FC2ブログ

タイトル画像

『放り出された石の上に』(ルカ福音書20:9ー19)

2019.04.16(20:24) 389

『放り出された石の上に』
(2019/4/7)
ルカによる福音書 20:9〜19

仕事の中で感じること
 障がい者福祉の仕事をしていますが、その日々の中で、本当に様々な障がいのあり方があり、彼ら、彼女らを理解するには、それなりの知識や根気というものが必要かな、と言うことが出来ますが、もう一つ大事なことは、その人と共にいる、ということ、この人も自分の隣人なんだ、という思いであります。そして、もう一つ、考えさせられることは自分の生活というものが、以下にスムーズであるか、ということであります。
 自分たちの生活が以下に順調に進んでいて、障がいを持ったメンバーと共に生きる、ということは、否定的な言葉を使えば、とても「めんどくさい」こと、とても「じれったい」もので、自分自身がそのことにイライラしてしまうことがあります。しかし、そうした日々の中において、キリスト教風な言葉を使えば、人と「共に生きる」こと、人の「隣人になる」ことを、課題として与えられているように思います。,
 いかに自分1人の生活が、スムーズで簡単なことなのか。高齢者への介護でも同じですが、介護や介助の世界では、3大要素として、食事、トイレ、入浴が挙げられます。自分1人で済ませれば、それぞれ10分とか15分で済むことであっても、その2倍もしくは4倍もの時間がかかったりする。また、人間関係のめんどくささもある。人の多くの悩みは、人間関係だ、ということもできますが、まずメンバーとの人間関係があります。そして、それが一対一だったり、1日中、最高で連続24時間ということもあります。肉体的にも、なかなか辛いものがありますが、精神的に重くなってしまうこともあります。

分かち合い
 そういったことの対処というわけではないですが、たんぽぽでは、「わかちあい」という時間を持つようにしています。2人とかそれ以上の人で、皆で自分の悩みとか一日を振り返って、苦しかったこととか悲しかったこと、などを語り合う時間を持つことになっています。わたしたちの会社たんぽぽでも、会議の最初などに持つようにしています。だいたい、沈黙に始まって、沈黙に終わるのですが、団体によっては、キリスト教の祈りを文字通りする団体もありますが、たんぽぽでは時に何も定めていません。仏教徒や無宗教の人もいます。ですから、沈黙にはじまって沈黙に終わるというパターンになっています。
 「分かち合い」という時間、ただ単にお互いの日常の思いを言い合うというだけではなく、ただ単に報告というだけではなく、自分の気持ちを語る、ということを大事にしています。そうすると、どういうことが起こるか、と言えば、職員同士関係が悪かったこと、なんであんなことを?」と言ったことがあったとします。しかし実は、知らなかったけど、体のどこかが痛くて、とか、調子が悪くて、おろそかになってしまったことがある、とか、冷たい態度を取ってしまった、とか。また、そのように互いに、自らの痛みや悩みを聴き合うことによって癒やされ、また新しい力を得ていくことが出来ることもあります。「あー、自分だけではなかったんだ」「あー、そんな痛みを持っていたんだ」、と。「分かち合い」を契機にして、新しい人間関係を築くことになる、和解に至るとか、そんな場になっていくのです。ちょっと深い形で人を見つめることで、敵対関係ではなく、味方になっていく。そして、それでもダメであったら、さらに深くということかもしれません。
 この「分かち合い」、もともとは、ラルシュというフランスから始まった知的障がいや精神障がい者の方々と共に生きるコミュニティーから始まっています。障がいの影響か、コミュニケーションを取るのが、難しい人であっても、時間をかけて、じっくり耳を傾けること、目や表情、また体の他の部分で言葉、意志を読み取ろうとする。いわゆる健常者であっても、そうした時間によってだからこそ、伝えることができること、受け取ることができることがあるということでしょう。

「神の僕」と「神の息子」
 今日、私たちに与えられた聖書の箇所は、ルカによる福音書20章9節から19節、「『ぶどう園と農夫』のたとえ」という小見出しがついている箇所です。ぶどう園の管理を主人が農夫たちに任せていた。そして、収穫期になったので、収穫物を得ようとして、ぶどう園の主人は、何度も僕を使わしたけれども、農夫たちは、その僕たちを、袋だたきにしたり、追いかえし、また放り出してしまったりした、と。
 そして最後には、主人の息子を送ったけれども、放り出して殺してしまった、と。一般的なたとえの読み解き方とすれば、ぶどう園のこの世のことであり、主人とは神さま、そして僕たちというのは神の使いや預言者たち、農夫たちは神さまに従わない人間たち、そして、主人の息子とはイエスさまのことであり、イエスの受難物語、十字架への道、ユダヤ人の支配者であった大祭司やローマ帝国、イエスを死刑にしろと叫んだユダヤ人たちが農夫である、と捉えるのが一般的な読み方ではないでしょうか。しかし本当に、そのような捉え方、読み方だけで良いのだろうか、という思いを最近、持つようになりました。

農夫は私たちかもしれない、という思い
 イエスは、こんな言葉を語っています。ルカ福音書25章45節。
「『はっきり言っておく。この最も小さい者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったことなのである。』」(マタイ25:45/〔見失った羊のたとえ〕)
 また、「見失った羊のたとえ」においても、少数の者、望まれないような存在への思いやりを進めている、と言えるでしょう。「子供」にしても、「小さい者」にしても、いわゆる一人前には至らない存在ということができます。この世においても、それは代わらないでしょう。最近、よく感じることがあります。それは、ずいぶんと競争が重んじられる社会になってしまっているという思いです。
 ずいぶんとスピードや効率が求められてします。わたしは、名古屋市に住んでいますが、新幹線になって仕事へ行くことがあります。なかなか便利だなあ、と思う反面、こんなに忙しくしなくて良いか、っと思うことがあります。例えば、新幹線車内で、Wifiっていうインターネットの電波があるかどうか、コンセントがあるかどうか、で一喜一憂しました。また更に、リニアモーターカーもできる。とっても便利だ!っと。しかし、そんなに仕事しないと行けないか、と思い直したことがありました。それは、日曜日の朝一の新幹線、自由席で、ガーッと寝てるんですけど、新幹線の切符を手に握ってるんですよね。そして、それを当たり前のように、車掌さんが検札していきました。自分もどうだろうか、ずいぶんと余裕の無い生活しているなあ、っと思い直して、今は新幹線の中では、ぼーっとしたり、本を読んだり、仕事をしないようにしています。また、そういえば、「忙しい」という漢字は、心を亡くす、と書くよなぁっとか。
 そうした早さばかりを追い求める価値観の中で、障がいを持つ人たちの存在をどのように捉えるだろうか、ということ。自分の思いとを重ね合わせることで、自分もこの農夫たちのように、「小さくされた者」「弱き存在」を、邪魔だと思っていないだろうか。そして、さらに言えば、そうした障がい者の弱さとは、人であれば誰もが持つ「弱さ」のはずです。そうした弱さを否定すること、神の使いを否定することは、自分自身を否定することに繋がるのではないでしょうか。

「神の子」と共に生きるために
 障がい者と共に生きること、聖書的には、「小さい者」「小さくされた者」でしょうか。そのような人々と共に生きてみる、生活してみると、自分自身の中にある強さに対する求めや弱さや小ささに対する恐れみたいなものが顔を出すように思うのです。しかし、考えてみますと、そうした「小さき者」や「子どもたち」を大切にできないことは、自分自身を大切にしていないことの徴、証拠かもしれない、と思うようになりました。
 例えば、私たちは誰でも年を取ります。いつか、ほとんどの人が、誰かの介護を受けることになるでしょう。そうなったとき、高齢者のペースに合わせてくれない介助者に当たったらどうでしょうか?けっこう辛いと思います。何かするにしても、現役時代と同じように評価されてしまう。そんな場、時があったとしたら、苦痛でしか無いでしょう。そうした意味でいえば、効率やスピードばかり求めるあり方は、人という存在、人の本質に関わる弱さを否定することにつながっているのではないでしょうか。
 農夫は、なぜ主人の僕そして息子を殺してしまったのでしょうか。それは、漠然とした不安感からでは無いか、と思います。そして自らを自らで支配しようとした、支配できると思ってしまった。自ら、ぶどう園を管理しているうちに、自分のものになったような錯覚に陥った。そして、ぶどう園をただ単純に奪われると感じてしまった。主人である存在に信頼を寄せることが出来なかった。そして、さらに神の僕という隣人も信頼できなくなってしまっていた。このたとえは、人が持つ漠然とした不安感が神への信頼を失わせてしまうこと。そして、そうした不安感が、さらには神の僕に限らない隣人、そして守られるべき、「小さき者」「子どもたち」をも殺してしまうかもしれない、さらには自分自身をも殺してしまうかもしれない人のありようを示しているのではないでしょうか。

放り出された石の上に
 今日の箇所ルカ福音書20章17節18節をお読みします。
「「それでは、こう書いてあるのは、何の意味か。『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。』 20:18 その石の上に落ちる者はだれでも打ち砕かれ、その石がだれかの上に落ちれば、その人は押しつぶされてしまう。」」
 この石とは、イエス・キリストのことを指しています。イエスは、十字架への道を歩み、十字架上の死を遂げました。イエスの死は、人としての死であり、人としての弱さや痛みの象徴とも言えるでしょう。その人としての弱さや痛みの上に教会、キリスト教は立っている、と言えるのではないでしょうか。そして、そうした人の弱さに目を向けないことは、自分自身を否定することに繋がるのではないでしょうか。
 主イエスは、私たちの罪のために十字架上の死を遂げました。人の罪とは何か、神に委ねると言うことを忘れて、神の使いを殺してしまうような弱さではないでしょうか。ぶどう園の農夫たちは、主なる神の支配に信頼を寄せることができず、神の僕、神の子をないがしろにしてしまいました。受難節というこの時期、イエスが弱さをもつ人として十字架屁の道を歩んだことに思いを寄せると同時に、自らの弱さに今一度、心を向けることが求められているのではないでしょうか。新しい一週間、イエスという犠牲の上に、十字架という象徴の上に、キリスト教が立っていることを覚えて、歩んでいきましょう。

1904071.png 1904072.png



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


スポンサーサイト

周縁自体


タイトル画像

『ユダヤ人とサマリア人の境界線』(ルカ福音書9:51〜56)

2019.03.17(22:16) 388

『ユダヤ人とサマリア人の境界線』
(2019/3/17)
ルカによる福音書  9:51~56

ユダヤ人にとってのサマリア人
 ユダヤ人にとってのサマリア人は、どのような存在だったのでしょうか。なぜ、新約聖書において知ることができますが、ユダヤ人たちから嫌われていたのか。それには、歴史的な背景があります。一つ目の要素としては、ダビデ王朝の終わり、ソロモン王が亡くなった後、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂します。分裂したのが、紀元前922年です。その後、北王国と南王国で関係が良かった時代もあり、戦争状態の時代もありました。
 そして紀元前722年に、ちょうど200年後、北イスラエル王国は、アッシリア帝国に滅ぼされます。アッシリア帝国は、支配した地域、民族に対して、まず強制的に移住させて、雑婚させるという強制移住雑婚政策を行いました。ようするにそれぞれの民族や地域が持つアイデンティティや宗教性を薄めることによって、支配しやすくするって政策です。ようするに、すべての人々をアッシリア帝国人にしようとする政策でした。そして、こうした政策の結果、ユダヤ人から見て、サマリア人とは、ユダヤ人からすれば、汚れた血統の民族という扱いを受けることになりました。

サマリア人にとってのユダヤ人
 そして、ユダヤ人の話に移ります。北イスラエル王国が滅びてから、およその150年後の紀元前586年、南ユダ王国は、バビロニア帝国に滅ぼされてしまいます。バビロニア帝国はアッシリア帝国も滅ぼしてしまっているのですが、バビロニア帝国は支配した地域の支配階級を首都バビロンへ強制移住させる政策を行いました。いわゆるバビロン捕囚と言われるもので、おおよそ10,000人と考えられて、エルサレムのほとんどの人々が連れ去れてしまったと考えられます。そして、連れ去れた後のエルサレムは、神殿も破壊され、廃墟となってしまいました。
 そして、その後、オリエント世界の盟主は、アッシリア、バビロニアと変わってきましたが、ペルシア帝国という帝国が、全地域を支配することとなりました。そして、どのようなことが起こったか、バビロンに移住させられていた多くの民族に対して、紀元前538年、キョロスの勅令と言いますが、自らの故郷、地域に帰るように解放令が発令されます。そのことによって、バビロンに居住していた多くのユダヤ人がエルサレムへの帰還を目指すことになります。そのことによって、またエルサレムがユダヤ人の首都となり、解放令から、18年後の紀元前520年に神殿が再建されるのですが、道のりは大変なものでした。
 なぜ、大変だったのか?一つは、解放されたとはいえ、バビロンでの生活になれてしまい、エルサレムに帰ろうという気持ちになる人が少なかったということです。世界第一の都市での生活をすてて、わざわざ何百キロも離れた廃墟へ行き、町と神殿を再建しようという困難な計画に、ユダヤ人としてのアイデンティティに関わることとは言え、多くの人が挫折してしまったみたいなのです。そして、残ったユダヤ人たちによって、バビロニア・タルムードという優れたタルムードができあがります。
 そしてもう一方のエルサレムへ帰還し、神殿を再建しようとした人々には、思わぬ困難がもう一つありました。それは、サマリア人の存在でした。一つは、こんなことがありました。もともとは同じ民族、同じ神を信じている兄弟のような民族ですから、サマリア人は、神殿の再建の支援をしましょうか、とユダヤ人に呼びかけました。しかし、サマリア人は純粋なイスラエルの血統ではない、という理由でその支援を断ってしまいました。そして、もう一つ、政治的な事情がありました。ペルシア帝国は、領内を20ぐらいの行政区に分け、総督をおいて支配していました。そして当時、エルサレムがある地域の総督は北イスラエルにルーツをもつ人、つまりサマリア人だったわけです。その立場から考えてみますと、ユダヤ人のエルサレム帰還はペルシア王公認の事業です。ですから、ユダヤ人の帰還が上手くいった場合、自分の領地が減ってしまうということで、あまり協力しなかった、またむしろ邪魔をしたらしいのですね。
 そうしたことからユダヤ人はサマリア人を憎むようになった。そして、サマリア人の方としては、イエスの時代に至るまでに、ユダヤ人が強くなって、ユダヤ人がサマリア人を支配して、サマリア人の神殿を破壊してしまったりする、など。このように、歴史的にいろいろな事情があって、ユダヤ人とサマリア人は憎み合うようになってしまったのです。

キリスト教信仰にとってのエルサレム
 今日の聖書の箇所において、エルサレムに行く決意をもったイエスは、サマリア人の村へと立ち寄ります。エルサレムへ向かうにあたって、カファルナウムを中心としてガリラヤ地域からエルサレムへ向かうとなれば、ヨルダン川の西側を通りますので、サマリア地域を通るのは、自然なことです。しかし、サマリアの人は、イエスのことをないがしろにします。その理由については、何もしるされていませんが、弟子たちは憤慨して、言います。9章54節。
「9:54 弟子のヤコブとヨハネはそれを見て、「主よ、お望みなら、天から火を降らせて、彼らを焼き滅ぼしましょうか」と言った。」
 これは、旧約聖書に記されているエリヤに関する物語に重なっています。ようするに、異教徒に対する裁きを重ねているわけです。しかし、イエスはその2人を戒めます。なぜかは記されていません。しかし、ルカの福音書の文脈でいえば、11章には、『善きサマリア人の例え』があり、宗教性や倫理性は民族によらない、という考え方をイエスはしていた、と言いたかったのでしょう。

『金子文子と朴烈』から
 先日、『金子文子と朴烈(パクヨル)』という映画を見てきました。大正時代、1923年に起こった関東大震災時に起こった朝鮮人虐殺の混乱によって戒厳令で出されました。時の政府は、この混乱時に反乱が起こってならないとして、多くの民主運動活動家やアナーキストが虐殺されました。そして、金子文子と朴烈もそうした人々と同列に扱われることが多いのですが、彼らは皇太子を暗殺しようとしたという嫌疑をかけられ、有罪判決を受け、金子文子が獄死、朴烈(パクヨル)は、無期懲役刑を言い渡されますが、戦後、釈放される、という運命を歩みました。
 その映画自体、とても興味深いものだったのですが、まず韓国映画であったということ。しかし、映画のほとんどは日本語での会話で締められています。そして描かれる内容として、厳しい天皇制批判もあり、日本での映画化は難しいだろうな、と感じました。また、全編において、非常に政治的な空気というものを感じず、とても明るいということでした。そこから政治的なテーマというのは、「生き方」の問題なのだ、ということを感じました。また、本筋から離れますが、政府要人たちの徹底した韓国名の日本語読み。また、政府の都合によって、様々な真実が隠されようとする動き…。
 また、そうした在日韓国朝鮮人、在日コリアンの気持ち、被支配民族の気持ちに支配している側は、よっぽどの想像力を持たなければ、寄り添うことが出来ないっていう事実を突きつけられました。終戦時、こんな逸話があったらしいです。敗戦を知らされた日本人たちは、誰もが落胆していたそうなのですが、在日コリアンたちは、万歳をしていました。「戦争が終わった!日本の支配が終わる!自由になれる!」っと。とても当たり前です。しかし、日本人たちは、その在日コリアンたちの姿を見て、憎悪したらしいのですね。それが現在にまで続いている、と。身勝手な考え方ですが、味方だと思っていた在日コリアンの人々に裏切られた、と感じたそうなのです。自分たちがその人たちを傷つけてきたこと、踏みつけてきたことなど、すべて、その憎しみによって消えてしまった。そして、恐怖という感情も持ち、過去をしらない世代になればなるほど、憎しみのみが残ってしまう、と。

ユダヤ人とサマリア人の境界線
 ユダヤ人とサマリア人の間、境界線もお互いにそんな感情だったのではないでしょうか。民族として、世代として、積み重なった無理解や憎悪、そして思い込み、そうしたことにイエスの弟子たちさえもとらわれていた。イエスはどうだったのか、少なくとも、『善きサマリア人の例え』のようなことを言ったのですから、イエスはそのような意識は持っておらず、民族性や宗教性といったその人の背景ではなく、その人自身との繋がりをもっていたのではないでしょうか。今日の箇所においても、神殿の場所が問題とされています。神殿、神に祈る場所は、エルサレムなのか、サマリア人の聖所ゲリジム山なのか。イエスはそうした発想に捕らわれていなかったのではないでしょうか。また、それならば、なぜエルサレムに向かったのか、それは神殿がそこにあるからではなく、主なる神への信仰の形を変えようと、エルサレムに向かったと考えられるのではないでしょうか。
 今日の説教題は、ユダヤ人とサマリア人の境界線としました。民族的にみれば、時代も違い、アジアの私たちからすれば、ほとんど同じ民と言えます。そしてアジアの民もオリエント社会の人々から同じと言えるでしょう。しかし、近いからこそ見えてくる違いというのは、実は兄弟ゲンカのようなものなのではないでしょうか。ルカ福音書は、キリスト教がローマ帝国内の広い地域へ、様々な民族へと広がっていくことを意識して描かれています。サマリア人の存在は、ユダヤ人イエス、ユダヤ人の宗教として生まれたキリスト教の最初の境界線(ボーダー)として捉えられたのかもしれません。宗教とは、どのようなものであっても、境界線を作る、と言えるのではないでしょうか。しかし、境界線を壊し続ける宗教として、キリスト教を捉えることは出来ないだろうか。ユダヤ人とサマリア人の関係から、そんな課題について考えさせられました。

1903172.png 1903171.png

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




周縁自体


タイトル画像

『イエスが呪ったいちじくの木』(マルコ福音書11:12〜14/20〜25)

2019.03.04(21:24) 387

『イエスが呪ったいちじくの木』
(2019/3/3)
マルコ福音書11:12~14/20〜25

木と家系図
 木の絵を描いたことがあるでしょうか。わたしの高校時代の美術の先生はちょっと変わった方と言いますか、美術の先生なんですが、本当の芸術家でした。そんな先生の課題で木を描く、という課題がありました。何も教えもせずに、です。今から考えてみますと、その先生は何も教えずにいろいろなことをやらせてみて、生徒の書いた作品を見てからアドバイスをするというパターンをやっていました。他にも、円を描いて、それを64等分して、その点と点をすべて結ぶという課題などもありました。しかし今から考えてみますと、芸術家ですから、そんな高校生に絵などの講釈をたれるよりも、実際に色々と描かせること、というのをコンセプトとしてやっていたのかもなあ、と感じております。
 そんな木の絵を描く、という課題の時、最初に書き上げて、その先生に持って行きますと、ちらっと見て、一言言います。「葉っぱが足りない。やり直し」自分としては一生懸命、葉っぱを描いたつもりでしたが、「足りない」と言われて、もう一度描き始めました。そして、もう一度もっていきました。すると「また足りない」と言われます。そんなかんだの何度目か、で「これ以上、葉っぱを描くスペースがありません」と言いました。すると先生は「葉っぱの向こうにある葉っぱがこの絵には描いてない」と言ったんです。「そんな葉っぱの向こうにある葉っぱ」が見えるはず無いだろ、と思ってその場は適当に絵を仕上げて終わりましたが、その言葉は不思議でした。それに何故、木の絵などを描かせたのだろう、と思いましたが、いろいろと面白い教師で、人気がありました。
 マタイによる福音書の冒頭には、アブラハムからイエスに至る家系図が記されています。家系図は「木」のように描かれるものですが、興味がある部分しか書かれないわけです。アブラハムからダビデ、そしてダビデからヨセフ、そしてイエスに繋がる「一本の線のみ」が書かれてだけです。しかし、枝は書かれないわけです。が、興味深いこと、4名の女性が書かれていて、あまり望ましくないような義理の親子間での近親相姦やダビデの部下殺し、異教徒、異民族などの話に関係する人々です。あえて、見にくい人の姿を描いて、どれだけ立派な家系であったか、を知るそうとしたのではなく、どれだけ人は理想的ではなかったか、そして神はそんな罪深い人、家系であっても守ろうとした、ということを現したかったのでないか、と感じています。

ヨナのお話
 長々と木と家系図の話をしてしまいましたが、結論から言いますと、今日登場します「いちじくの木」は何かの比喩であると考えられるからです。そしてこの比喩は「人の共同体」を指しているからであります。それは「民族」や「イエスの共同体」そして「教会(キリスト教共同体)」を指すと考えられるからです。そして、今日の聖書箇所も飛んでいる二箇所を選ばせて頂きましたが、その間にある箇所は『宮清め』と言われている箇所であります。そして「木」と「人々」そんな中で思い出されるのは、旧約聖書のヨナのお話です。
 ヨナ書は、一人の預言者の物語ですが、おとぎ話として旧約聖書に収められている物語です(P.1445)。全体で4章という短い物語なので、全部を読んでみても良いのですが、短縮のために、まとめますと
『ヨナは預言者として召命を受けます。そしてその指令は「ニネベ」という町にいって、「神の裁き・意志を伝えよ」と命じられますが、ニネベに行くのがイヤで、ニネベへの途中の港で反対側の船に乗ります。しかし神の意志によって、船は嵐に遭い、その原因がヨナが神の意志に逆らったことが原因であることが解って、船から放り出されたら、魚に飲み込まれて、ニネベの近くの海岸に放り出されて、ニネベで「このままでは滅びる」という神の意志を伝える、といきなりニネベの人々は悔い改めて今までの生活を捨てて断食をし、神に赦された』というお話です。
 そして、4章にある「木」が出てきますので、その箇所を読んでみたいと思います。
『4:1 ヨナにとって、このことは大いに不満であり、彼は怒った。4:2 彼は、主に訴えた。「ああ、主よ、わたしがまだ国にいましたとき、言ったとおりではありませんか。だから、わたしは先にタルシシュに向かって逃げたのです。わたしには、こうなることが分かっていました。あなたは、恵みと憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いをくだそうとしても思い直される方です。4:3 主よどうか今、わたしの命を取ってください。生きているよりも死ぬ方がましです。」4:4 主は言われた。「お前は怒るが、それは正しいことか。」4:5 そこで、ヨナは都を出て東の方に座り込んだ。そして、そこに小屋を建て、日射しを避けてその中に座り、都に何が起こるかを見届けようとした。 4:6 すると、主なる神は彼の苦痛を救うため、とうごまの木に命じて芽を出させられた。とうごまの木は伸びてヨナよりも丈が高くなり、頭の上に陰をつくったので、ヨナの不満は消え、このとうごまの木を大いに喜んだ。4:7 ところが翌日の明け方、神は虫に命じて木に登らせ、とうごまの木を食い荒らさせられたので木は枯れてしまった。 4:8 日が昇ると、神は今度は焼けつくような東風に吹きつけるよう命じられた。太陽もヨナの頭上に照りつけたので、ヨナはぐったりとなり、死ぬことを願って言った。「生きているよりも、死ぬ方がましです。」4:9 神はヨナに言われた。「お前はとうごまの木のことで怒るが、それは正しいことか。」彼は言った。「もちろんです。怒りのあまり死にたいくらいです。」4:10 すると、主はこう言われた。「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。 4:11 それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから。」』
 このお話は、裁きに対する人間の思いを的確に表現していると思います。例えば、『良いこと』をしたら救われて『悪いこと』をしたら滅ぼされる、としたら、何が『愛なのか解りません』だからと言って、『良いことをしてる人も悪いことをしている人も』すべての人が救われるとしたら、何が『神の意志』なのでしょうか。ヨナはニネベの人たちが滅ぼされれば良い、と思ったわけです。悪いことをしていたならそうでしょう。じゃあ、神に従っても従わなくても一緒じゃないか、という話になるわけです。だからヨナは神に怒ったわけです。そんなヨナに自分の意志を知らせようと神は「とうごまの木」を生えさせ、そしてすぐに枯らしてしまった。そしてヨナは怒っているわけです。が、神は「わたしも一緒だ」ということをニネベの人たちを大切にしてきたのだから、と。ヨナに対して、お前は怒っているけれども、滅ぼすことはとても悔やまれることだ、と言っているわけです。

救いと裁き
 しかし、旧約聖書そして新約聖書全体を通して、そうした滅びと救いの問題を考えてみますと、どちらもあるわけです。悪いことをしたら滅びる、また神の意志によって滅ぼされる民族がいる、神に従わなかったから滅びてしまった人々の話などがあります。今日のお話は、やはり間に挟まれた物語から考えますと、この「イチジクの木」の話は、神がエルサレムをたしかに滅ぼされるのだ、ということを示しているのでしょう。そのことから、マルコ福音書は、エルサレムがローマ帝国に滅ぼされた後に書かれている、と考えられています。
 そしてもう一つの要素ですが、22節~23節をお読みします。
『11:22 そこで、イエスは言われた。「神を信じなさい。11:23 はっきり言っておく。だれでもこの山に向かい、『立ち上がって、海に飛び込め』と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるならば、そのとおりになる。」
 神の裁きの話ではないのか、という形ですが、ここには人の意志の問題が出て参ります。神に従うことは人の意志決定の問題です。この言葉の断片と、「いちじくの木を呪う」というエピソード、もともとはまったく違ったかたちで伝えられたものです。(マタイ17:20)
 この言葉をここに配置したのは、マルコでありましょう。マルコは「イチジクの木への呪い」を教訓として受け取ったのです。神への信仰を持たなければ滅びてしまう、と受け取ったのでしょう。イエスがイチジクの木を枯らしたように自分たちの教会も神への信仰をきちっとした形で持たなければ滅びてしまう、と思ってこのように配置したのでしょう。

イエスは正しかったのか
 しかし、どうでしょうか。イエスがこのようにイチジクの木を呪って枯らすようなことをするか、という問題があります。だいたいこの季節は春で、イチジクは6月と9月になるらしいので、イエスはとても無理があることを言っている、またイエスが空腹だったから、という理由で季節外れに実をつけていなかったら、枯らされたら木の立場としては、たまらないのではないでしょうか。
 現代におけるキリスト教においても、「良いことをしたら救われ」「悪いことをしたら滅びる」という構図から抜け出せないでいるなあ、と思います。しかし、こういうことを言いますと同じキリスト教でも立場の違う人は「救われる人と救われない人」がいるからこそ、キリスト教である、という人もおります。しかし、どうでしょうか。わたしはやっぱり、キリスト教の神さまというのは全ての人を救う、のではないでしょうか。
 最初に、高校時代における「木のスケッチのエピソード」を紹介しましたが、今になって思うことですが「葉っぱの向こうにある葉っぱ」を描け、という話ですが、たしかに絵を描くという作業は、前にあるモノから描いたら上手くいかなくて、遠くにあるモノ、後ろにあるモノから描くべきなんですよね。それを最初に教えてくれれば、と思うのですが、それを描くことで覚えろ、ってことだったと受け取っています。
 そんなことまで考えてみますと、人間の集団を木にたとえてみますと、その集団だからと言ってすべてが良いとも悪いとも言えないでしょう。また一面的に見えるものが良かったとしても、それだけでは判断できない、こういった考え方を相対主義とか懐疑論とも言ったりしますが、この逆の形は正統主義ではないかな、と思うのです。こういった形が正しい、間違いない、という価値観です。
 聖書には「正しい者が救われ、誤った者は救われない」というメッセージと「誰もが救われる」というメッセージが併存しております。そんな中で今日お読みした箇所は、イエスにおいては、珍しい「呪い」を語った箇所であります。また、他の人々が「呪われよ」「滅びろ」と言われた時、どのように私たちが感じるのでしょうか。ヨナのように、怒りを感じるだろうか否か。神のように、やっぱり助けたいと考えるだろうか。また、ヨブのように自らが辛いことにあったり裁きにあったりして、友人たちに「お前は前任だと言われているけど、絶対に悪いことをしたにちがいない」と言われたら、反論するだろうか否か。この喩えは、そうした人の有り様を問うているのでは無いでしょうか。

十字架への道の途上で
 最後に致します。今日の箇所の冒頭、「11:12 翌日、一行がベタニアを出るとき、イエスは空腹を覚えられた。」と記されています。その後、イエスは神殿で商人たちを追い出す「宮清め」と言われる事件を起こします。そのことをきっかけにして、イエスは逮捕されます。イエスは基本的に、従いきれない人でも受け入れていたのでしょう。
しかし,このときは、そうした気持ち、思いでもいられないほど、追い詰められていたのではないでしょうか。
 そして、イエスにとっては決定的な分岐点となる時であったでしょう。そうした時に、イエスの期待に応えることが出来るだろうか、キリスト者として、自分はできるかどうか、そんなことも問われているかもしれません。そして、そういった意味で言えば、弟子たちは誰も従いきれなかったわけです。いちじくの木は枯れてしまっていました。そして、その後イエスは、信仰についての話をしています。ぱっと読むと、信仰の力を持っているイエスが木を枯らすことが出来た、というように受け取りがちです。しかし、違うんですよね。信仰によって、イエスの期待、イエスの同労者になることができる可能性を誰もが持っている、という言葉ではないでしょうか。もうすぐ受難週です。従いきれない私たちであっても、受け入れて下さる主イエスの歩みに思いを寄せて、過ごしたいと思います。

1903022.png 1903021.png


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




周縁自体


タイトル画像

『イエスのまなざしによって』(ルカ福音書22:54〜62)

2019.02.24(20:30) 386

『イエスのまなざしによって』
(2019/2/24)
ルカによる福音書 22:54〜62

ここに至るまでのペトロの歩み
 ルカ福音書における受難物語において、最後の晩餐の後、「いちばん偉い者」(Lk22:24-30)という小見出しが付いた箇所で、「誰が一番偉いか」という議論が起き、その直後の22章31節32節における、ペトロはイエスの言葉。
「「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」を聴き、ペトロはそれに対して、「「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と答えますが、イエスは更に「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう。」と重ねて言います。
 31節32節の言葉は、イエスがこの世を去ってからの教会の歩みを準備する箇所です。が、34節の「三度知らない」という言葉はペトロ個人に述べられた言葉であります。が、同時に教会に対して、わたしたち一人一人に投げかけられた言葉と捉えることができます。主なる神の赦し、愛がペトロだけではなく、私たちに一人一人に注がれている、ということです。

信仰告白の一歩手前
 ペトロの否認は四つの福音書すべてに記されています。しかし、微妙に違いがあります。たとえば、ヨハネ福音書には、ペトロが大祭司の家の外に出て、泣いたという記事はありません。ペトロの悲しみ、イエスの赦しという要素よりはイエスの預言が実現した、という要素が強調されているからです。そして、マタイとマルコには大きな違いはないのですが、マタイの方がよりドラマ仕立てで装飾されているように感じます。
 そして、ルカによる福音書における特徴は、今日の説教題にもしました。ニワトリが鳴いたとき、イエスがペトロを見つめた、という記事があること、このイエスがペトロを見つめた、というのは、ルカにのみ収められている要素なのです。なぜ、ルカにのみ収めれているのか、イエスがペトロを見つめたということは無かったと否定するわけでは無いのですが、ルカとしては、ペトロがなぜニワトリの鳴き声を聞いてイエスの言葉を思い起こし、泣き崩れてしまったということでは、説得力が弱かった、と感じたのではないか、と思うのです。そして、イエスに見つめさせることによって、より一段のこの場面をドラマチックに描いた、ということではないでしょうか。
 そして同時に、イエスが復活してペトロと再会した前のどこかで、ペトロがイエスにはっきりと赦された、ということを、なんらかの形で区切りをつけたかった、と思うのです。どのような視線であったのか。とても難しいのではなかろうか、と感じるのです。イエスは、どのようなまなざしでペトロを見つめたのでしょうか。赦しの眼差し、怒りの眼差し、言った通りだろう、という眼差し、なかなか表現できないのではないでしょうか。またペトロはイエスに見つめられて、どのような気持ちになったのでしょうか。いたたまれない気持ち、自分の弱さを思い知る瞬間ではなかったか、と思います。

鶏鳴が開いたこと
 人の心配、悩みは、大きく分けると2つである、という言葉を読んだことがあります。一つは、「過去のことに対する後悔」そして、もう一つは、「未来のことに対する心配」だ、と。ま、考えてみたら、あたり前のことです。しかし、考えてみたら、こうして考えてみると、単純なことかもしれない。過去への後悔、自らの様々な過ち、人を傷つけてしまったことや、裏切り、人に対する傷、自分に対する傷があるかもしれません。そして未来への心配、不安…。そして、そうしたものを解消するためにどうするのか?その糸口も見えないときがあったりするのではないか。
 ペトロは、イエスのまなざしに打たれ、鶏鳴(鶏の鳴き声)によって、心動かされ、泣き崩れました。もし、ペトロがイエスのまなざしを捉えることがなかったら、鶏の声を聞かなかったら、どうでしょうか?どのような声であったのか、福音書には、まったく記されていません。ペトロのごく近く、朝を迎えて高らかな鳴き声であって、誰もが目を向けるような声だったかもしれません。しかし、そうでない可能性もあります。多くの人が集まっていた大祭司の家の庭先です。鶏小屋もあったかもしれません。しかし、その小屋はペトロの近くにはなかったかもしれない。誰もが気付かないような鳴き声だったものを、ペトロの耳は受け取ったとは考えられないでしょうか。そして、それはペトロにとっての人生における決定的な時、瞬間となったのではないでしょうか。そして、この鶏鳴(鶏の鳴き声)が無ければ、キリスト教の歴史は始まらなかったかもしれない、と感じています。そして、イエスがペトロを見つめることがなければ、ペトロが泣き崩れることもなかったかもしれません。

イエスのまなざし
 その後、イエスが復活し、弟子たちと再会し、使徒言行録によれば、天に昇ることによって、弟子たちの歩みとしての教会の歩みがはじまったとされています。しかし、ペトロにおける決定的な時は、この瞬間ではなかったでしょうか。また、誰にとってもそのような決定的な時、信仰における区切りとなる時があるのではないか、と感じています。
 過去の歩みを振り返り、未来へと歩み出すとき。例えば、洗礼を受けるに至ったという決断とか、教会に通おうという思い、聖書を開くということであっても、そこに至るある一点があるはずと言えます。そうした一点から過去を見、未来を見ること、それはルカ福音書的に言えば、「悔い改め」の瞬間と言えるかもしれません。そうした一点が重要だな、と思うのは、それがなければ、過去も未来もなくなってしまう、ということです。
 どのような教会にも始まりがあります。また、それ以前とそれ以後、また今日という礼拝の前があり、これからの未来があります。毎週、そうした区切りをつけるために、キリスト者は礼拝を捧げている、とも言えるでしょう。ペトロは、イエスのまなざしによって、そうした瞬間を与えられた、と言えるのではないでしょうか。人は弱い存在です。なかなか自分1人の力で、そうした瞬間を得ることは難しいのではないでしょうか。そして、こういう言い方もできると思います。キリスト者とは、今までの歩みを過去とし、またこれからの歩みをはっきりとした未来とするため、に聖書を読み、礼拝に集い、イエスの歩みによって示された主なる神の前に膝を折る存在だ、と言えるのではないでしょうか。

1902241.png 1902242.png

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




周縁自体


タイトル画像

『弟子たちの自分ルールとイエスルール」(ルカ福音書9:46〜50)

2019.01.24(15:31) 385

『弟子たちの自分ルールとイエスルール』
(2019/1/20)
ルカによる福音書  9:46~50

弟子たち(私たち)の受け取り方
 この箇所はマタイにもマルコにも並行箇所が存在しており、それぞれのとらえ方の違いを確認することから、読み解いていきたいと思います。まず最初に記されたと考えられるマルコについて触れてみます。マルコ福音書9章35節から37節。(P.80)
「イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」」
 マルコにおいては、弟子という視点というよりも、キリスト者としてのあるべき姿を語っていると言えます。そしてそれに対して、マタイにおいても、ルカにおいても、教会という視点が加わっている、と推測することができます。マタイにおける箇所について考えてみたい、と思います。マタイ福音書18章1~5節です。お読みします。
『18:1 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。 18:2 そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、18:3 言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。 18:4 自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。18:5 わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」』(P.34)
 3節の『はっきり言っておく。「心を入れ替えて子供のようにならなければ、天の国には入ることはできない。」』となっています。今日の箇所にあたる、もともとのマルコではイエスを受け入れることは、「子供を受け入れること」だ、というたとえになっているのに、マタイでは「子供のようになること」と課題とされ、それが成し遂げられたら「天の国に入ることができる」と、その課題が「天の国」に入る条件として、受け取っています。
 そして今日の箇所ルカ福音書をお読みします。9章48節をお読みします。
『9:48 言われた。「わたしの名のためにこの子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である。」』(P.124)
 この後半の箇所『あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である。』とルカでは「偉い人」は誰かに焦点が当たっており、逆にマルコにありました35節の「仕える者になれ」という言葉は削られてしまっております。ですから、ルカではイエスの言葉は、「価値の逆転」を述べたモノとして捉えられている、と言えます。ルカにおいては、律法に対して、キリスト者としての倫理を述べようとしている意志が見られます。律法において「子ども」は、価値のない存在です。しかし、そのような子どもこそ受け入れるべきである、と。そして、ルカは異邦人への教会の広がりを重んじていました。ルカの教会は、子どもという存在に、律法的に見れば、汚れた存在とされる、異邦人を重ねたのではないでしょうか。

マタイの視点、マルコの視点
 マタイの視点は、あくまで教会の一人一人が「天の国」、「神の国」に入るためにどうしたらよいのか、という視点に意志が行っております。これはイエスを旧約聖書、律法の完成者、律法の最高の教師として見るマタイらしい解釈と言えるでしょう。イエスが与えて下さった律法の実現を重んじるマタイの立場としては、「子どものようになる」などとは、本来あまり好ましいことではないでしょう。しかし、それをあえてしろと言うのには、何か理由と目的がある、「子どものようになる」という行為も実践すべき教えの一つであり、これも神の国に入るのにふさわしい者となるためだということなのでしょう。
 そしてマルコとしては、子どもの関する比喩をキリスト者としてあるべき姿として受け取ったのでしょう。それが最もシンプルな形であります。律法的には、劣った存在である「子ども」。ただ、こういうことも言えます。神の前には、誰でも「子ども」のような存在である、という視点。ここから生まれてくる視点は、どのような上下関係もキリスト教共同体、イエスの弟子集団は取らない、ということも言えるのでは無いでしょうか。そして、それはマルコ福音書に現れている弟子批判にも繋がります。一番の弟子とされていたペトロでさえ、イエスを裏切り続けていた。また誰もがイエスの前には、神の前には、不完全である、という姿勢にも重なります。

子どもでありなさい、という教え
 子どもとはどのような存在でしょうか。当時のユダヤ人社会において、子どもとは価値のない存在であり12歳の成人の儀式をすぎなければ、一人前とは認められませんでした。また女性は12歳になっても低い存在として捉えられておりました。(「女子ども」という言葉)そうした者を受け入れろ、と言うわけです。そして、一般的に、この言葉には、イエスの慈愛、そして神の慈愛が込められた箇所として捉えることが多いでしょう。しかし、イエスの弟子たち、そして一般のユダヤ人たちは、どちらかといえば、このイエスの言葉を律法の問題として聞いたのではないでしょうか。
 弟子たちにしても、一般のユダヤ人にしても、イエスのことを、新しい律法の捉え方を語る教師、ラビと考えていたでしょう。とすると、やはり子どもの言及は、律法という価値観に基づいて聞いたはずです。それに対して、弱い子どもを守る存在として、また人を神の前における「子ども」という視点もキリスト教的な捉え方と言えるでしょう。

逆らわない者は味方?
 そして、今日の箇所には、もう一つのテーマがあります。ルカ福音書9章49節50節。
「そこで、ヨハネが言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちと一緒にあなたに従わないので、やめさせようとしました。」イエスは言われた。「やめさせてはならない。あなたがたに逆らわない者は、あなたがたの味方なのである。」」
 キリスト教伝統の中に、洗礼というものがあります。多くのキリスト教会において行われています。そして、洗礼を授けるのは、教職(司祭、牧師)でなければならないとされています。そして、その教職になるためには、現在では、教職養成課程や試験制度などがあり、それぞれの教派、教団に認められて、教職となるわけです。日本基督教団ですと、神学校などを卒業した後、まずは、試験を受けて「補教師」というものになり、それから2年半以上の経験を経て、「正教師」というものになります。いろいろな教派的伝統のいろんな要素を組み合わせて、このようなシステムになっています。
 49節の言葉、「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。」と言っています。要するに、別の教会の宣教とか伝道に対する批判と捉えることができるでしょう。
 しかし、イエスはそうした視点にあり方について、否をいっているといえます。
「イエスは言われた。「やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」
 イエスは教会的な視点などなかったでしょう。また教会は、その歴史の中で、分裂や争いを繰り返してきました。多くの場合、教会同士が争うときは、より自分の方が正しい、という尺度が出てきてしまいます。

自分ルールとしないために
 今日の説教題は、「弟子たちの自分ルールとイエスルール」としました。「自分ルール」というのは、自分勝手な自分たちだけに都合の良いルールという意味です。そうしたあり方が教会のあり方としてふさわしいのだろうか、ということを教会の組織のあり方として考えてしまうことがあります。それに対するイエスの言葉というのは、とても刺激的であり、とても難しいハードルであると感じます。教会はその歴史の中において、集団としての秩序を守るために、否定的な意味だけではなく、知恵を駆使してきました。イエスの言葉は、そうした教会のあり方は、常に変化する可能性があるものとである、不完全なものである、という意識を持つことを促すのでは無いでしょうか。例えば、女性の教職制、実は2000年の歴史の中においては、未だ始まったばかりのことと言えます。ゲイやレズビアンなどのセクシャルマイノリティの存在、捉え方についても、未だに混乱した状態です。
 イエスが言っている「子供(の1人)を受け入れるように」というのは、どのようにくだらないと思うようなことであっても、自分自身の有り様を見つめ直して、新しい一歩を踏み出そうということではないでしょうか。そのための一つの指針、目印として、様々なルールが、教会、キリスト者、クリスチャン、自分の自分ルールになっていないか、と見つめ直すことが大事なのではないでしょうか。
 キリスト教そして教会は、聖書の言葉によって形づけられています。そして、聖書の言葉によって、また新しく変えられていくのではないか、と感じています。今という時代の中において、私たちの置かれている状況の中で、どのような教会のあり方、信仰のあり方を目指していくのか、改めて考えていく必要があるのかもしれません。イエスが伝えて下さった福音を自分ルールにしないように、常に「神の子」であることを忘れずに歩んでいきましょう。

1901201.png 1901202.png




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


周縁自体


最近の記事
  1. 『放り出された石の上に』(ルカ福音書20:9ー19)(04/16)
  2. 『ユダヤ人とサマリア人の境界線』(ルカ福音書9:51〜56)(03/17)
  3. 『イエスが呪ったいちじくの木』(マルコ福音書11:12〜14/20〜25)(03/04)
  4. 『イエスのまなざしによって』(ルカ福音書22:54〜62)(02/24)
  5. 『弟子たちの自分ルールとイエスルール」(ルカ福音書9:46〜50)(01/24)
次のページ
次のページ