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『共感、共苦、共同体』(ローマの信徒への手紙12:9〜15)

2018.08.19(19:32) 378

『共感、共苦、共同体』
(2018/8/19)
ローマの信徒への手紙 12章9~15節

あるロボットのエピソード
 『プルートウ』(浦沢直樹著)というマンガがあります。誰もが知っている漫画家の手塚治虫さんの作品「鉄腕アトム」を元にしたマンガです。マンガの舞台は近未来、その世界ではアトムのように、ロボットがたくさん人間と一緒に生活をしております。ロボットらしいロボットもいますが、人間とは変わらない外見を持つロボットが生活をしています。登場するロボットたちは、仕事を持ち、夫や妻といった家族を持ち、感情があり、どうやら疲れもたまる、そして過去の経験の痛みを持ち、悩んだりもしている。悩みが深まると体の調子が悪くなり、お医者さんではなく、技師さんのところへ行き、治療ではなく、メンテナンスや修理をしてもらっている。心の悩みなどもお医者さんではなくエンジニア(技師)さんのところへ相談に行ったりします。
 そんな中で、ある夫婦のロボットの夫の側が不慮の事故で亡くなって(壊れて)しまいました。遺体(部品)はバラバラに処理されてしまいました。仕事の同僚であったロボットがその死(破壊)をその妻のロボットに知らせに行きました。夫を亡くした妻の側のロボットが悲しみに暮れていました。そんなとき、その妻のロボットに夫の同僚だったロボットがこんな提案をしました。「(だんなさんのロボットの)記憶、データを消去しましょうか」。

記憶と哀しみと時間の関係
 2011年3月11日に起こった東日本大震災から、ちょうど7年半の時が過ぎました。時の流れの中において、徐々に悲しみの記憶が薄れていくということ、また過ちの過去というものが薄れていくことが感じます。私は当時、神奈川県の小田原市に住んでいましたから、かなりの大きな揺れであると同時に、その後に続いた余震や計画停電などによって、自らもその当事者と記憶に刻まれています。また2度だけですが、被災地に行き、ボランティアとして働いたことがあります。しかし時間の流れの共に、その記憶はどんどん薄まっていきます。
 しかし当事者であれば、その記憶を薄まる、という表現は適切であるとは癒えないでしょう。家族を失った哀しみや痛みを薄まるとは言えないでしょう。たとえば、ご家族に不幸があった方に対して、「哀しみが早く薄まりますように」とは言わないでしょう。「哀しみが癒えますように」とか「慰められますように」と言うはずです。
 東日本大震災においても、他の様々な天災や災害においても、震災遺構についてどうするのか、という課題があります。震災遺構について、このような言葉を聞きます。「家族の死を思い出すので、無くして欲しい」。また、こんな言葉もあります。「風化してしまうので、残して欲しい」。当然の言葉です。そこで考えてみたいのです。医療と言っていいのか、技術と言っていいのか、人間の記憶が、瞬時に消せるような医療行為や技術が開発されたらどうでしょうか。

パウロの活動の三つの柱
 今日のテキストは、パウロの書簡を選びました。その中でも、わたしが特に心惹かれる言葉は、12章15節です。
「12:15 喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」。
 パウロは、コリント教会に送ったコリントの信徒の手紙Ⅰにおいても、同じような言葉を記しています。Ⅰコリント書12章26節。
「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。」(P.316)
 パウロの活動は、三つの内容を持っていたということが出来ます。そして、それら三つは、この言葉の実現として捉えることが出来るのではないか、と感じています。一つ目は、「宣教」また「伝道」と言われる働き、その徴として、その実現の場として教会を建てることであります。そして二つ目が、牧会と言われる行為、一つ一つの教会の中にある人々の悩みや課題に答えること、また様々な意見の違いや争いを正しい方向へ導いていくことです。そして、そうした具体的な言葉、助言が、私たちが知る聖書に収められている彼が記した手紙であります。
 そして最後、三つ目は、数多くの教会の間をつなげる活動であり、それは貧しい教会のために献金を集める活動であり、現代において当てはめれば、様々な献金活動、経済的な支援活動がそれに当てはまるでしょう。パウロは、具体的には、エルサレムにある教会を支えようとして多くの教会で献金を集める活動をしていました。エルサレムにある教会は、イエスの直接の弟子、ペトロなどの使徒がいた教会です。しかし、ユダヤ人社会の中における活動はとても厳しく、貧しい状況にあり、支援を必要としていました。そして、その支援の活動は、ただ単にエルサレムの教会を助けようということだけではなく、パウロとして、エルサレム教会の苦しみを共に苦しみ、喜びをともに喜ぶこと、そして「12:15 喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣」くこと、であると言えるのではないでしょうか。

共感、共苦、共同体
 私も教会で牧師として働いていたとき、教会の役割とは何か、ということをよく考えていました。その時、伝道とは何か?宣教とは何か?ということを考えていました。また、よくこんな議論になることがありました。「ようするに教会に来る人を増やすということは、人が来るようなイベントをすれば良い」と。そしていろいろイベントもしました。しかし、身近な存在になっても、それだけではなかなか枝としては繋がらない。zそして、それから繋がっていくポイントとなるのは何かな、と考えた時、今日のパウロに行き着きました。
 「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」という言葉。これにはキリスト教会の中における教会と教会、また人と人の理想的な有り様が示されています。しかし、原点には、パウロが行った宣教、伝道の力、思いがあったと捉えることが出来るのです。この世に生きる人は、誰でも不安や心配があります。教会自身がそういう人の不安や心配に寄りそっているだろうか、ある種の答えを持っているだろうか、ということが宣教、そして伝道の指針であり、それを実現していくことが、宣教であり、伝道ではないでしょうか。
 そして、教会の理想的なあり方とは、内側の隣人において、共感共苦が実行されているだろうか、また外側の隣人に対して、共感共苦がなされようとしているだろうか。と、いうことが、教会の活動の一つの尺度になると言えるのではないでしょうか。

キリスト教会のなすべきこと
 最初にロボットの話をしました。家族を失った哀しみにくれているロボットは、失った家族の記憶を消去、消すことを断りました。東日本大震災から7年、また7月にも西日本を中心に大きな水害が起こりました。そうした被害にあった人が、すべての記憶をなして下さい、というでしょうか。また過去の戦争についての記憶はどうでしょうか。
 私たちの日常において、病いや人との死別などがなくなることはないでしょう。かといって、人類の技術が進んだからといって、誰も自らの家族が失われた記憶を消すことを選ぶでしょうか。また主なる神、イエス・キリストに体の痛みを消して下さい、と祈ることはあっても、家族を失った痛み、哀しみを消して下さい、と祈ることはないでしょう。なぜか?と言えば、家族を失った哀しみを消すとは、その家族丸ごとの記憶を消すことになるからです。そして、そのような自らの哀しみを消すということは、自分自身を否定するということにもつながります。自分自身の歴史、自分自身の歩み、自分自身を否定することになります。また自分自身の課題だけではなく、自分を思ってくれている人、自分を愛してくれている人、自分を大切にしている人の思いを否定すること。違う自分自身になってしまうことでしょう。またそのような祈りをイエスに祈るだろうか、また神さまに祈るでしょうか。
 教会は、すべての哀しみや悩みに対して、キリスト教が答えることが出来るだろうか、教会が答えることができるだろうか、と言えば、否と言うしかありません。では教会は、どのような歩みを歩むべきなのか?それこそ、今日の箇所に記されている言葉、「喜びを共に喜び、悲しみを共に悲しむ」ことではないでしょうか。私たちは、力ない存在でありますが、その隣人の喜びを喜び、その隣人の悲しみを悲しむこと。そうした営みを繋げていくこと場所、そうした人の群れがキリスト教、教会であると言えるのでは無いでしょうか。


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『沈黙の声に聴く』(列王記上 19:1〜12)

2018.08.06(21:15) 377

『沈黙の声に聴く』
(2018/8/5)
列王記上 19章 1~12節

預言者の問いに答えられない
 エリヤは、イスラエル民族の王国が南北に分裂していた時代、紀元前570年から550年頃、北側の北イスラエル王国において活動しました。今日の箇所の前の部分、列王記上の18章には、預言者エリヤとバアル神との預言者の対決の場面が記されています。首都サマリアは、ひどい干ばつに襲われ、酷い飢饉に陥っていました。それをエリヤは王国全体のヤハウェ神への不信仰、異教崇拝によるものとして糾弾します。
 それにより、バアルの預言者たちとエリヤは、カルメル山において対決することになり、そのいきさつが今日の箇所の直前の18章に収められています。カルメル山というのはイスラエルとフェニキアの国境線にある山で、2つの神、主なる神への祭壇もバアル神への祭壇も置かれていたのでしょう。その場において、エリヤは主なる神に祈り、バアルの預言者たちはバアルの神に祈って、どちらが最初に神の力によって、薪(まき)に火を付けられるかどうか?という戦いをすることになります。
 最終的に、バアルの預言者たちの祈りは通じず、エリヤの祈りにより火はつき、バアルの預言者たちを皆殺しにした、というお話です。で、こんな「正義が勝つ」といった「勧善懲悪」なお話だけでしたら、神の力が証明されたお話として、あんまり面白くありません。しかし、ここにとても興味深いやり取りがひとつ含まれているのです。列王記上18章21節をお読みします。(P.563)
「エリヤはすべての民に近づいて言った。「あなたたちは、いつまでどっちつかずに迷っているのか。もし主が神であるなら、主に従え。もしバアルが神であるなら、バアルに従え。」民はひと言も答えなかった。」
 「民は一言も答えなかった」とあります。なぜでしょうか?エリヤの言葉に心からの反発があったからでしょうか。同意して、エリヤの言葉を受け入れたからでしょうか。痛い指摘を受けて、無視しようとしたのか、違うでしょう。これは私の想像にすぎないかもしれませんが、彼らは、イスラエルの神とバアルの神が異なるということが理解出来なかったのでは無いでしょうか。おそらく宗教と宗教が混ざってしまっていた状態、宗教混こう状態であった。そうした状況において、「どちらかの神を選べ」ということが理解できなかったのでは無いでしょうか。

エリヤという預言者とその時代
 この時代の王アハブは、イスラエル国において、イスラエルの神と共に、異民族の神も信仰することを勧めました。そしてそれには、政治的背景、そしてアハブの王妃であったイゼベルの影響がありました。王妃イゼベルは、もともとフェニキアのティルスの王の娘であり、人の歴史の中でよくあることですが、王家同士の結婚は他国との政治的安定のために行われていました。そして同時に、それぞれの国や民族で信じられている神同士の結婚として捉えられることもありました。おそらく当時のイスラエルの人たちは、イスラエルの神ヤハウェもフェニキアの神バアルも自らの神と捉えていたのでしょう。ですから、先ほどのエリヤの問い、「もし主が神であるなら、主に従え。もしバアルが神であるなら、バアルに従え。」という質問に答えられなかったのでしょう。
 預言者エリヤが求めたのは、あくまでヤハウェ神のみ、主なる神のみへの信仰です。しかし当時のイスラエルの状況においては、そうした姿勢を理解できる状況も人もいなかった。誰も彼もヤハウェとバアルを信仰していた状況でありました。そして同時に、隣国との関係の安定にも繋がったでしょう。お互いの神、そして自らの神を近い関係として重んじる、信仰する、また文化などを重要視し、さらに信仰するというあり方、あり得る話では無いでしょうか。
 また、こんなことも言えるかもしれません。バアルは豊穣の神、確かに秋の恵みがなければ、食料がなければ生きていくことはできません。作物が豊かにとれることは誰もが当たり前に求めることです。雨季と乾季を繰り返すパレスチナ(レヴァント)において、雷は雨期の到来をもたらす神として信仰されていた、ということもヤハウェ神とバアル神の結びつきを示すことと捉えることも出来るのです。イスラエルの神には雷と雨を求め、バアル神には、実りを求め、穀物や果実などの豊作を求め、また子宝を求め、祭っていた。
 しかしエリヤがやってきて、バアルには祈るな、と批判する。エリヤがこの場にいて、明日からそんな祈りはダメだ、間違っている、と言われたらどうでしょうか。それは違う神への祈りだ、主なる神への祈りとしてふさわしくない、と言われたらどうでしょうか。エリヤの行動にはおそらく、そんなぐらいの過激さがあったのではないでしょうか。

静かにささやく声
 今日の箇所、列王記19章1節から12節は、エリヤは、王による迫害や民の無理解の中で、逃亡生活に陥っている状況を記しています。エリヤ自身、今日お読みした箇所は、逃げることに疲れ切って、神の山と呼ばれるホレブでの出来事を描いています。最後の箇所、列王記上19章11節12節をお読みします。
「19:11 主は、「そこを出て、山の中で主の前に立ちなさい」と言われた。見よ、そのとき主が通り過ぎて行かれた。主の御前には非常に激しい風が起こり、山を裂き、岩を砕いた。しかし、風の中に主はおられなかった。風の後に地震が起こった。しかし、地震の中にも主はおられなかった。 19:12 地震の後に火が起こった。しかし、火の中にも主はおられなかった。火の後に、静かにささやく声が聞こえた。」
 主なる神がエリヤの前に現れた場面、顕現した場面です。しかし神は「山や岩を裂くような風、地震、火」の中にはいませんでした。これは私たちが神に求めるであろう現象の中、また一般に人を超えた存在としての神を感じるであろう力の中に、神はいなかったということを示しています。しかし、その後に訪れた「静かにささやく声」に、神が現れたのです。
 実は、この言葉、翻訳がとても難しい言葉なのです。ヘブライ語の原典を忠実に訳しますと、「沈黙の声」、英語では「Sound of Silence」となります。言葉として矛盾しています。新共同訳では、「静かにささやく声」となっております。この箇所に続いて神の言葉が続くので、「沈黙の声」と訳せなかったのでしょう。また、ギリシャ語訳の旧約聖書(七十人訳LXX)では、「かすかなそよ風の音」。日本語訳の中では、文語訳では「静かなる細微(ほそ)き聲(ごえ)ありき」。口語訳では、「静かな細い声」、そして、名訳と呼ばれる関根正雄訳「火の後で、かすかな沈黙の声があった」と訳されていました。

全く希望が無い状況の中で
 今日は、日本基督教団において、「平和聖日」とされています。今年の終戦記念日は、戦後74年となります。終戦の年に生まれた方であったとしても73歳、戦争の記憶を持つ人はどんどん減っていきます。同時に日本国内の政治的状況においても、容易く戦争状態に入ってしまうような危うさを抱えています。また既に、違う角度から見れば、戦争状態である、また専守防衛が原則の自衛隊であっても、そうした原則を逸脱した状態に陥っているとも言えます。
 そしてそれには、様々な事情がある他国との関係、国際社会における立場など、様々な意見が出てきます。またそれは政治的な話だけでは無く、個人間、私たちの日常生活において空気のように伝わってきます。そうした状況の中において、平和への言説について語ることに困難さを覚えるような状況、誰も賛同してくれないような状況、また更にその平和を訴えることによって、自らの生命さえ脅かされるような状況があったとしたら、どうでしょうか。また、同じように主なる神への信仰が迫害される状況が合ったとしたら、どうでしょうか。自らの信ずるところの神への信仰を訴えることによって、また預言者として主の言葉を語ることによって、命の危機があるとしたら。逮捕されて、拷問でも受けざるを得ない状況が合ったとしたら…。しかし、神の言葉を語らざるを得ない。エリヤが陥っていたのは、このような状況でありました。

沈黙の声に聴く
 エリヤは、この箇所において、神の声を聴いたことによって、再び力強く神の預言者として歩み出しました。この「沈黙の声」を聞いた後、この箇所に続いて、聖書には、エリヤが神により具体的な導きを得たことを記しています。ということは、「沈黙の声を聞いた」ということなど記されなくても良いはずです。しかしエリヤにはとても重要な決断に至る何かがあったのでしょう。11節には、神の力がこの世における人知を超えた力に喩えられながれも、すべて否定される記述があります。神の力とは、山を裂くような、岩を砕くような風でもなく、地震でもなく、火でもない、と。では、沈黙の声とは何だったのでしょうか。
 エリヤは、後になって、いろいろな人に、この瞬間のことを聞かれたのではないかなあ、と思うのです。「なぜ、そのような極限状態でも預言者としての活動を続けられたのですか」「なぜ、絶望しなかったのですか」「逃げ出さなかったのですか」など、と。エリヤは答えに困ったのでは無いでしょうか。そうした状況の中において、何の説明できるような何かが無い中であったとして、実感として何かを得たのでは無いでしょうか。神の存在、主なる神の存在が共にあることを、はっきりと説明できない形で、人が持つ、聴覚とか、視覚とか、触覚とか、味覚とか、嗅覚とかいった五感においても、説明できないような形で、神さまが共にいてくださる、ということ、またこれからの道しるべ、何をなすべきかということを受け取ったのではないでしょうか。それがこのような表現「沈黙の声」になったのではないか、と感じます。

共にいる主なる神
 信仰の道において、何かの決断に至るとき、また心の動きに関して、言葉にならない瞬間、というもの、決定的な瞬間というものがあるでしょう。例えば、決定的な時という意味で言えば、ペトロがイエスを知らないと3度言ったときに、ペトロが聞いた鶏鳴、ニワトリの鳴き声。ペトロがあの鳴き声を聞かなかったとしたら、またあの瞬間、ニワトリが鳴かなかったとしたら。また、さらに聞いたとしても、その鳴き声にイエスの言葉を思い出さなかったとしたら、キリスト教の歴史が変わっていたどころか、始まってもいなかったかもしれません。
 私たちが、平和について語る瞬間、何か行動を起こす瞬間、未来から振り返って決定的な瞬間、決定的な割れ目を経験するときがあるかもしれません。その後の自らの歩み、また民族や国家の歩みの決定的な瞬間、決定的な分岐点に立つことがあるかもしれません。そのような時、何が判断を分けるのか、預言者エリヤが置かれたような極限状態かもしれません。また何事もない日常のある瞬間かもしれません。そのような時、主なる神の「沈黙の声」を聞くことが出来る自分でいることが重要なのでは無いでしょうか。


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『許しの創造性』(ヨハネ福音書8:1〜11)

2018.07.29(14:32) 376

『許しの創造性』
(2018/7/29)
ヨハネによる福音書 8:1~11

姦通という罪
 今日の箇所、様々な捉え方がされます。イエスの慈悲深さを示す物語として、またイエスが持っている人という存在に対する鋭い視座を示すものとして、またファリサイ派や律法学者たちという論敵に対する見事な知恵の勝利として、など本当に様々な捉え方があります。さらに、ここに出てくる女性は、とある伝承によれば、マグダラのマリアではないか、として語られることがあります。また、そうした考え方を元にしてか、イエスを描いた映画などでも、マグダラのマリアとイエスの出会いの物語として、描かれることがありますが、聖書のテキストとしては、あくまで一つのテキストであり、一人の女性として捉えることが適切と言えるでしょう。この女性は、神殿の中、境内において、イエスの前に律法学者とファリサイ派の人々によって、連れてこられました。彼らはイエスに質問しました。今日の箇所、8章の4節5節です。
「…「先生、この女は姦通をしているときに捕まりました。こういう女は石で打ち殺せと、モーセは律法の中で命じています。ところで、あなたはどうお考えになりますか。」
 なぜ、律法学者とファリサイ派の人々は、イエスにこのような質問したのでしょうか。6節に「(イエスを)訴える口実を得るため」とありますが、この問いは、たくみな罠となっております。「姦通の罪」は、十戒の第5戒「姦淫してはならない」にも含まれており、この違反は重大なものとして、違反に対しては、テキストにあるとおり石打ちの刑とされていました。イエスの敵対者たちは、イエスがこの女性は石打ちであると答えれば、イエスに希望をかけていた「罪人」とされた民衆の期待を裏切ることになります。また「赦す」と答えれば、十戒の第五戒の戒めを破ることとなり、イエス自身も逮捕される可能性さえでてきます。このように「許すべきである」「許さないべきではない」といった、どちらの答えを答えたとしても、イエスが立ち場を失うという良く出来た質問なのです。しかし、イエスはその質問に対して、地面に何かを書くような仕草をしてから、逆に彼らに対して、ある質問を返します。今日の箇所、8章7節。(P.180)
「「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」」

なぜ石を投げられなかったのか
 このようにイエスに問われ、誰もこの女性に石を投げることが出来ず、「年長者」より順に立ち去っていった、と記されています。この女性は何らかの行動や意思表示をまったく行っておりません。しかし、この女性はイエスによって許されました。なぜ誰も、石を投げることができなかったのか?イエスに逆に質問された人々は、罪の問題を、この女性と自分の関係ではなく、神と自分と隣人との関係において、罪の問題を捉える視点をイエスの問いがもたらしたからではないでしょうか。ユダヤ人は歴史を通じて、神殿また聖所において、様々な罪を贖う儀式、罪の呪いを無化する儀式を行っていました。その中で、年に一度、自分たちが気付いていない罪を癒やすため、無化するための儀式というものがありました。イスラエル民族、ユダヤ人が知らずに犯してしまった罪を大祭司が雄山羊の頭に手を当てて移して、その山羊を荒野へ逃がす、という儀式です。いわゆるスケープゴートの語源になっている儀式です。(レビ記16章)
 知らないうちに犯したかもしれない罪。律法は、613個あると言われています。その中には、「〜してはならない」といった禁止項目もあれば、「〜した方が望ましい」といった期待される項目もあります。そうしたことも律法違反であると捉えれば、罪を犯したことのない人などいない、と言えるでしょう。また、言える人がいたら、それはそれで、と思いますが。とにかく、イエスは石を投げようとしていた人々のそうした心をくすぐったのではないでしょうか。

やまゆり園の事件から
 2年前の7月26日、神奈川県のやまゆり園で、19名の方が殺傷される事件が起こりました。加害者となった彼は、障がいを持った人、特にコミュニケーションが困難な人を「心失者」と呼び、社会に役に立たない存在、必要の無い存在、としていました。彼はある新聞社の1年前の手紙による取材や投書によって、「意思疎通がとれない人間を安楽死させるべきだと考えております」「世界には“理性と良心”とを授けられていない人間がいます」「障害者は生産性がなく生きている価値がない。そこに税金が回されている」と言った言葉を記しています。
 また最近、とある国会議員が、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスセクシャル)といった性的少数者の人を指して、「生産性がないのに、税金を投入するのには是非がある」といった内容のことを投書して、大きな批判を浴びております。この発言を聞いて感じたのは、障がい者に対しても同じ発想をするんだろうな、ということです。また、「生産性とは何を指すか」ということも課題になるでしょう。子どもを生まないという選択をした夫婦や結婚しない人はどうでしょうか。また、生産性がなければ生きる価値が低いとか、生きる価値が無いとなるとどうでしょうか。やまゆり園の加害者となった彼は、障がい者を「役に立たない」と言っていました。「生産性がない」にも繋がる表現でしょう。
 また、私は牧師になる以前、神学校に進む以前、18歳から3年間、金属加工を行う鉄工所に務めていました。あるとき、一つの機械の改造をしました。とても単純なある部品を並べる機械でした。そして完成して納品に行ったのですが、その機械によって、あるパートの女性の仕事が無くなってしまうことを知りました。機械化って基本的に、そういうことなのですが、何か、心が痛む瞬間でした。実はこの世の中、機械化が進めば進むほど、技術が進めば進むほど、モノを作る手間は減っていきます。それは生産性の上昇なのでしょうか、低下なのでしょうか。
 また、障がいを持つ人をケアする人の仕事もどうなんでしょうか。多くの高齢者施設や障がい者の施設における夜勤の現実。40名の人を夜勤では3名で見るということが当たり前という現実があります。緊急的な対応が2件でもあったら、1名で38名もの人の対応をしなければならないということが容易く起こりうる現実があります。これも、「生産性」という尺度で言ったら、無駄なこと、不必要なことと言われてしまうかもしれません。

ラルシュのエピソードから
 しかし、障がい者だからこそ、成し遂げられたこんな出来事もあります。とあるラルシュコミュニティーのリーダーから聞いた話です。1994年にアフリカのルワンダで、おおよそ1000万人の人口の5%から10%の虐殺されるという事件がありました。民族的そして政治的な対立が背景にはあります。その時の出来事です。アフリカの家族は大きくて20人か30人ぐらいいることもあります。そのようなある大きな家族の中に、自閉症の男性がいました。多くの自閉症者がそうであるように、その男児も周りの人たちの感情に、とても敏感でした。そして日常的に、家族にとっては重荷では内存在でした。
 その家族が住む村にもその人たちを殺そうという暴徒が近づいてきました。この家族はある小屋に皆で隠れました。本当に緊張した空気の中で、この人は耐えられなくなり、この小屋から表で出て走り出してしまいました。家族はその男性のことを諦めました。またその子が小屋から出て行ってしまったことによって自分たちも暴徒たちに発見され殺されると思ったそうです。そして暴徒たちがやって来ました。この自閉症の男性は、まっすぐ暴徒の司令官のところに歩いていきました。そして自分のポケットからタバコを取り出して言いました。「火を持っていますか?」その司令官は、この男性に目をやり、銃を置いて、ポケットからマッチを取り出して、火をつけてあげました。その司令官は自分の部下たちの方を向き直り「戻ろう」と言いました。

許しの創造性
 聖書のお話に戻ります。イエスとこの女性を取り囲んでいた人は誰もいなくなり、イエスとこの女性のみになり、このような言葉を彼女にかけています。(8:11)
『「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」』
 イエスは、この女性に対して、他の箇所でよく見られるように「罪を許す」とか「罪は許された」とは言っていません。「罪に定めない」と言っています。また、この女性は、様々な尺度でいって、好ましくない人、おそらくは罪人とされる人であったでしょう。そうした女性が理想的な存在となったのでしょうか。そうではないでしょう。律法という尺度でいえば、「罪人」という存在に過ぎない人だったでしょう。また、現代的にいえば、「役に立たない」人間、「生きていても意味がない」人間、そして「生産性がない」と言われてしまうような人であったのではないでしょうか。
 今日の説教題は、「許しの創造性」としました。私が感じていることですが、「許し」とは、その当人だけの問題ではない、ということです。女性の周囲にいた人々、イエスの言葉によって、この女性への許しによって、何か感じるものがあったのではないでしょうか。改めて神の存在、神の赦しとは何か、罪とは何か、ということを考えたのではないでしょうか。
 また、ルワンダにおける奇跡について紹介しました。いわゆる世の中の尺度では測ることができない力を障がい者は持っているということができるかもしれません。一般の人が持っていない力があるからこそ、だからこそ、自分たちの命を狙おうという人に敵対することなく、接することが出来たのだ、と。しかし、そうではなく、力を持っていないからこそ、生産性を持っていないからこそ、奇跡がおこったと考えることは出来ないでしょうか。ただその人をそのまま、その隣人をそのまま受け入れること、実はとても難しいことです。しかし、まったく力が無かったとしたら、どうでしょうか。目の前の人を受け入れるしかない。しかし、それは否定的なことではない、肯定されるべきことなのだ、と考えてみたらどうでしょうか。
 人は、どのような時でも、生産性とは言わないまでも、障がい、民族や思想、宗教、所属、性別、また「生産性」など様々な要素によって、人を区別しています。しかし障がいを持つ人から見れば、どうだろうか、ということを思います。障がいを持つ人は、私たちのそうした人を区別しようとする弱さを打ち破ろうとしているのかもしれません。今日の箇所における女性もそうではないでしょうか。イエスはこの罪ある女性を罪には定めませんでした。1人の人のことでありましたが、周囲にいた多くの人が、主なる神の赦しについて、罪について、改めて心に刻みつけたのではないでしょうか。「許し」とは、ただ1人のことではなく、多くの人々への救いへとつながる創造性、人と人をつなげる創造性をもっているのではないか、と感じています。


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『同じ釜の飯を食う』(ガラテヤの信徒への手紙 2:11~14)

2018.07.22(16:12) 375

『同じ釜の飯を食う』
(2018/7/22)
ガラテヤの信徒への手紙 2章 11~14節

スキャンダラスな記事
 今日、選ばせていただきました聖書の箇所は、新約聖書において「スキャンダラスな記事」とも呼ばれる箇所であります。なぜならば、キリスト教会、イエス・キリストの二大使徒が言い争い、ケンカをするという教会史的には非常に都合の悪い記事であるからです。しかし、両者の言い分、背景からはどちらにも使徒としての立派な考えの根拠があり、新約聖書の中において、とても興味深い記事の一つであります。「スキャンダラスな記事」という表現をしましたが、二人とも使徒ですから、その二人が言い争うというのは、「不祥事」とも言えることかもしれません。しかし、そこに彼らの信仰、教会に対する思いがあるからであります。特にパウロの人となりは、彼が残した手紙に記されていますが、ペトロについては、福音書と使徒言行録、そして今日の記事など数限られたものしかありません。しかし、出来る限りの範囲でパウロとペトロの歩みと思いについて探ってみたい、と思います。

パウロの歩み
 パウロの道から辿ってみたいと思います。パウロはおそらくイエスと同年代もしくは若干若い位の年代でしょう。ペトロも似たような世代であったと思われます。パウロは最初、ファリサイ派の優秀な教師と言っても良いような存在でした。そんなファリサイ派の青年が、回心して、イエスをキリスト(救い主)として宣べ伝える宣教者となりました。最初の彼の活動地はアンティオキアであり、彼は宣教生活の前半、使徒としての生活の大半を、そこで過ごしました。そしてペトロとの言い争いが起こったのも、この地でありました。またその都市は、歴史的に言って、初めて「キリスト者」という言葉が生まれた場所であります。(使徒11:26)
 またパウロの活動の最初期にはバルナバという同労者がいました。おそらく最初はパウロの指導者であったバルナバも、このアンティオキアで働いておりました。しかし、ペトロとの言い争いの結果、パウロはこのバルナバとの考え方が違う、ということを、思い知らされ、それからは行動を別にしたようです。
そしてこのことをきっかけにしてか、パウロは、アンティオキア教会を離れて、小アジア(現在のトルコ)、バルカン半島(現在のギリシャ)へと宣教の旅を進めるようになり、結果的に、多くの教会を生み出すこと、また、わたしたちの目に触れている新約聖書に収められた多くの文書を残すことになりました。ですから、この箇所に記されているペトロとの言い争いは、結果的には、新しいキリスト者や教会を生み出す要因になったとも言えるのです。

ペトロの歩み
 そして一方のペトロのことについて触れてみたいと思います。ペトロはイエスの一番弟子でガリラヤ出身の漁師でした。そして、イエスに従って、エルサレムへと登る道を共に歩みました。最後には、イエスを裏切り、逃げ出してしまいましたが、イエスの十字架刑と復活の後に生まれたエルサレム教会のリーダーとして活躍しました。しかし、何年か後、ペトロはエルサレム教会を離れて、ユダヤ人の住む地域のみならず、異邦人の教会をも訪ね歩きました。
 実はペトロという人は、イエスの一番弟子という立場のわりに、実際の人柄が見えにくい人であります。また使徒言行録には、彼が鮮やかに、はればれしく活躍する姿が描かれております。さらに、ペトロがローマにおいて、皇帝ネロの手によって、逆さ十字にかけられ殉教した、とされていますが、どれも。彼の死後、何十年(40~50年)も経ってから、記されたものであり、誇張や美化もあると考えられます。そしてローマ・カトリック教会において、初代教皇はペトロとされております。そして、その殉教の地としてのローマに、ペトロの名を冠した「サン・ピエトロ寺院」が建てられました。が、実際に、ローマの寺院に行ってみますと、ペトロとパウロの両者が同等に扱われているような石像などの飾られ方がされております。
 今日の箇所に登場するペトロは、すでにエルサレム教会のリーダーではなくなっており、イエスの兄弟(弟)であったヤコブという人がリーダーとなっていました。何故、ペトロからヤコブへリーダーが変わったのでしょうか。ここにはエルサレム教会が抱えていた特有の問題が背景にあります。当時のエルサレムは、ユダヤ人のローマに対する不満、またユダヤ人同士の不信感にあふれておりました。エルサレム教会の人々はユダヤ人ではありましたが、ほとんどがイエスに従ってきたガリラヤ出身の人々だった、と思われます。

エルサレム教会の状況
 エルサレム、そしてエルサレム教会がどのような状況であったのか、触れてみます。当時のエルサレムは、厳しいローマの圧政によりユダヤ人の側では、反ローマ感情が高まっていました。そうした感情を基盤にして、ユダヤ教への狂信的なこだわりが広がり、同時に反ローマ感情と合いさった異邦人嫌悪が広がっておりました。そして、そうした意識が、エルサレムの住民とガリラヤの人々、そして異邦人たちが共存していたエルサレム教会にもおよんでいました。
 使徒言行録には、7章にステファノの殉教と、それに伴う異邦人キリスト者たちがエルサレムから去っていった記事があります。この記事は、そうした雰囲気の表れとして読むことが出来ます。イエスの弟ヤコブはどのような人であったか知ることはできません。しかしガリラヤ出身であったペトロがエルサレム教会を去ったことには、こうした背景が少なからず影響していたでしょうし、その代わりにリーダーとなったからには、それなりに教会外のユダヤ人からは納得の出来る人選であったでしょう。そして同時に、ヤコブとしては、エルサレム教会が守るため、エルサレム教会をつぶさないためには、ユダヤ人的な価値観を重んじる形で率いていかなければならない、とても強く考えていたでしょう。
 そして、そうした雰囲気は、パウロの手紙の中にも現れています。ローマ書15章26〜32節。
『15:26 マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。15:27 彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。15:28 それで、わたしはこのことを済ませてから、つまり、募金の成果を確実に手渡した後、あなたがたのところを経てイスパニアに行きます。15:29 そのときには、キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。 15:30 兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストによって、また、“霊”が与えてくださる愛によってお願いします。どうか、わたしのために、わたしと一緒に神に熱心に祈ってください、15:31 わたしがユダヤにいる不信の者たちから守られ、エルサレムに対するわたしの奉仕が聖なる者たちに歓迎されるように、15:32 こうして、神の御心によって喜びのうちにそちらへ行き、あなたがたのもとで憩うことができるように。』
 エルサレム教会に献金を受け取ってもらえるかどうか、また更につかまってしまうのではないか、逮捕されるのではないか、という危険を心配しています。エルサレム教会としては、パウロの献金を受け取ること、またパウロの訪問を受けることは、異邦人の仲間だと見られることになり、教会全体の危機をもたらす可能性があることでした。また一方のパウロの側としても、逮捕される恐れのある行動であり、エルサレムへの訪問したパウロは、このエルサレム訪問により、異教を伝道する治安を乱す存在として逮捕され、ローマへ護送され、最終的には、処刑されてしまいます。

ペトロとパウロの衝突
 今日の箇所の話に戻ります。ペトロはアンティオキア教会にパウロと共にいたとき、エルサレムを離れて、ペトロは妻を連れ(1K9:5)、方々の教会を訪ねたようです。そしてアンティオキア教会で食事を囲んでいたことに起こった出来事について記されております。そして、事柄の重大性からアンティオキア事件という言い方をしたりもします。
 ガラテヤ書2章12~13節をお読みします。(P.344)
『2:12 なぜなら、ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです。 2:13 そして、ほかのユダヤ人も、ケファと一緒にこのような心にもないことを行い、バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。』
 「ヤコブのもとからある人々」と記されておりますが、エルサレム教会のリーダーであるヤコブの信奉者、補助者みたいな人たちでしょう。ペトロは、異邦人とも一緒にアンティオキア教会の中で、食事をしていたのに、その彼らが来ると席を立ってしまったのでしょう。おそらくペトロとしてユダヤ人教会では、ユダヤ人と食事をし、また異邦人教会では異邦人と食事をしていたのでしょう。ある意味でその場所にいる人々と食事をするのは当たり前のことですから、不思議なことではありません。
 しかし、エルサレム教会において、律法のタブーを破ることは教会全体を危険に陥れさせるような行為であり、とても受け入れられるものではありません。エルサレム教会のことが当然頭をよぎり、「エルサレム教会を危機に陥れるのか」と批判されるかもしれない、と、ペトロは身を引いてしまったのでしょう。
そして、アンティオキア教会においては、おそらくそれ以後、別々に食事をすることになってしまったのでしょう。なぜなら、パウロが激怒するほどの出来事であり、パウロが離れる原因にもなったこと。さらに、第一の使徒ペトロの行いです。その影響はかなり大きかったのではないでしょうか。

パウロの思い
 14節の言葉をお読みします。
『2:14 しかし、わたしは、彼らが福音の真理にのっとってまっすぐ歩いていないのを見たとき、皆の前でケファに向かってこう言いました。「あなたはユダヤ人でありながら、ユダヤ人らしい生き方をしないで、異邦人のように生活しているのに、どうして異邦人にユダヤ人のように生活することを強要するのですか。」』
 とても強い否定の言葉です。パウロはペトロが食事の席から身を引いたことを「ユダヤ人らしい生き方」こと、「ユダヤ人のように生活すること」として怒っています。パウロにとってイエス・キリストが示して下さった「福音」とは人種によって人と人が差別されるもの、分けられるものではありません。ガラテヤの信徒への手紙3章28節をお読みします。(P.347)
「ユダヤ人であろうと異邦人であろうと、自由人でも奴隷でも、女でも男でもなく、キリスト・イエスにおいて一つである」
 キリスト教会の中において、キリスト者は「一つ」でなければならないもの、「キリストの体」であり、「いろいろな違いがあっても」「一つ」の存在です。ですから、その教会の「一致」を乱すようなペトロの行為は、とても許せなかったのでしょう。

同じ釜の飯を食う
 今日の箇所は教会の一致、共同性と特殊性、そして聖餐式におけるテーマの一つとして考えることが出来ます。パウロの手紙の一つ、第一コリント書は、式文として引用されている箇所が多いものです。その中にこのような箇所があります。1コリント書11章27節から29節。(P.315)
「従って、ふさわしくないままで主のパンを食べたり、その杯を飲んだりする者は、主の体と血に対して罪を犯すことになります。だれでも、自分をよく確かめたうえで、そのパンを食べ、その杯から飲むべきです。主の体のことをわきまえずに飲み食いする者は、自分自身に対する裁きを飲み食いしているのです。」
 「ふさわしくないままで」とありますが、洗礼を受けているか受けていないか、という形で聖餐式式文では引用されています。しかし、聖書テキストの文脈によれば、パウロの思いに基づけば、同じ教会の中で、身分的差別があること、お腹を空かせている人がいたり、満腹している人がいたりするのは間違っているという思いなのです。今日の箇所におけるパウロの思いも根底的には通じる思いでしょう。
 教会の中において、今日のパウロやペトロのような立場の違いがあったときにどうするでしょうか?このことは、聖餐式にとどまらず、多くのことに当てはまるのではないでしょうか。教会にはいろいろな人がおり、誰もが同じ考えを持っているわけがありません。そうしたときにどうするか?何を目指していくか?ということを今日の箇所から考えることが出来る、と思います。民族にしろ、性別にしろ、文化にしろ、考え方にしろ、様々な違いがあるとき、すべてが別れてしまっていたとしたら、それは教会と言えるだろうか。これはパウロの思いです。比較対照的にいって理想主義的な福音主義と言えます。
 また、教会にとって、共に食卓を守ることはイエスも大切にしていたことだけれども、何か違う要因があって、それがその人たちの存在を脅かすことであったら、いたしかたないのではないか。これがペトロの思いです。柔軟な現実的な福音主義と言えます。

その後のペトロとパウロ
 どちらも批判できるようなことではないでしょう。不幸なことながら、ペトロとパウロは、この出来事によって、袂を分かちましたが、先に触れましたように、このことによってパウロは広く異邦人伝道への道をより積極的に歩むようになりました。ペトロのその後の歩みを知ることは出来ませんが、同じような歩みを歩んだのではないか、と考えられます。結果的に、ローマ帝国内の多くの都市に異邦人教会の種を蒔きました。そして両者ともローマで処刑されたと伝えられています。また、紀元後66年に勃発したユダヤ戦争によって、エルサレムは崩壊し、エルサレム教会も同じ運命を歩んだでしょう。
 使徒言行録には、そのような政治状況における個々の教会の歩みへの影響を積極的なものとして描こうとしていますが、当時のキリスト者の人々は、危機と混乱の中で、教会の歴史を紡いでいったのでしょう。考えてみたら、本当に不思議な形でキリスト教の歴史は繋がっているのだな、と感じます。ペトロとパウロの思い、私たちはどちらに立つのでしょうか。なかなか選ぶことはできないと思います。実はそうした葛藤自体、結論が出ないようなことを考え続けること、が大切なことではないか。結論を急がずに課題に向き合い続けることが、パウロやペトロが歴史を紡いだ教会がなすべきことでは無いか、と思います。

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周縁自体


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『神の支配は小さな群れから』(ルカ福音書9:10〜17)

2018.07.17(10:07) 374

『神の支配は小さな群れから』
(2018/7/15)
ルカによる福音書 9:10~17

イエスと弟子たちの活動
 よく知られている奇跡物語であります。しかし、その解釈において、その受け取り方においては、非常に幅広い物語と言えるのでは無いでしょうか。イエスの奇跡の力に注目する人、その人数、増えたパンと魚の数に注目する人々もいるでしょう。また、この奇跡物語には何らかの小さな出来事が、様々な人々が口伝え、口伝で伝えることによって、大きくなった、として、そうした要素を省いた、原点にある歴史的事実はどのようなものなのか、また、この逸話を伝えた人々の信仰について思いを寄せる読み方もあるでしょう。
 福音書における礼拝説教を考えるとき、だいたいこのぐらいのことを考えながら、いろいろと話を組み立てています。また、そうした作業について、神学校においては、「コンテキストを読む」とか「コンテキストを読み解く」、という言い方をしたりします。「コンテキスト」とは、英語の辞書で引いてみますと、「背景、状況、環境」さらに「文脈、脈絡」という訳語が出てきます。また、その上で、聖書学において、何がコンテキストか、と言えば、福音書にしても、他の諸文書にしても、この文章を記した人や伝えた人の背景や、状況、環境に重きをおいてみて、文章の本義を理解しようとする、近づこうとするということになるでしょう。
 そして更に、私が学んだ神学校において、よく言われたことは、読み手である自分自身にもコンテキストがある、ということであります。自分自身が、聖書という書物を手に取り、その中にある文章、その中にあるメッセージ、指針に触れるとき、それを受けとるにしても、やはり自分なりの受け取り方しかできない。それは、というのは、人それぞれ、その人なりのコンテキストがあって、そのフィルターというか、鍵を通して、メッセージを受け取っている、ということになるでしょう。

ルカにおけるイエスと神の国
 ルカ福音書において、イエスは神の子として、キリストとしてのあり方が強調されます。昔、講談社から『福音書のイエス・キリスト』というシリーズがありました。現在は教団出版局から再版されていますが、五冊で福音書を扱っていまして、マタイ福音書は「旧約の完成者イエス」、マルコは「十字架への道イエス」、ルカは「旅空に歩むイエス」、ヨハネは「世の光イエス」、そしてトマスによる福音書も含まれていまして「隠されたイエス」となっていました。これらの題名、非常にそれぞれの特徴がよく現れていて、比較する時に使わせてもらっているのですが、ルカ福音書におけるイエスは、ガリラヤからエルサレムへの旅をしたキリスト、救い主として、「順序正しく(整理して)」記すことを目的にして、書かれています。
 そして、整理するというと、どういう形になるのか、と言えば、内容的に重なっているものなどは、省かれてしまいます。今日の箇所は、五千人の共食ですが、マルコ福音書には、四千人の共食という記事もあります。しかし、ルカ福音書では、四千人の共食の方は削られてしまっています。また聖書学の世界では、マルコ福音書を元にして、ルカ福音書もマタイ福音書も記されています。、ルカもマルコの順序に従って、間にルカの特殊資料なども入ります。しかし、大きく削られている箇所もあります。ある注解には、この部分をルカにおける「大滑落」というそうですが、マルコにおける6章45節から8章26節にあたる部分を省略してあるそうなのです。何故かと言えば、他の箇所の内容と重なっていたから、と考えられるそうです。

弟子たちの意識
 今日の舞台はベトサイダとなっていますが、ルカによる編集によるモノと思われます。ベトサイダという町の中の話であれば、集まってきた群衆に、食糧を得るために帰れという必要は無いはずだからです。そして、イエスは集まってきた人々に対して、神の国のお話を始めています。これもルカによる編集ですが、ルカは、イエスを神の国の宣教者として、描きたかったということとパンと魚が増えて、皆が満腹したという奇跡の根底には、ルカの神の国への思いがあるものと考えられます。イエスのお話が続いていましたが、夕方になって、日が傾いてきたので、弟子たちが言います。9章12節をお読みします。
「日が傾きかけたので、十二人はそばに来てイエスに言った。「群衆を解散させてください。そうすれば、周りの村や里へ行って宿をとり、食べ物を見つけるでしょう。わたしたちはこんな人里離れた所にいるのです。」」
 面白い点として、十二人全員で、イエスに指摘したのでしょうか?ちょっと違和感を持つ描写といえます。そして、こうした妙な表現には何らかの意図があると受けとることが出来るでしょう。

五千人と五十人の違い
 その後、イエスは弟子たちに「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。」と良い、五千人もの人々を五十人ずつに分けて座られ、手元にあった五つのパンと二匹の魚を神に祈って、裂いて、分けました。すると、5000人もの人々が満腹したというのです。まさに、あり得ない話です。どんなに小食の人が集まったとしてもせいぜい5人の人が満腹するぐらいの食料なわけであります。しかし、次のように考えてみますと本来起こらないような奇蹟が起こったと言えるのではないかなと思います。9章14節をお読みします。
「というのは、男が五千人ほどいたからである。イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。」
 イエスが手に持ったパンと魚が、手品師が物を増やすように増えたのでしょうか。もしくはパンと魚が細胞分裂のように分かれ始めたのでしょうか。そんなことが起こったら、まさしく奇蹟と言えます。14節にありますように、集まった人々は「五十人ぐらいずつ」の組で腰を下ろしたとあります。ちなみに、マルコですと「100人、50人ずつまとまって腰を下ろ」し、イエスが裂いたパンと魚を受け取りました。
五千人が、五十人ずつの組に分けられたとしたら、百組のグループが車座になって座っていたのでしょう。そして、それぞれの場所に座っている人たち、悩んだと思います。五つのパンと二匹の魚で100個のグループに均等に分けられたとします。ひとかけらに過ぎないでしょう。考えてみますと、5つのパンと2匹の魚を5000に分けることは難しいかもしれませんが、100キレぐらいだったら、分けられるのでは無いでしょうか。まあ、それでもとてもわずかな量でしかなく、ほんの一欠片ずつ、パンと魚が分けられた。小さな欠片でしょう。みんなが満腹するなどあり得ません。しかし、ここで、ある奇蹟が起こったと考えることはできないでしょうか。
 グループのひとりの人が懷から自分のためだけに隠してあったパンを出して、「みんなで食べよう」と言い出した。当時の生活習慣において、お弁当代わりにパンを懐に入れて持ち歩くということがあったそうです。が、食糧事情の苦しい状況の中では、誰も自らの食べ物を誰かの分けようとなどとは思わないでしょう。しかし、そうしたことが、イエスが、パンと魚を裂いて、分け与えたことによって、起こったのではないでしょうか。そのようにして一つのグループで、食事が始まりました。するとそれを隣で見ていたある人も自分が持っていたパンを出してみんなで分け合い食べ出しました。そして、そういったことが全グループに広がっていったのではないでしょうか。ある人は自分たちのグループで残ったパンや魚を隣にグループの人に分けたでしょう。また、ある人はそうして分け合ったパンや魚をまた足りなさそうなグループに持っていったりしたでしょう。

教会のモデル、宣教のモデルとして
 弟子たちは、この出来事をどのように受け取ったでしょうか?また、私たちはこの物語をどのように受け取るべきでしょうか?この物語を、宣教のモデルとして捉えることは出来ないでしょうか?食事の後、最終的に、残ったパン屑を集めてみたら、12籠にもなったとあります。十二弟子と同じ数、イエスがこの世を去った後、教会の歴史を紡いだのは、弟子たちです。
 つまりこの数、この物語は、教会のモデルを示していると考えることが出来ます。1人1人、大きなこととして、大きな世界のこととして、神の国の宣教、神の支配の実現を目指したとき、とてもできるわけがない、と思うかもしれません。しかし、その世界の100分の1の範囲、100分の1の人間の関係であったら、できるかもしれない。そして、そうしたグループ、群れが数多く集まるのなら。とても無理と思うことも可能になるかもしれない。また、これらのモデルは、各地の立つ教会、各地の存在するキリスト者の群れを思わせます。
 
自らの立たされている場において
 また最初に、コンテキストという話をしました。コンテキストの違いは、私たちが所属する場所の違いでもあり、与えられている立場の違いとも言えるかもしれません。興味や課題は共有できないかもしれませんが、広い意味において、同じ教会と言えるかもしれない。また、現代的な課題に引き寄せて考えてみることも出来ます。平和の問題、いきなり5000名、世界の平和のこととして、考えてしまうと難しいかもしれませんが、その50分の1、100分の1の人数から考えてみる。国よりは、県や市、さらに小さい町のレベルで、平和を考えてみる。また、格差の問題でもそうかもしれません。身近な問題として考えてみる。自分たちの足下にある格差や貧困の問題。自らの立っている場所から考えてみる。
 弟子たちは、自らがパンを持っていないことに捕らわれていました。宣教とは、どこかに出かけていくところ、また何かをしてあげること、と考えていたのではないでしょうか。ですから、分け与えるものが無い、食べ物がない、からできない、何もできないと。今日の物語は、自らの持ち物は、わずかであるかもしれないけれども、持っている物を分け合うこと、そうした姿勢をイエスは求めていたのではないでしょうか。そして、それは私たち今を生きるキリスト者においても、求められている姿勢ではないでしょうか?この五つのパンと二匹の魚の逸話において、奇蹟はどこに起こったのでしょうか?パンと魚にでもなく、一人一人の心の中でもなく、人と人の関係に奇跡がおこったのだ、と言えないでしょうか。そして、それこそがイエスが求めた「神の国」「神の支配」の実現の形と言えるのではないでしょうか。

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