしまう。この宣教師が陥った状況は、今日の箇所のエリヤの思いにも重なるのでは無いか、と思うのです。宗教や文化が多様な状況とは、様々な神が一緒に併存しているというだけではなく、一方の神、一部の神が否定される状況。ロドリゴと同じように、エリヤも、そんな極限状態の中で、神の存在、神の力を求めていました。そして、そんな苦しい状態の果てに、神の声を聴いたのです。

沈黙の声に聴く
 エリヤは、この箇所において、神の声を聴いたことによって、再び力強く神の預言者として歩み出すことが出来ました。しかし、どのような声、言葉だったのでしょうか。わたしは不信仰かもしれませんが、こんな想像をしています。この箇所に続いて、聖書には、エリヤが神により具体的な導きを得たことを記しています。しかし、これは後の時代の書き加えではないか、と思われます。なぜなら、ここまでしっかりとした言葉を語られたのであれば、「沈黙の声を聞いた」とは記されないはずだからです。
 どうでしょうか?自らがエリヤのような体験をしたと想像してみてください。そして時を経て、自らの預言者の歩みを振り返り、弟子たちや他の人たちに自分の経験を語ろうとした時、説明しようとして、みんな興味津々で、いろいろ聴かれるわけです。
「洞窟の中で神さまの言葉を聴いたんですよね。どんな声ですか?」「男性っぽい声ですか、それとも女性のような声?」「やさしい声ですか、怒ったような声ですか」「ヘブライ語でしたか?アラム語でしたか?」「日本語ですか?英語?」…。エリヤは答えに困ったのでは無いでしょうか。
 「沈黙の声」。エリヤは、音とも言えない何か、を受け取ったのではないか、と思うのです。違う言い方をすれば、神の存在、主なる神の存在が共にあることを、はっきりと説明できない形で、人が持つ、聴覚とか、視覚とか、触覚とか、味覚とか、嗅覚とかいった五感においても、説明できないような何かを受け取った。そしてそれは、神さまが共にいてくださる、ということ確信、また、これからの道しるべ、何をなすべきかということをはっきりと受け取ったのではないでしょうか。そして、そんな複雑な思いを込めて、エリヤは、「私は沈黙の声を聞いた」という言葉に繋がり、それが私たちが触れる聖書の記述に残ったのではないでしょうか。
 遠藤周作の「沈黙」の最後に近い場面で、司祭ロドリゴは、役人たちに捕らえられ、ついに踏絵を踏んでしまいます。しかし、その場面において、それまで沈黙し続けていた神なるイエスの声を聞くのです。

「司祭は足をあげた。足に鈍い重い痛みを感じた。それは形だけのことではなかった。自分は今、自分の生涯の中で最も美しいと思ってきたもの、最も聖らか(きよらか)と信じたもの、最も人間の理想と夢にみたされたものを踏む。この足の痛み。その時、「踏むがいい」と銅版のあの人は司祭にむかって言った。「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため十字架を背負ったのだ。」こうして司祭が踏絵に足をかけた時、朝が来た。鶏が遠くで鳴いた。」(『沈黙』P.218)

共にいる主なる神
 「沈黙」において、ロドリゴはもっとも神から遠ざけられた瞬間、そして神に反しているという瞬間、これまで強く求め続けても、まったく与えられなかった神の声を聞きました。エリヤにしても、沈黙におけるロドリゴも、完全な孤独の中で、完全な絶望の中で、神の声を聞きました。主なる神は、彼らを「憐れむ」ため。「彼らを裁く」ために現れたのではありませんでした。主なる神、またイエス・キリストは、困難な状況にあった彼ら、苦しみのただ中にあった彼らと共に苦しむため、また、共に歩み出すために現れたのです。
 クリスマスを待つ時期を迎えています。クリスマスは、一年のもっとも暗い時期に祝われます。もっとも一日が短い時に祝われます。なぜこんな時期に祝うのでしょうか?こう考えることは出来ないでしょうか。もっとも一日が短い時期とは、これからは長くなることしかない時期、と考えることができます。共に喜びに向けて歩み出す時期、共に光に向けて歩み出す時期、と考えてみますと、これ以外の時期はないと言えるでしょう。主の誕生を祝うこの時期、あらためて主イエス・キリストが私たちと共にいてくださることを胸に刻んで、歩んでいきたい、と思います。


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切り株から新しい芽が/イザヤ11:1-5

2015.06.22(20:57) 291

切り株から新しい芽が(イザヤ11:1-5)
「エッサイの株からひとつの芽が萌えいで/その根からひとつの若枝が育ち/その上に主の霊がとどまる。知恵と識別の霊/思慮と勇気の霊/主を知り、畏れ敬う霊。」(イザヤ11:1-2)
 「エッサイの株」というのは、大木が切り倒された後に、再び若枝が育ってくるというのですが、過去のつながりはどの程度、あるのだろうか。同じ株から出たのだから、同じ血脈からという受け取り方が自然であろう。
 先日、NTV特集の「小さな命のバトン」という番組を見た。熊本県にある慈恵病院という病院のお話でした。全国的には、「赤ちゃんポスト」を始めた病院として知られている。赤ちゃんポストを始めたことからか、数多くの望まれない妊娠をしてしまった女性たちの相談を受けるようになり、そのことを扱っていた。若すぎる妊娠や経済的な理由から育てることが出来ないという妊娠、そして生まれてくる子どもたちの生活の相談。
 そうした流れから、出産直後に新しい家族への子どもを預けるという活動が始まったのか、そうした活動から、「新生児特別養子縁組み」「赤ちゃん縁組」という働きが始まり、そのドキュメントであった。そして、これまで200組ほどの実績があるという話であった。
 新しく里親になる夫婦の多くは、それまで子どもを望みながらも与えられなかったカップル。病院が開く学習会などに通います。そして、あらかじめ組み合わせが決められた妊婦の陣痛が始まると連絡があり、病院へ駆けつけ、新しい生命の誕生を待ちます。ちなみに妊婦さんと、新しい生命の両親となる人は顔を合わせることがありません。
 番組の中である子どもの誕生が追いかけられていた。おぎゃーと赤ちゃんが誕生し、すぐに新しいお母さんのところへ、赤ちゃんが運ばれてきた。新しいお母さんも自らの子ども(養子)となる子どもの誕生ですから、妊婦さんが着るような服を着ています。そして子どもの誕生を喜び、涙します。そして、その子を産んだ母親は、その話を聞き、また涙したそうです。その2つの涙の意味は、同じでは無い。しかし、涙によって繋がることがあるのではないか、ということを考えさせられた。そして、この聖書の箇所における若枝のことを考えさせられた。断ち切られた木から若枝が育つ、というが、キリスト教の土壌でいえば信仰的につながること、ユダヤ民族的にいえば、血脈などを超えて繋がることを示しているのではなかろうか、と思わされた。更に言えば、民族も宗教も、「記憶」を共有するという点においては、共通するのでは無かろうか。

「11:4 弱い人のために正当な裁きを行い/この地の貧しい人を公平に弁護する。その口の鞭をもって地を打ち/唇の勢いをもって逆らう者を死に至らせる。」
 先の例で、「産んだ」母親と「育てる」母親が「涙」で繋がるように、思いが違ったとしても、人の持つ「弱さ」によってこそのみ、民族や宗教を超えることができるのではなかろうか。申命記7章7節には、このような言葉がある。
「主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。」
 「エッサイの株」から出てくる「若枝」に示されていることは、ただ断ち切られたものが繋がる、ということではなく、切り落とされた「痛み」によって神は救いを示すということではないだろうか。「強さ」ばかりが求められる時代である。その「強さ」に乗っていけなければ、疎外が起こり、分裂となる。そんな疎外や分裂を乗り越える働きとして「弱さ」があると感じる。

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預言者の言葉と平和について(イザヤ2:4など)

2015.05.18(14:20) 290

○先週の集団的自衛権に関する閣議決定から平和についてずいぶん考えさせらながら、説教を綴りました。

・イザヤ書2章4節の平和を考える上ではずせない箇所。
「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし/槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず/もはや戦うことを学ばない。」
・よく知られている言葉であり、預言者ミカ4章5節にも同じ言葉が収められております。(また更に、その逆の言葉が聖書には収められております。ヨエル書4章10節「お前たちの鋤を剣に、鎌を槍に打ち直せ。弱い者も、わたしは勇士だと言え。」)

・エレミヤ書6章13節から15節。
「身分の低い者から高い者に至るまで/皆、利をむさぼり/預言者から祭司に至るまで皆、欺く。彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して/平和がないのに、『平和、平和』と言う。彼らは忌むべきことをして恥をさらした。しかも、恥ずかしいとは思わず/嘲られていることに気づかない。それゆえ、人々が倒れるとき、彼らも倒れ/わたしが彼らを罰するとき/彼らはつまずく」と主は言われる。

・エゼキエル書13章10節11節。
平和がないのに、彼らが『平和だ』と言ってわたしの民を惑わすのは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ。漆喰を上塗りする者に言いなさい。『それは、はがれ落ちる』と。豪雨が襲えば、雹よ、お前たちも石のように落ちてくるし、暴風も突如として起こる。

などが三大預言者の中における、はずせない箇所かな。そして重要なことと思うのは、旧約聖書における「平和」という言葉(ヘブライ語では「シャローム」)、実は、ただ戦争ではない状態を指すのではないということ。全人的な「平安」のことを指し、「貧しさ」や「飢え」が無い状態を指す言葉でもあったということ。
 預言者たちの多くが、単に戦争に対して、反対していただけでは無く、小さくされた者たち(寡婦、孤児、流浪の民)を代表される貧しい人々の飢えがあることに対して、主なる神の怒りの言葉を述べていました。
また現代社会においても、戦争を起こす国というのは、ほとんどの場合、「飢え」があったり、「貧富の差」が激しい国家であることが多い。遠い過去の預言者たちの言葉ですが、現代社会においても、聞くべき指針が込められているでしょうね。

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周縁自体


メッセージ/旧約
  1. 『沈黙の声に聴く』(列王記上 19:1〜12)(08/06)
  2. 『神の支配の模索』(サムエル記上 8:1~22)(11/26)
  3. 『沈黙の声に聴く』(列王記上19:1-12)(12/11)
  4. 切り株から新しい芽が/イザヤ11:1-5(06/22)
  5. 預言者の言葉と平和について(イザヤ2:4など)(05/18)
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