タイトル画像

『嵐の中の航路』(ルカ福音書8:22〜25)

2017.10.15(17:14) 358

『嵐の中の航路』
(2017/10/15)
ルカによる福音書 8章 22~25節

嵐の中で
 嵐の中の舟、右往左往する弟子たち、そして、その嵐に何ら臆することなく、ただの一言で鎮めてしまうイエス。福音書において、イエスの奇跡を思い起こす時、誰もが思い起こす物語の一つでしょう。イエスさまがこの世において表した奇跡はいくつかの種類に分けることが出来ると思います。様々な形で人の病を治療する「いやし」、そしてパンと魚を5000人の人々がお腹いっぱいになるほどに増やすという奇跡、が一番身近なものとして挙げられるのでは無いでしょうか。それに対して、今日のような空間的な自然現象に関わる奇跡は、いやしやパンを増やす記事とは、まったく逆の位置にあるものと言えないでしょうか。非常に距離が遠い思いがしますし、その真偽について、疑いが大きいものと言えないでしょうか。たとえば、イエスはマタイ福音書において、このようなことを言っています。マタイ福音書17章20節。(P.32)
「17:20 イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」」
 信仰さえあれば、山が動くのでしょうか。そうではないでしょう。この箇所において、イエスが言いたいこととは、本当の信仰を得る、というのは、とても難しいことである、ということでしょう。そして、ガリラヤ湖において、湖の上を歩くイエスに続いて、第一の弟子であるペトロが、同じように水の上を歩こうとして、上手くいかない、という記事がありますが、ここでも信仰があれば、水の上を歩くことが出来るのだ、ということが伝えたいわけではなく、信仰がある、ということの難しさを伝えていると言えます(マタイ14:22-33/P.28)。

オイコメネ=船
 今日のお話に登場する船は、キリスト教において、一つの象徴として用いられます。船は船なのですが、船は「教会」のことを指すシンボルとして用いられています。2011年3月11日に起こりました東日本大震災から、早6年と半年以上の時が過ぎようとしています。わたしは当時、神奈川県の小田原に居住していました。感じたことのないような大きな揺れを感じましたし、その後に起こった津波の映像に少なからず動揺させられました。海沿いの町であったためか、海沿いから離れようと渋滞が起こりました。またそれに続く原子力発電所の事故や計画停電において、私たちが少なからず、今までとは違う日常を送り、また生命について、自然について、考えを改めるような機会になったのではないか、と思います。
 あの出来事は、わたしたちの生活が、地に足を付けた物ではなく、舟のような不安定なものかも知れない、という思いを誰に対しても抱かせました。そして、住む場所、生活全体、エネルギーや食べ物に至るまで、捉えなおすことを考えさせる出来事でした。まさに教会だけではなく、わたしたちの生活そのものも舟のような不安定なものである、ということをおもわされる出来事でした。
 今日の箇所の最後、イエスは怖がっていた弟子たちに対して、このように問います。「あなたがたの信仰はどこにあるのか」(8:25)と。信仰があれば、主なる神またイエス・キリストを完全に信頼しているのであれば、どのような嵐にあったとしても、恐怖を覚えることもなく、嵐の中の舟の中においても、安心していられる、というのでしょう。よく舟はキリスト教の歴史の中では、教会を表すシンボル(表象)として、知られています。教会がどのような嵐の中にあったとしても、キリストがいれば恐れることは無い。また、逆説的に言って、たとえ教会であったとしても、ギリシャ語のエクレシア(神の群れ、教会)という看板が立てかけられていたとしても、その場にイエス・キリストがいなければ、その中に主なる神がいなければ、その教会は荒嵐に飲み込まれて、沈んでしまう、ということを示している、と言えるかも知れません。

「嵐の中の教会」
 『嵐の中の教会』の本があります。1930年代、ドイツのある教会の物語を題材した作品の日本語訳の題名であり、副題は「ヒトラーと戦った教会の物語」となっております。あくまでフィクション(物語)として、描かれた作品なのですが、ヒトラーが台頭し、ナチスが政権を握る歴史における教会の歩みをとても良くえがいた作品として知られております。その作品は、大まかに言って、このようなあらすじです。
 舞台はドイツにあるリンデンコップという村です。1932年、新しくグルントという牧師が赴任しました。この新しいグルントという牧師が来たことによって、教会は大きく変わりました。毎週の礼拝説教、少年少女たちが洗礼を受けるために準備の学習会の内容、その他のものにより、教会生活のあり方も大きく変わりました。彼が語ったのは、古くから教えてこられてきた凝り固まった教会の教えではありませんでした。信仰することの喜びに満ちた福音であり、誰もが信仰を得ることによって、変えられることを体験し、大きく教会のあり方は変わりました。
 しかし、そうしたあり方が終わる日が来ます。牧師が赴任して1年後の1933年、ドイツの政治状況が大きく変わりました。ナチスが政権を握って、国家の姿、そして村の生活も大きく変わりました。誰もが自由に振る舞うことが出来にくくなってきました。そして、ナチスの台頭と共に、村にいたナチスを支持する若者たちは、この牧師のあり方、言動に疑問を持つようになってきました。たとえば、こんな対話がなされました。
「礼拝のあとすぐにナチスの支部長が、レーラーを従えて牧師館を訪ねて来て、牧師にこう言って答弁を求めました。『あんたは、先ほどは政治的偏向のある説教をしました。これは牧師としてのあんたの職務に相応しくない。あんたは国家に攻撃を加え、ドイツ国民を侮辱したことになるのですぞ』。…(さらに)レーラーが…こう申しました。『この度の国家の革命は、神さまの御業ですぞ。ヒトラー総統の地位は、神様がお定めになられたのじゃあないすか』。/『それは私も露疑いません』と牧師は言いました。『神様のみこころなしに何事も行われませんからね』。/(…)レーラ—はそれに対して言いました。『もしあんたの言うことが本気なら、まあ勝手にいくらでも国家を攻撃するがよろしい。それじゃあ牧師さん、あんたは、もしボルシェヴィキ(社会主義者たち)が教会を力ずくで迫害して来たら、教会派どうなると思っているんですかね』。/『そういうことについては、私は今日の説教でちゃんと申しましたがね』と牧師は答えました。『つまり、教会は主のみ手の中にあるということですよ』」(P.47-48)
 教会は、様々な形で、ナチスによって、圧力を加えられました。まずは教会組織の中央を支配しようとしました。日本基督教団でいえば、組織の中で、統理という存在を立てて、全体の意思を支配しようとしました。それでも、言うことを聞かない教会や牧師たちがいます。ナチスドイツ、従来の緩やかだった教会の組織を、一元化してドイツ帝国教会を作りました。しかし、そうした動きに対抗して、ドイツ告白教会という教会を作りました。リンゼンコップ村の教会では、ついに実力行使が行われました。ナチスを指示する人たちが、自分たちと同じ考え方をもつ牧師を連れて来ました。
 教会の新しい牧師とし、グルント牧師と彼を支持する人たちに礼拝堂を使わせないようにしました。しかし、グルント牧師と彼の支持者たちはくじけず山の上で礼拝を続けていました。それから半年ぐらい経ち、ナチスによって連れて来られた牧師もいつの間にか居なくなってしまいました。平和な日々が取り戻されたように思いましたが、ある礼拝において、グルント牧師は、ドイツ告白教会によって出された、はっきりとナチスに対して、否を唱える宣言文を礼拝で読むことを長老たちと相談をし、読み上げました。その過程におけるグルント牧師の発言を引用します。
「この声明は、告白教会の指導委員会が発したものですが、今まで私たちの手もとで回覧されることさえありませんでした。なにしろ教会の指導権は、ドイツ的キリスト者が握っているのですからね。…告白教会の指導委員会からこの声明を読み上げるようにという指令を私たち牧師が受けた時、そうすることによって私の身に危害が加わるのではないかということを考えることは許されません。私が考えなければならないことは、それによって私は神様に対する責任を果たすことが出来るかどうかということだけです。私は責任を負いうるという結論に達したのです。わたしはこう言いたいー国家に向かって、教会はこの言葉を言い切らねばならない。国家はあくまでも責任を追及さるべきだ。もしそうしないならば、その結果は必ず教会に跳ね返って来て、教会は国家に対して証しを立てることをますますやらなくなってしまい、教会の沈黙によってますます国家を反キリストへの道へ狂奔(キョウホン)させることになるのだ、と。」
 グルント牧師は、この宣言文を読み上げた礼拝の次の日、秘密警察に逮捕され、この物語も締めくくられます。(日本基督教団の名前にも日本的キリスト教という意味合いが隠れているかもしれない)

教会の信仰
 この物語『嵐の中の教会』は、ヒトラー政権下における教会の戦い、ドイツ教会闘争とよばれる牧師や教会の戦いをフィクションとして描いたものでありますが、生き生きとその内実を示した物として読まれております。舞台となった時代は、1933年から1935年です。ナチスによる世界中を巻き込んだ戦争(1940)やユダヤ人虐殺(1943)が始まる5年も前の出来事が元になっています。
 歴史としてのドイツに終える教会の戦いについての有り様について、論じるよりも、私たちが考えなければならないことは、牧師が逮捕されたことがどうこう良い悪いとか、教会としてのその歩みが正しかったか間違っていたか、ということよりも、その出来事によって、何が受け継がれたか、ということが教会として考えるべきではないか、と思うのです。また日本においても、全体主義的な空気が強まっていた時代、近代天皇制を中心とした国家的な全体主義が蔓延し、誰もがその支配下に下ってしまった時、その当時の教会や信徒、牧師たちが何をすることが出来たか、ということは、あまり問うても意味がないように思うのです。そして現在という時に、どのような歩みを歩むべきか。自分たちがそのような状況になったときに、どのように振る舞えるか、ということが重要ではないでしょうか。

向こう岸へ渡ろう
 今日の箇所において、イエスは最初の箇所22節において「湖の向こう岸に渡ろう」と、呼びかけています。そして、嵐を静め「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と言います。怖がっている者とは、同じ船に乗っている弟子たちであります。同じ船に乗っていながら、イエスは安心し、弟子たちは恐れている。イエスと弟子たちの違いは何か。ただ単に、嵐に打ち勝つような能力を持っているかいないか、だけではありません。主なるイエスには、その先にあるものがはっきりと見えている。そして弟子たちには見えていない、だからこそ不安になる。
 イエスは「湖の向こう岸に渡ろう」へ渡ろうと呼びかけています。その航路は、時に嵐を乗り越えなければならないこともあるでしょう。しかし、イエスはその嵐を沈め、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」と問いかけます。信仰があれば、嵐が起こらない、問題が起こらない、危機が訪れない、という話ではないのです。また、航路さえ見えていなければ、対岸さえ見えていなければ、嵐の中にいることさえ、気づかない、感じない、というのが人間の弱さであり、今という時代かもしれません。様々な危機や苦難にあるとき、神の存在を疑い、またイエスが共にあることを信じられないようになります。しかし、そうしたとらえ方は間違っているのではないしょうか。どのような嵐の中のあったとしても、危機にあったとしても、苦難の中にあったとしても、イエスは共におられるということ、嵐の中の航路においても、必ず共にいて、向こう岸へと導いて下さるのが、わたしたちの主なる神、イエス・キリストではないか、と感じています。

1710151.png 1710152.png



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

スポンサーサイト

周縁自体(なんたろ日記)


タイトル画像

『赦されることと許し合うこと』(マタイ福音書18:21〜35)

2017.09.24(19:37) 357

『赦されることと許し合うこと』
(2017/9/24)
マタイによる福音書 18章 21~35節

赦しという課題
 許しについて、述べられている箇所です。「赦し」とは何か、いろいろと考え方、とらえ方があると思います。また、説教題においても、音としては「ゆるし」は、同じ音であり、意味内容も似ているように捉えられますが、辞書などで調べてみますと、最初の「あかへん」の「赦し」は、罪を無くすこと、罪の赦し、神による赦しなどを意味して、宗教的なイメージがあります。また、後半の「ごんべん」の「許し」は許可といったもの、人の願いを聞き入れることなどを指すといった意味であると説明されます。
 そして、よく私などは、「ゆるし」という言葉を説教で触れるときには、神の赦しに関しては、「あかへん」の「赦し」、人の間での許しについては、「ごんべん」の「許し」を使っています。これは人によって違うかもしれませんが、聖書に寄るのか寄らないのか、私としては、律法学者ではないですが、人には罪を赦す権利など無い、という意識の表れと言えるかもしれません。

イエスによる赦し
 そして、このことは、イエスに対するある律法学者の言葉にもかさなります。マルコ2章5節から7節。(P.63)
「イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、「子よ、あなたの罪は赦される」と言われた。ところが、そこに律法学者が数人座っていて、心の中であれこれと考えた。「この人は、なぜこういうことを口にするのか。神を冒涜している。神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」」
 「神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」律法学者のイエスに対する言葉であります。律法において、罪が赦される、ということは、神殿なりに行くなどして、決められた儀礼を行うことによって、罪が赦される、ということが認められることになります。律法学者たちや祭司たちの立ち場によれば、律法なり神殿なりの権威に基づかなければ、罪が赦される、ということは認められない、ということです。
 しかし、イエスはこの箇所で罪を赦してしまっている。何を根拠に?ということになります。敵対者たちからすれば、何もしていないのに、「罪の赦し」が宣言されたことに対して、「人が罪を赦している」ということになるでしょう。しかし、イエスの視点は違うのではないか、と思うのです。何もしていないわけではなく、今、触れた箇所で言えば、中風(麻痺など)の病気で悩む友人を助けようと、屋根をはがして、友人を下ろしました。また他の箇所などでも、律法で規定されていた捧げ物を捧げることが出来なかった人の捧げ物、祈りを褒めている箇所などもあります。イエスはそのような人の神へ対する気持ち、また隣人に対する気持ちがこもった行いをすべて、祝福すべきもの、として、神の赦しを得るに相応しい行為として捉えていたのではないでしょうか。

神の赦しと人の許し
 今日の箇所において、王が家来たちに貸している借金を清算しようとして、ある1人の家来が借金を赦されています。24節によれば、王さまはまず、その金額は、1万タラントンであり、返せなければ、家族や持ち物を全部売り払って返すように命じます。しかし、その家来が「返します」としきりに願うので、憐れに思い、帳消しにしました。そんなことがあって解放されたその家来は、自分に100デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、首を絞めて、「借金を返せ」と言った、と。そしてそのことが王の耳に入り、家来は捉えられてしまったというたとえ話であります。
 王から借金を赦されたのに、仲間の借金を許すことが出来ないという家来の姿は、一般の人の姿に重ねられています。たしかに、人は赦されることを強く求め、それを喜びますが、いざ自分が許す存在となるとその難しさ、困難さは、とてつもなく大きなものであります。王から借金を許された家来の借財は、1万タラントンとされています。これがどのくらいの金額であるのか、参考になる記録を紹介したいと思います。
 ヨセフスという『ユダヤ戦記』を記した人がいますが、彼の著作によれば、ヘロデ大王の息子でアルケラオスという人がいます。ヘロデ大王の死後、アルケラオスは、ユダヤ、サマリア、イドゥマヤという地域、私たちがカナンの地という地域の領主となりますが、その地域全体の税収が、600タラントンだったそうです。また、もう1人、ヘロデ大王の息子でヘロデ・アンティパスというガリラヤとヨルダンの領主だった人がいます。(田川健三訳新約聖書より)
 彼の年収が200タラントンだったそうです。ですから、10000タラントンというのは、イスラエルを一つの国家とすれば、国家予算の10倍以上というとてつもない金額ということになります。またこの家来が仲間に貸していた金額も100デナリオンとして、出てきます。福音書では、わりとよく知られている金額です。マタイ福音書20章1節から16節にある「ぶどう園の農夫の例え」です。朝から働いた労働者と昼から働いた労働者と、夕方1時間ほどしか働いていない労働書に同じ賃金が支払われたという例えです。あの箇所で支払われる金額が1デナリオンです。ですから、おおよそ1デナリオンを1万円と考えることが出来るかもしれません。
 ちなみに、家来が赦された1万タラントン。1タラントンは6000デナリオンぐらいと考えられております。ですから、1万タラントンとは、デナリオンに換算すると、6億デナリオン。1デナリオンが1万円だとすると、6000億円ということになり、本当に国家予算なみの桁になってしまいます。

イエスの語った共同体の姿と教会
 教会の視点に立って、「赦し」について、考えてみたいと思います。一応、教会のメンバーになる。洗礼になるということは、手続き上、理屈の上では、罪が赦されたことによって、教会のメンバーになるということになっています。今日の箇所で言うなれば、この王から多大の金額の借金を赦された家来のように、仲間の借金、仲間の罪を赦さなければならない、としたら、どうでしょうか。とても、できないと思うのではないでしょうか。
 また、神から赦されることと、自分が人を許すことは、まったく違うことと誰もが考えるのではないでしょうか。また、人を許すと言っても、自分に危害を加える人や敵対者などは、まったく違う、と考える人もいるでしょう。また、許されると言っても、同じ教会の人の間のみ、とか、同じ教団の人たちのみ、とか、ということもあるかもしれません。しかし逆に言って、同じ教会の人、同じキリスト教の人だからこそ、許すことが出来ない、ということもあるかもしれません。また、「許しなさい」と言っても、間違ったことも受け入れなさい、ということでもないでしょう。おそらくイエスは、喜怒哀楽に豊かな人であったでしょう。怒りの感情で言えば、神殿において、両替商や商人たちのテーブルをひっくり返して、怒りをあらわにしています。また、様々な皮肉が効いたユーモアをもって神の国、神の支配について語っています。
 そこにいた人々は、笑顔によってその言葉を受け取り、反感を持つのではなく、ユーモアがあったからこそ、自分のこととして、その言葉を受け取ったのではないか、と私は想像しています。

教会における男女
 また「赦し」とは、少し話が離れてしまうかもしれませんが、教会の中において、よく話題になることの中に、男女差別の課題があります。別に意図はないのですが、例としてあげやすいので取り上げてみたいと思います。女性の教職の少なさ、たまたまと言って良いのか、名古屋堀川伝道所の牧師は、女性ですが、今でこそ、多くなってきましたが、N教会で牧師になった当時は、大変だったと思います。特殊な状況もあったでしょうが、子どもを抱えての牧会…。考えてみると、ぞっとします。
 また、パウロ書簡において、こんな言葉が記されています。第1コリント14章33b節から36節。(P.319)
「聖なる者たちのすべての教会でそうであるように、婦人たちは、教会では黙っていなさい。婦人たちには語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい。何か知りたいことがあったら、家で自分の夫に聞きなさい。婦人にとって教会の中で発言するのは、恥ずべきことです。」
 先日、女性差別について、岡崎茨坪伝道所での礼拝説教の後で話題になりました。その時、ある男性がこんなことを言っておられました。
「町内会とか、マンションの組合とかで、だいたい実際に動いているのは女性ばかりなのに、女性は議論が苦手だから、男性が代表に選ばれる。」
 これって、わりと教会の中の議論、役員とかにも当てはまるのではないかなあ、と思うのです。日本キリスト教団の一般的な教会の男女比率っていうのは、だいたい3対7から4対6ぐらいだと思うのです。しかし、役員になるとこの比率が逆転して、さらに教区総会、教団総会になると男性の比率が更に上がっています。そして、考えてみますと、教会の保守性、社会の保守性もこうした制度の上に成り立っているのではないかなあ、と思うのです。牧師になるより、教団総会の議員になることの方がとっても難しいと思います。役員になって教区議員になって、さらにその中の選挙で選ばれる。(10年ぐらいかかる?)当然、若い人や実際の教会の問題などは見逃されてしまうのではないか、と。
 こうした男性と女性の違い、やはり立ち場として、男性にしても、女性もしても、日本という社会の中で、そうした役割を求められてきたことから起こってくると思います。会社にしても、社会にしても、町中を運転していても、女性であるとなめられたりして、まともに相手にしない、とか、なめられてしまう、とかが出てくる。そうしたことを避けるために、また男性が前に出る、というサイクルが繰り返される、と。そして、そのサイクルを断ち切るためには、今現状の私たちにおいて、社会において、不平等、非効率、不必要だと思われるようなことを実践することからしかないのではないでしょうか。

赦された者として
 今日の課題である「赦し」、聖書の箇所に戻ってみて、考えてみたいことは、「神の赦し」にしても、私たちが隣人と「許し合う」ことにしても、最初は、不平等な形で進むのではないか、ということです。考えてみれば、イエスさまが語っている神の国、神の支配というのは、不平等なものと言うことができます。先ほど触れた「ぶどう園の労働者のたとえ」(マタイ20:1-16)にしても、放蕩息子のたとえにおける兄の弟に対する妬み(ルカ15:11-32)、そして「見失った羊のたとえ」(マタイ18:12-14)にしても、課題となっているのは、神から赦された者を妬む他者の姿なのです。ぶどう園の労働者、1番長く働いた者が短い時間しか働いた者に対する妬みを持つというのは、ある種の平等性から言えば当然です。労働時間に応じて、賃金は支払われるべきです。また、財産を先払いして使い果たしてしまった弟を歓迎し、盛大なお祝いを開いた父に怒りを持つ兄も平等ではない、という妬みです。見失った羊、羊が妬みを持つのかどうか、解りませんが、99匹か1匹を選べと選択を求められて1匹を選ぶ羊飼いは商売としては、間違っていると言わざるを得ないでしょう。しかし、あの羊飼いは、99匹の羊を置いて、はぐれてしまった1匹を探しに出かけるのです。
 今日の箇所において、王から多大な借金を赦されたのも関わらず、仲間を許すことの出来ない家来。私たちはどうでしょうか。自分たちと同じような存在であれば、許すことができるかもしれません。しかし自分より罪深いという人を許すことができるだろうか。イエスさまは、神が私たち人を赦してくださっている、ということを示してくださいました。そして同時に、私たちに、隣人、他者をどれだけ許して、受け入れているか、許し合っているだろうか、という大きな問いを投げかけていると思います。

17092401.png 17092402.png

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






周縁自体(なんたろ日記)


タイトル画像

『イエスの弟子たちと家族たち』(ルカによる福音書 8:1〜3/19~21)

2017.09.05(20:35) 356

『イエスの弟子たちと家族たち』

ルカによる福音書 8章 1〜3/19~21節

男の弟子たち(十二弟子たち)
 今日、選ばせて頂いた聖書の箇所は、2カ所、8章1節から3節の女性の弟子に関する記述、そして後半19節から21節のイエスの家族たちが登場する場面です。イエスの弟子たち、そして家族たちに関する福音書の記載は、十二弟子のリストは、使徒言行録の最初の記事があります。しかし、中心的な弟子に対しては、間違いが起こらないだろうにしても、十二人でさえも、ズレがあるというある意味で曖昧なリストになります。そして、家族に関する記事も同じことが言えます。イエスの父はヨセフ、母はマリア、そして弟に初代教会の責任者であったヤコブがいたということは知られています。しかし、それ以外にも兄弟、そして姉妹がいたはずですが、兄弟の名前ぐらいしか知ることはできないのです。これもイエスの偉大さに比べて、あまりにも曖昧なことと言えるでしょう。
 しかし、とにかく、ペトロ、その弟アンデレ、ヨハネなど、中心的な弟子たちは後の教会の歴史をつなげ、後代においても、よく知られています。しかし当然、イエスの周囲にいたであろう女性の弟子たちは、どのような存在であったのかはあまり知られていません。

イエスの女性の弟子たち
 今日の箇所、ルカ福音書8章1節から3節に戻ります。
 2節に「マグダラの女と呼ばれるマリア」が登場します。マグダラが何を意味するのか、はよくわかっていません。しかし、このマリアは、復活したイエスに最初に出会った人とされており、教会の歴史的には、とても重要な人と言えます。そのこともあって、東方教会(オーソドクス)では、亜使徒という称号が与えらおり、墓に油を持って行って、イエスの亡骸に塗ろうとしたことから、油の壺を携えた姿で描かされるそうです。
 しかし、一方のカトリック教会においては、マグダラのマリアは、7章36節から50節に登場する「罪深い女」と同一視されており、あまり重要視されていませんでした(P.116)。また、こうした解釈自体、マグダラのマリアの権威を陥れるという意図、キリスト教会の中における女性の存在を陥れる意図があったのではないか、と言えます。ペトロにしても、十二使徒は男性であり、カトリック教会においては、現代でも司祭は男性に限られております。初期カトリック教会が形成されていく過程において、急速に男性中心主義が強まっていきました。そうした風潮が、読み方によっては、第一の弟子、使徒とも言えるマグダラのマリアを貶める動きにもつながったのでしょう。
 そして、「ヘロデの家令クザの妻ヨハナ」(ルカ24:10)にしても、「スサンナ」にしても、この箇所もしくは、ルカ福音書のみにしか出てこず、詳しい活動について、個性については知ることができません。女性の弟子たちがどのような活動をしていたのかは、ただ3節の後半の記述に頼るしかありません。
「彼女たちは、自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた。」
 神学校の頃、この記述に基づいて、朗読劇を作ったことがありました。なぜ、イエスは十二弟子に男性たちを選んだのか、っという話です。いろいろな要素が出てきました。たとえば、マルコ福音書のシリア・フェニキアの女の話で、このような対話をしています。7章27節から29節。
「7:27 イエスは言われた。「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない。」7:28 ところが、女は答えて言った。「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます。」 7:29 そこで、イエスは言われた。「それほど言うなら、よろしい。家に帰りなさい。悪霊はあなたの娘からもう出てしまった。」」(P.75)
 また、マルタとマリアのお話などを用いました。
 そして、結論から言えば、イエスに言い訳ばかりさせている劇になってしまいました。なぜならば、イエスは男女の違いがあろうとも同等に捉えている、という前提で劇にしたのですが、やっぱり問題となったのは、なぜ十二弟子は男性ばかりで、女性は弟子たちの生活の面倒、食事とか、裏方の仕事とも言える立場なのか、ということをどう説明するか、でした。
 やっぱりイエスも男性中心主義だったのだ、いやいや女性に旅をさせるのは危険なこと、いやいや同じ神の国を宣べ伝えるのだったら女性が話すよりは男性が話した方が受け入れられるだろ、また女性自身、そういうことを選ばなかったのでは?などなど。いろいろな意見がでました。しかし、本当のところ、どうだったのかは、わかりません。

長男としてのイエス
 そして、後半部は、イエスの家族の話になります。
 参考のため、マルコによる福音書6章1節から3節をお読みします(P.71)。
「イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。 6:2 安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。」
 短い箇所ですが、いくつかのことを知ることが出来る箇所です。イエスには弟や妹がいたこと、さらに兄弟は4人、妹たちも複数形なので、2人以上いたことがわかります。イエスを長男として、7人以上の兄弟であったということです。そして、イエスが大工であったということ、ヨセフが大工であったことは知られていますが、イエスも一人前の大工であったことを知ることが出来ます。もう一つ重要なことがあります。それは6章3節冒頭、イエスが「マリアの息子」と呼ばれていることです。
 このことから、新約学者の佐藤研さんはこのようなことを記しています。
「ところで、このイエスは「大工」であった(マコ6:3)。この職業は、当時いわば木材(あるいは石材)を使った加工業一般とでも言うべきものであり、家屋の柱、椅子や机、寝床、農具その他がその製作対象で、労働形態としては短期契約か日雇い労働的だったはずである。事実マタイは、イエスを「大工の子」(13:55)としている。また当時の父親は、息子が数歳になると、「職業訓練」を開始するのが常であった。それは息子が「成人」する頃まで続く。古代ユダヤでは、男の子は13歳「バル・ミツヴァ」つまり「成人」となる。つまり、イエスが父親と同じ「大工」の職業にまともに就いていたとすると、その一応の職業訓練が終結する「13歳」までは、父親が生きていてイエスを訓練した可能性が高いということである。ということは、イエスが活動を始める「33から34歳」頃から約20年ぐらい時を遡った時点までは、父親ヨセフは生きていたであろうと推定される。」(「イエスの父はいつ死んだか」/P.51)
 また、イエスの下に兄弟が少なくとも6人いたことは、イエスが10歳ぐらいになるまでは生きていたことの根拠になるでしょう。そして、「マリアの子」と呼ばれていたことは、ヨセフが亡くなってからかなりの時間が経っているということの根拠となります。これらのことから、おそらくヨセフは、イエスが13歳から15歳といった10代前半で、亡くなっていただろうと確認できます。

イエスの父ヨセフ
 イエスは10代半ばで父ヨセフを失ったと考えられることが出来ます。家族としては、母親と幼い子どもたちがいるわけです。長男としては、ユダヤ人における成人である13歳を超えて、まだまだ経験は少ないかもしれませんが大工ではある。一心不乱に働いて、家族を支えたのでは無いか、と思うのです。母親のマリアは幼い妹や弟たちの面倒で一杯一杯だったでしょう。
 今日の箇所、ルカ8章19節から21節をお読みします。
「さて、イエスのところに母と兄弟たちが来たが、群衆のために近づくことができなかった。そこでイエスに、「母上と御兄弟たちが、お会いしたいと外に立っておられます」との知らせがあった。するとイエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」とお答えになった。」
 とても、穏やかであり、イエスの周囲にいる人も家族に対しても、学校の先生が生徒に接するようなイエスの姿です。しかしマルコの並行箇所では、そうではありません。マルコ3章33節。
「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」(P.66)
 後にマルコを資料にして書かれているルカでは削られていますが、とても厳しい言葉です。さらに読み進めます。マルコ3章34節後半と35節。
「周りに座っている人々を見回して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。3:35 神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。」」
 とても厳しい言葉です。家族への拒絶と信仰者における家族的な共同体像こそ理想的である、という方向性も込められています。ルカは、信仰生活またエクレシア(教会・共同体)にある種の密接な繋がり、社会と対立するかもしれない要素を削るという特徴を持っており、そうした編集の結果と言えます。また、家族としては先ほど振り返りましたように、イエスは家族としては大黒柱とも言える存在です。どのような高尚な使命があったとしても、神の子としての役割があったとしても、連れ戻そうとするのは当然の行為と言えるでしょう。

イエスにおける父と家族
 また、イエスの言葉には、父親が現れてこないのです。イエスさまは神の子なのだから、神さまを「父」と呼ぶのは当たり前だ、という人もいるでしょう。神は教会の上の立つ存在だから、教会の中に、神である父がいないのは当たり前というとらえ方もできます。そして、さらに深めて、こんなとらえ方もできるのではないでしょうか。それは、ユダヤ教、イスラエルの民において家族における父親は、家の長として絶対の存在であります。キリスト教会、エクレシアとは、その父がいない共同体ではなく、主なる神以外には、絶対の存在を認めない、ということ。主なる神のみが絶対であり、それ以外の人は、どこまで行っても平等である、ということではないでしょうか。言葉化すれば、神絶対中心的絶対平等主義とも言える考え方をイエスは持っていたのではないでしょうか。
 神を絶対にする、ということは、そこに入った家族における父親という存在も妻や子どもたちと平等になってしまうということです。更に、教会には長く男性中心主義的な空気が流れていますが、そうしたあり方も相対化されてしまう、または間違いだということになるでしょう。さらにイエスが自分自身のことを特別な存在ではないと語っていることにもつながります。「人の子」という言葉がありますが、「カエルの子はカエル」という言葉のように、イエスをメシア(キリスト)といった特別な視点さえも否定する考え方にもつながるかもしれません。

運命共同体における役割
 イエスの弟子たちに対する姿勢にしても、家族にしても、平等主義的な姿勢が一つの特徴ではないか、と考えられます。たしかにマタイ福音書には、ペトロに「天国の鍵」を渡す記事があり、使徒中心的、ペトロ中心的な姿勢が現れていると言えますが、歴史的な教会の実情は異なり、ペトロは早いうちに、エルサレム教会を離れて、ローマ帝国各地の教会を訪ねるようになっていますが、これは積極的な伝道の意味よりは、エルサレム教会のリーダーとしてふさわしくないというところが本当だったのではないでしょうか。
 また、弟子たちの扱いにしても、それぞれの弟子の自主性に任せていたら、こういう形になっていったというのが実際ではないか、と思われます。イエスの家族たち、原始教会においてイエスの弟ヤコブが、ペトロに代わってエルサレム教会のリーダーを担うようになりました。当然、母マリアや他の兄弟たちもエルサレム教会との関係を深めていったでしょう。イエスは、あまり具体的に教会の有り様とか組織のあり方については、考えていなかったのではないか、と思われます。そして、後の人々がイエスの語った言葉に基づいて、組織が形付けられていったのではないか、と思われます。
 教会には、様々なルールがあります。それぞれは、キリスト教そして教会の歴史の歩み、聖書の言葉によって形づけられています。そして、時の流れの中で、イエスの言葉、聖書の言葉によって、また新しく変えられていくのではないか、と感じています。今という時代の中において、私たちの置かれている状況の中で、どのような教会のあり方、信仰のあり方を目指していくのか、イエスの福音に基づいて、求め続けている必要があると思っています。


1709031.png 1709032.png


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


周縁自体(なんたろ日記)


タイトル画像

『弟子たちの自分ルール』(マルコによる福音書9:33~41)

2017.08.27(20:34) 355

『弟子たちの自分ルール』
(2017/8/27)
マルコによる福音書  9:33~41

弟子たち(私たち)の受け取り方
 今日の箇所は、マルコ福音書全体で言いまして、この箇所を説明してみますと、33節カファルナウムの家と記されておりますが、イエスが恐らくは、神の国運動、神の支配の宣教活動の中心にしていた場所で弟子たちに向かってエルサレムへの旅を始める直前、最後にまとまった形で教えを述べている箇所であります。前半の箇所は、誰が偉いか偉くないのか、誰が一番なのか2番なのか、といった「地位争い」についての箇所。そして、子どもへの言及を挟んで、もう一つは「イエスの弟子」とは?イエスの弟子たち、またキリスト者、クリスチャンとはどうあるべきか、さらには「神の国」「神の支配」を実践する上での、人と人の関係性、横の関係のあり方が記されていると言えます。
 そして、この箇所はマタイにもルカにも並行箇所が存在しており、それぞれのとらえ方の違いを確認することから、読み解いていきたいと思います。まずルカについて考えてみたい、と思います。マタイとルカはそれぞれマルコを元にして、記されておりますが、この教えにつきましては、それぞれ付け加えた箇所にそれぞれの受け取り方が解りやすく現れておりますので、紹介します。まずマタイによる福音書ですが、マタイ福音書18章1~5節です。お読みします。
『18:1 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。 18:2 そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、18:3 言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。 18:4 自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。18:5 わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」』(P.34)
 3節の『はっきり言っておく。「心を入れ替えて子供のようにならなければ、天の国には入ることはできない。」』となっています。
 今日の箇所にあたる、もともとのマルコではイエスを受け入れることは、「子供を受け入れること」だ、というたとえになっているのに、マタイでは「子供のようになること」と課題とされ、それが成し遂げられたら「天の国に入ることができる」と、その課題が「天の国」に入る条件として、理解されております。
 そしてもう一つルカ福音書であります。9章48節をお読みします。
『9:48 言われた。「わたしの名のためにこの子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である。」』(P.124)
 この後半の箇所『あなたがた皆の中で最も小さい者こそ、最も偉い者である。』とルカでは「偉い人」は誰かに焦点が当たっており、逆にマルコにありました35節の「仕える者になれ」という言葉は削られてしまっております。ですから、ルカではイエスの言葉は、「価値の逆転」を述べたモノとして捉えられている、と言えます。また、こういうことも言えると思います。ルカは、何かを神に対して、捧げることに対する言及が多いこと、献金などに対して、厳しい姿勢の話が収められていますが、そうしたことは、自らを「小さくすること」「低くすること」の実践として捉えられている可能性が高いと思います。

マタイの視点、ルカの視点
 マタイの視点は、あくまで教会の一人一人が「天の国」、「神の国」に入るためにどうしたらよいのか、という視点に意志が行っております。これはイエスを旧約聖書、律法の完成者、律法の最高の教師として見るマタイらしい解釈と言えるでしょう。イエスが与えて下さった律法の実現を重んじるマタイの立場としては、「子どものようになる」などとは、本来あまり好ましいことではないでしょう。しかし、それをあえてしろと言うのには、何か理由と目的がある、「子どものようになる」という行為も実践すべき教えの一つであり、これも神の国に入るのにふさわしい者となるためだということなのでしょう。
 そしてもう一方のルカを考えてみますと、これも同じく「仕える者になりなさい」という箇所が削られております。そして、「小さい者となれ」というのは、神に対して、従順でれ、より神に信頼を寄せて歩んでいけ、自らの存在をかけて神に仕えなさい、ということなのでしょう。

子どもでありなさい、という教え
 しかし、こうした立場こそ、実はイエスが批判したものではないか、という可能性があります。今日の箇所において、子どもに言及されている9章36節37節をお読みします。
「9:36 そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。
9:37 「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」」
 子どもとはどのような存在でしょうか。当時のユダヤ人社会において、子どもとは価値のない存在であり12歳の成人の儀式をすぎなければ、一人前とは認められませんでした。また女性は12歳になっても低い存在として捉えられておりました。(「女子ども」という言葉)そうした者を受け入れろ、と言うわけです。ここには「子供をそのままで一人の存在として認めなさい」といっているのです。
 こうした視点は、マタイのとらえ方も、ルカのとらえ方も間違っているということになるのではないでしょうか。大人はあくまで大人であり、子どものようにというのは、「神の国を素直に受け入れる比喩」として使われていて、「子どもになれ」というわけではありません。「子ども」を受け入れるとは、別に純真無垢な子どもを受け入れなさい、ということではありません。あくまで、律法的にも、倫理的、宗教的にも、不完全な存在を受け入れなさい、という話ではないか、と思われるのです。また、「わたしの名のために」と付けられているので、イエスが語った福音に基づいて、子ども、また罪人と呼ばれるような存在、不完全な存在であっても、また罪人と呼ばれるような人でも、受け入れなさいという勧めと理解するのが正しいのではないでしょうか。

逆らわない者は味方?
 そして、今回改めて、最後の箇所、38節から40節を読んでみて、実はかなり困難な課題ではないか、と思うようになりました。
「9:38 ヨハネがイエスに言った。「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。」9:39 イエスは言われた。「やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。9:40 わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」」
 キリスト教伝統の中に、洗礼というものがあります。多くのキリスト教会において行われています。そして、洗礼を授けるのは、教職(司祭、牧師)でなければならないとされています。
 で、その教職になるためには、現在では、教職養成課程や試験制度などがあり、それぞれの教派、教団に認められて、教職となるわけです。日本基督教団ですと、神学校などを卒業した後、まずは、試験を受けて「補教師」というものになり、それから2年半以上の経験を経て、「正教師」というものになります。いろいろな教派的伝統のいろんな要素を組み合わせて、このようなシステムになっています。
 また、カトリック教会において、正式な祭司になるには、神に対する献身を示してから、叙階という儀式を経て、司祭となります。そして、地域ごとに「司教」という人がいて、組織を形成しています。そして、全世界の教会のトップに、ローマのサン・ピエトロ寺院があり、ローマ教皇が頂点にした組織を形成しています。そして、一方のプロテスタントは、原則的に言って、教会とは、人の集まりのことであり、建物や地域組織ではありません。また、信徒においても、牧師においても、カトリック組織のような上下関係はないはずです。しかし実際には、神学校の同窓会組織や、様々な教派的伝統を根拠にヒエラルキーが形成されている場合が多いように思います。

イエスはどのように考えていただろうか?
 38節で弟子の1人のヨハネが、イエスに「先生、お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました。」と言っています。要するに、別の教会の宣教とか伝道に対する批判と捉えることができるでしょう。また、カトリック教会というのは、さきほどローマ教皇が頂点に立つということに触れましたが、初代教皇は、第一の使徒と言われたペトロとされています。そのペトロの権威を持つ教皇を頂点にして、教会全体が形成されています。ですから、教会に「従わない」っていうこと自体あり得ないことになるでしょう。イエスは、39節40節でこのように言っています。
「イエスは言われた。「やめさせてはならない。わたしの名を使って奇跡を行い、そのすぐ後で、わたしの悪口は言えまい。わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである。」
 イエスは教会的な視点などなかったでしょう。また教会は、その歴史の中で、分裂や争いを繰り返してきました。多くの場合、教会同士が争うときは、より自分の方が正しい、という尺度が出てきます。教会の形(組織の正統性)、信仰告白(信仰の正統性)、教職のあり方(正統と異端などなど)…。そして、これらの違いの根拠となるのは、教会の歴史、信仰告白、教職制度となります。(教会の合同、教職の移動)
 これらのこと、今日のイエスの言葉によれば、争うべき課題ではない、ということになります。しかし、そうはなってはいない。何故か?やはり組織を守ろうとする意識や競争意識が問題となっているのではないか。また最近、特に感じることは、若い人になればなるほど、教派的伝統に頼りがちで、違いを違いのままとして、じっくりと深めて、教会のあり方とか、自分のあり方とかを見つめるということが足りないように思います。

自分ルールとしないために
 今日の説教題は、弟子たちの自分ルールとしました。「自分ルール」というのは、自分勝手な自分たちだけに都合の良いルールという意味です。そうしたあり方が教会のあり方としてふさわしいのだろうか、ということを教会の組織のあり方として考えてしまうことがあります。今日の箇所に収められている弟子たちの問いにしても、現在ある教会の教えにしても、イエスが教えたものではなく、弟子たちの思い、教会の長い伝統の中で形づけられたものであります。ですから、変わる可能性があると言えるものです。そして、なんとなく、変えることはどうなんだろう、という意識で積み重ねられてきている。しかし、イエスさまが言っている「子供(の1人)を受け入れるように」というのは、どのようにくだらないと思うようなことであっても、自分自身の有り様を見つめ直して、新しい一歩を踏み出そうということではないでしょうか。
 そのための一つの指針、目印として、様々なルールが、教会、キリスト者、クリスチャン、自分の自分ルールになっていないか、と見つめ直すことが大事なのではないでしょうか。キリスト教そして教会は、聖書の言葉によって形づけられています。そして、聖書の言葉によって、また新しく変えられていくのではないか、と感じています。今という時代の中において、私たちの置かれている状況の中で、どのような教会のあり方、信仰のあり方を目指していくのか、改めて考えていく必要があるのかもしれません。イエスが伝えて下さった福音を自分ルールにしないようにすることを大切に歩んでいきたい、と思っています。


1708271.png 1708272.png


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



周縁自体(なんたろ日記)


タイトル画像

『隠されている神』(マタイによる福音書11:2~19)

2017.08.22(06:29) 354

『隠されている神』
(2017/8/20)
マタイによる福音書 11章 2~19節

イエスとヨハネ
 今日の箇所、バプテスマのヨハネとイエスさまが比較された形で記されています。バプテスマのヨハネは、イエスに洗礼を授けた預言者でありますが、すでに捕らえられており、牢屋に繋げられた状況の中に置かれています。11章2節3節をお読みします。
「ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。そこで、自分の弟子たちを送って、尋ねさせた。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」」
 「来たるべき方」とは、キリスト(ヘブライ語で言うところのメシア)、救い主のことを指しております。イエスがこの世における歩みをすすめた時代、ユダヤ人たちは日々、重税とローマ兵から苦しめられ、虐げられていました。苦しみの中にあったユダヤの人々、イスラエルが求めていた神から与えられる救い主とは、自分たちをローマ帝国の支配から解放してくれる救い主でした。いうなれば旧約聖書中にある「サウル・ダビデ・ソロモン」のような王のような存在であったでしょう。神から与えられる「救い主」とは強くあって、ユダヤの王となってローマ帝国の支配から解放してくれる救い主でした。
 バプテスマのヨハネという人は、荒野に住み、福音書にも記されていますが、「らくだの毛皮」を着て、「革の帯」を着けて、いなごや野蜜を食べ物としていました。(Mt3:4)そこにたくさんの人が来て、ヨハネより清めの洗礼を受けていました。罪に汚れてしまったと考えている人々が、もう一度、神に立ち帰ることができる、ということを水による清めを行っていました。そして、ただ「清め」の儀式を行っていたというだけではなく、様々な世の中に対して感じていて不満や苦しみから逃れさせてくれるだろう、と考えていました。
 そして、イエスの周囲に集まってきていた人々も、同様です。イエスであれば、ユダヤ人たちを支配していたローマ帝国を倒してくれるかも知れない。また、自分たちのことをバカにしている祭司や律法学者たちのことも変えてくれるかも知れない。神殿も本当に人たちのことを大切にしてくれる神さまの神殿にしてくれるかも知れない、という思い。

イエスとヨハネの共通点
 バプテスマのヨハネは、預言者として、断食をして、荒野に住んで禁欲的な生活を営み、洗礼活動を行いました。日本風で言えば、いわゆる「世捨て人」として、あらゆる「欲」を立つことによって、「仙人」のようになって、神に近づこうとした、救いに至ろうとした、人でした。そして、イエスの方はどうだったか。イエスは、荒野に住むことも、断食することもなく、多くの町々を訪ね歩き、それぞれの場において、多くの人と共に食卓につき、お酒も交えて、触れあっていました。そんなヨハネとイエスへの言葉として、11章16節17節は捉えることが出来ます。
「11:16 今の時代を何にたとえたらよいか。広場に座って、ほかの者にこう呼びかけている子供たちに似ている。 11:17 『笛を吹いたのに、/踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、/悲しんでくれなかった。』」
 これらの描写は、子どもの遊びのことです。笛を吹いて、結婚式の宴のマネごとをすること、「結婚式ごっこ」をして遊ぼうと思ったのに、一緒に遊んでくれなかった。
 イエスは、宴会ばかりしていた、というよりも、たくさんの人との触れ合いの場として、おそらく不特定多数の人と共に食事をとっていたのでしょう。葬式の歌を歌って、泣き真似をする「葬式ごっこ」遊ぼうと思ったのに、無視されてしまった。バプテスマのヨハネは、禁欲的な生活をしていました。断食をし、規則正しい生活や質素を重んじる清貧とも言える生活環境だったでしょう。まったく逆のことであるのに、等しく、「悪霊に取り憑かれている」と非難される。それを「罪人や徴税人の仲間だ」と非難される(18-19節)。そういった言葉をイエスも実際に耳にしたことでしょう。そして、そういった自らやヨハネに対する非難の言葉を弟子たちに向かってユーモア・皮肉を込めて語ったのではないでしょうか。
 ヨハネが語った厳しい禁欲的な悔い改めの道も神への道です。そしてイエスが語り行動した解放の言葉、違いを超えた自由な交わりの道も神の道なのです。これら二つはまったく逆のことです。しかし、それらのどちらにも参加しようとしない、傍観者として批評する人ばかりではないか、という意味が込められています。つまり、神さまの考え方、神さまを大事にするあり方がどのような形で来たとしても、受け入れない人たちばかりではないか。それで良いのですか?ということをこの譬えからイエスさまは伝えようとしているのです。

日常生活の中で
 レオナルド・ダ・ビンチが描いた『最後の晩餐』という絵画があります。とても、有名な絵画であります。しかし実は、その場面において、放たれたイエスの言葉は、「(あなたがたのうちのひとりが)わたしを裏切ります」というものです。
 弟子たちは、あの場面をどのような思いを持って、思い返していたでしょうか。よく考えてみますと、福音書には、食事の場面が数多く記されています。たしかに、食事は人間がいきていく上で、必要不可欠なものです。が、それにしても、あれだけの場面が描かれているのは、とても特徴的なことではないでしょうか。なぜでしょうか?一つの理由としては、イエスの活動において、様々な立場の違う人と食事をするという事柄自体に意味があったということでしょう。そして、もう一つは、弟子たち、そして多くのイエスをメシア、救い主、キリストとして、イエスに従った人たちにとって、食事は、神の支配、神の国の前触れであったと捉えられていたからと考えられます。
 また、特に弟子たちにとっては、何度と重ねて来たイエスとの交わりの時であり、思い出がつまった楽しいときであったでしょう。共に喜び、心を許しあい、触れあった場所。しかし最後の食卓の場となった文字通りの「最後の晩餐」の場面、現代においては、もっとも有名な食卓を描いた絵画であるこの作品の場面は、喜びの場であるはずの食卓で、「裏切りの予告」が成された瞬間を描いた内容なのです。
 誰もイエスの本当の思い、計画を知ることが出来なかった。そして、誰もがその予告通りに裏切ってしまう。しかし、そこに神の愛が現れている。この直後にイエスはゲッセマネの園で逮捕されてします。弟子たちは、誰1人として残らず、逃げて行ってしまう。そのことを予告した場面。もしも弟子たちが、このダ・ビンチの名作を目の当たりにしたら、どのような気持ちになるでしょうか。痛みと同時に、主なる神であるイエス・キリストの深く大きな愛を感じざるを得ないのではないでしょうか。

信仰の営み/教会の営み
私たちの日常生活の中において、食卓を共に囲む、ということは、家族や親しい間柄においてのみ、行われることと言えるでしょう。また教会の営みの中においても、いわゆる愛餐という形で行われる教会の食事、イエスを中心にして守られた食卓を思い返すためということができます。そして聖餐には、イエスがその命をかけて、私たちが負うべき罪をおってくださったこと、同時に主なる神が常に私たちと共におられるということを思い返すためになされることと言えるでしょう。
 教会の営みの中においては、当たり前のように、愛餐にしても、聖餐にしても、行われることであります。しかし、当たり前のように、行われることだからこそ、時の経過の中において、まったく同じ食事や愛餐、また聖餐であったとも、置かれている状況や気持ちによって、受け取り方はずいぶん異なることがあるでしょう。
 また、同じ事柄だからこそ、過去のことを思い出すということもあるのではないでしょうか。そして、弟子たちは、初代教会において、食事を取るために、イエスと共に、囲んだ食卓の喜びと楽しみ、そこで出会った多くの人々、また、イエスを裏切ってしまった罪とイエスの愛に満ちた赦しを思い起こしたのではないでしょうか。

隠されている神
 今日の箇所において、イエスの活動は結婚式ごっこの遊びとして、ヨハネの活動は、葬式ごっこの遊びとして、喩えられています。ここには、ある種の宗教批判があると言えます。宗教心とか信仰共同体の営みというのは、時に、日常生活から離れた場所にあるものとして、日常生活とは異なったものとして考えることはないでしょうか。何か特別な奇跡であるとか、宗教的な興奮状態とか、冠婚葬祭といった人生の切れ目切れ目とか、そういったものとしての話です。
 しかし、イエスがここで伝えようとしていることは、そうではなく、人としての当たり前の営みの中に、神の国、主なる神の愛、神の業がある、ということではないでしょうか。日常の教会の営みの中に、まったく変わらない日々であったとしても、神の愛がある、またなかなか思い通りのならないことがあったとしても、そうした営みの中にこそ、神の業が現れる可能性があるのではないでしょうか。
 今日の説教題は、「隠されている神」としました。私たちは、時に分かりやすい形での神の姿、神の存在を求めてしまいます。今日の箇所は、そのような私たちの弱さに対して、実は、そのような当たり前の毎日、思い通りにならないような毎日であっても、「わたしは共にいる」と、イエスさまがおっしゃられるように、常に、神の力が働いていることを信じなさい、主なる神の存在に信頼を寄せなさい、とおっしゃっているのではないでしょうか。

1708212.png 1708211.png

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ↓ブログランキングに参加しています。
    よろしかったら、クリックして下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村哲学・思想ブログキリスト教へにほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 名古屋情報へ
にほんブログ村
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


周縁自体(なんたろ日記)


最近の記事
  1. 『嵐の中の航路』(ルカ福音書8:22〜25)(10/15)
  2. 『赦されることと許し合うこと』(マタイ福音書18:21〜35)(09/24)
  3. 『イエスの弟子たちと家族たち』(ルカによる福音書 8:1〜3/19~21)(09/05)
  4. 『弟子たちの自分ルール』(マルコによる福音書9:33~41)(08/27)
  5. 『隠されている神』(マタイによる福音書11:2~19)(08/22)
次のページ
次のページ